今週の1本 Death Wish(邦題: 狼よさらば)

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


昨年11月ブルックリン区で小さな子供と公園で遊んでいた父親が見知らぬ白人女性から人種差別的な罵倒を浴びせられて熱いコーヒーをカップごと投げつけられると言う事件が起きた。このインド系の若い父親はカフィヤと呼ばれるパレスチナの布を首に巻いていて女性から「ハマスを支持しているのか! 公園から出て行け」と言いがかりをつけられたという。彼は事件の様子を撮影したビデオをSNSにポストして犯人の女性の逮捕に導いたが、逮捕に至るまでの過程で現代を象徴するような事が起きてしまっている。父親のポストしたビデオを巡りSNS上が騒然となり犯人探しが始まったが、顔立ちがよく似ていて犯人の女性と同じブランドの服を着ていたこの事件とはまったく無関係の女性がSNS上で犯人としてまつりあげられ、実名を公表されて仕事場にまで謂れの無い脅迫を受けて仕事もできなくなってしまったという。この件を聞いて真っ先に思い浮かべたのは、1923年の関東大震災の数日後に千葉県福田村で香川県から来た薬の行商人の一行が言葉の訛りの違いから朝鮮人と間違われ、15人の一行のうち妊婦や子供を含む9人の人達が興奮した村の自警団に殴り殺されて遺体を利根川に流された「福田村事件」である。

犯罪が横行したり災害に見舞われたり疫病が蔓延したりと社会が不安定になるとこうした正義を語る自警団のような発想が集団の中で膨らんでしまい、恐怖が恐怖を呼んでいつしか手のつけようのない凶暴さを集団が持ってしまう。現代ではそれがSNSによってより早く、そしてより巨大になって加速してしまっている。記憶に新しいのはコロナ禍の最中に感染予防をしながら商売を続けた商店に対して集団が自ら警察権力を振い妨害を繰り返した「自粛ポリス」。そしてネット上の集団は匿名性に隠れて非人道的な誹謗中傷を集団で浴びせて今でも多くの繊細な人たちを自死に追い込んでいる。

「むかつく、死ね」という一つの言葉に物理的に人を殺す力はないが、言葉には意味がある限りその言葉が何万何千と集中して1人の個人に向けられた時にその人の心がどうなるかということをどうして想像できないのだろう。今回はこうした自警団的に正義を行使する男を描いて社会に議論の渦を呼び起こした映画である。

正義の議論

マンハッタン区で妻と暮らす建築家、ポール・カージーはある日、彼の留守中に実家を訪れていた娘と妻が3人組の強盗に襲われて、妻は殺され娘もレイプされた挙句、失語症になるほどの精神障害を受けた。怒りに震えるポールはあるきっかけで拳銃を手にする。そして彼は夜な夜な凶悪犯罪が横行する夜のニューヨークに出て自らの手で正義を行使する男へと変貌していく。

この映画が公開された1970年代のニューヨークは今とは比べ物にならないほど凶悪犯罪が蔓延っており、警察もまったく捜査に手が回らない状態で凶悪犯罪の多くの被害者は正義に至らないまま泣き寝入りに終わっていた。そんな社会状況の中でこの映画は作られ大ヒット、その後も続編が数々作られて2018年にはブルース・ウィルス主演でリメイクも作られた。しかしこのシリーズは「自警団という考え方を助長する」とシリーズ公開のたびに議論を巻き起こした。

銃犯罪が蔓延る米国で正義を自らの手で行使するという考え方を許してしまうと前述したような無関係な市民が正当な捜査も受けないままに二重の被害を受けてしまう。そのことを深く考えるきっかけにこの映画を見るのもいい。

今週の1本

Death Wish(邦題: 狼よさらば)

公開:1974年
監督:マイケル・ウィナー
音楽:ハーヴィー・ハンコック
出演:チャールズ・ブロンソン、ヴィンセント・ガーディニア
配信:DVD

留守中に妻と娘が強盗に襲われたポールは夜な夜なニューヨークの街で銃を片手に正義を行使する男へと変貌していく

(予告はこちらから)

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

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