宿泊予約サイトがうたう「最安値」、その水面下で起きていたコト 旅行産業の構造を変えるデジタル・プラットフォーマー、振り回される宿泊業者、そして公正取引委員会は…

「エクスペディア」の予約サイト

 「今すぐ検索!世界最大の予約サイト」「人気の宿も格安料金で予約!」。旅行や出張で外泊することになった時、宿泊先をインターネット検索すれば、無数の予約サイトがさまざまな宣伝文を伴って表示される。中には「最安値」をうたうサイトもあるが、この言葉の水面下では、圧倒的な力で旅行産業の構造を変えていくデジタル・プラットフォーマー(DPF)と、対応に振り回される宿泊業者、そして規制を試みる公正取引委員会の姿があった。業界の構造はどう変化したのか。3者の動きを追った。(共同通信=奥野弥樹)

 ▽急成長、世界的企業進出で定着

 IT技術の発達に伴い、通信や流通、広告などの分野で市場を支配しうるほどの影響力を持つようになったDPFは、宿泊業界にも進出した。予約サイトの運営会社はオンライン・トラベル・エージェント(OTA)と呼ばれ、楽天(現・楽天グループ)が運営する「楽天トラベル」が創業から約20年で急成長。オランダ発の「ブッキング・ドットコム」や米国発の「エクスペディア」など世界的なOTAも次々と日本に進出し、多数の宿泊施設を掲載している。

インターネットの検索画面。「最安値」などの言葉とともに各社の宿泊予約サイトが表示される

 公益財団法人日本交通公社の2016年の意識調査では、国内旅行について「旅行の予約によく使う方法」の項目で、「ネット専門の予約サイト」との回答割合が約4割を占め、「旅行会社の店舗」を抜いて最も多くなった。21年の調査では5割以上に増やし、他の方法より大きく差をつけている。
 「最安値」や「最大級」といった言葉は、OTAが急成長する中で「最も安く、掲載する部屋数も多い」をことをアピールする売り文句として定着。各OTAの市場シェア拡大は、インバウンド需要の追い風もあり、多くの宿泊業者にとっては利用客の増加につながった。

 ▽最安値掲載要求でサービス向上に支障

 しかし、恩恵の一方で、宿泊事業者はOTAと結んだ契約に振り回される事態にもなっていた。
 「OTAとの契約内容の対応で混乱し、生産性のない作業に追われた」と話すのは、岡山県倉敷市などで複数の宿泊施設を経営する永山久徳さんだ。
 ブッキング・ドットコム、エクスペディア、楽天トラベルは、宿泊業者とサイト掲載の契約を結ぶ際、他サイトにも掲載している部屋は全て掲載し、料金はより安いか同等の「最安値」であることを求めていた。

「楽天トラベル」の予約サイト

 最安値の掲載については、ネット予約が普及する以前、旅行代理店からも求められていたが、必ずしも最安値にしなくても許容されていることが多かった。しかし、OTAに掲載される部屋や料金などはネット検索で他社サイトとの比較が容易で、最安値の求めは厳しかった。提供する食事やサービスの内容についても、他社サイトとの違いを指摘された。
 永山さんは「料金を含むサービスの提供内容を画一的にしなくてはならなくなり、宿の魅力を多角的にブランディングすることができなくなった」と話す。永山さんのホテルでは、各サイトに掲載する写真を変えるなどの工夫はしたが、期間限定の値下げや旅行業者などと連携した企画などの打ち出しは難しくなった。
 「同業者の中には、安いが予約はできない『見せかけ』の部屋を掲載して、OTAとの契約に対応していたとも聞く。宿泊施設のサービスの向上に支障が出て、宿泊客にとってもデメリットがあった」とみる。
 それでもOTAの集客力は大きく、特にコロナ禍以前は海外からの旅行客が増加し、外資系のOTAを通じた宿泊予約も増えていた。「OTAとの契約を破ろうとすれば、サイト内の検索順位が下げられる恐れがあった。売り上げに直結する問題で、契約内容を順守するより他ない状況だった」と振り返る。

「ブッキング・ドットコム」の予約サイト

 ▽公取委立ち入り「黒船に一矢」

 急成長を遂げたOTAが、旅行産業の中で揺るぎない地位を確立していた2019年4月、公取委はブッキング・ドットコムとエクスペディア、楽天トラベルに独禁法違反の疑いがあるとして、各運営法人に立ち入り検査した。宿泊業者に最安値の掲載を求める契約は独禁法が禁じている「拘束条件付き取引」に当たり、他のOTAや宿泊業者自身によるキャンペーン割引や特別なサービスの実施を難しくさせ、競争を阻害している可能性があると判断した。

記者会見する公取委の担当者=6月2日、東京・霞ケ関

 拘束条件付き取引は、自社との取引が競争相手より有利になるよう求める行為を指す。いくつかある類型の中で、検査を受けたOTAの契約は、他社との契約よりも価格や条件を優遇するか同等とすることを強いる「同等性条件」に当たるとされる。外交上で他国と結ぶ「最恵国待遇(MFN)」と内容が似ていることから「MFN条項」とも呼ばれている。
 最恵国待遇という言葉は、日本史の授業で習ったことを覚えている人が多いかもしれない。ペリー提督が率いる黒船が初来航した5年後の1858年に結ばれた日米修好通商条約は、日本が米国を一方的に最恵国待遇とする不平等条約だったことで知られている。
 東洋大の越智良典教授(旅行事業経営論)は「OTAの台頭は黒船の来航に匹敵する出来事だった。圧倒的な力を持って業界構造を変えつつあった中で、公取委の立ち入り検査は、黒船に対して一矢報いたようなインパクトがあった」と話す。

 ▽確約計画に独自判断や初内容

 立ち入り検査を受けた3社のうち、楽天トラベルを運営する楽天の対応は早く、最安値を求める契約を撤廃する改善策を含む「確約計画」を申請した。公取は2019年10月、計画を認定し、楽天に対する審査を終えた。
 この一連の行為は、公取委による行政処分の一種「確約手続き」と呼ばれるもので、企業側が公取委との調整を経て、自主的に違法疑い行為を改めることを確約する。排除措置命令など公取委の他の行政処分に比べて早期解決が図れるメリットがある。18年12月に導入され、適用されたのは初めてだった。
 さらに今年3月、公取委はブッキング・ドットコムを運営するオランダの「Booking.com B.V.」の確約計画を認定し、6月には米国の「Expedia Group,Inc.」のグループ会社が提出した確約計画を認定した。約3年を要したが、この確約計画には、世界でも珍しい判断や、今後のDPF規制をにらんだ初めての内容が含まれていた。
 ブッキング社とエクスペディア社は、宿泊業者に求める価格に関し、他のOTAサイトだけでなく、宿泊業者が自身で運営するサイトと比べても両社が最安になるよう求めていた。

記者会見する公取委の担当者=6月2日、東京・霞ケ関

 世界中の宿泊施設を掲載している両社は、各国で独禁法に当たる法律に違反する疑いがかけられ、当局から審査を受けているが、各地の争いの中で「宿泊業者自身のサイトと同等の料金」を求める条件については判断が分かれていた。スウェーデンやフランス、香港の当局は「問題なし」とした一方、ドイツでは最高裁まで争った末に「違法」との判決が出ている。
 楽天との確約計画では宿泊施設サイトを含め、最安値掲載の求めを取りやめる内容だったが、外国法人の2社にも同じ内容を求めれば、各国での解釈の違いがあることから、訴訟などに発展し、決着までさらに時間を要する可能性があった。
 ただ、日本ではOTAから最安値を求められても「宿泊施設の公式サイトからの予約がお得」などとうたう宿泊業者も多く、必ずしも守られていない。公取委はこうした実態を踏まえて「現状は実害が少ない」と判断し、宿泊業者サイトの料金と同額を求める契約の取りやめについては改善策に含まないことを認めた。ただし、「問題なし」とした訳ではなく、「独禁法上の問題が生じる場合もあり得る」「問題が認められる場合には厳正に対処する」と付言して注意喚起する、外国当局とは異なる内容とした。
 またブッキング社との確約計画では、各社の独自システムで検索順位を決定する「ランキング・アルゴリズム」にも言及。最安値であるかどうかをサイト内の検索順位に連動させないことを確約させた。実際に恣意的な運用が確認されたわけではないが、ブッキング社の検索順位にはランキング・アルゴリズムの影響が色濃く出ており、公取委が宿泊業者の不安を指摘したところ、計画に反映された格好だ。
 公取委の担当者は「ランキング・アルゴリズムはDPFの審査において、重視するべき点であるのは間違いない。今回の審査は今後の経験に生かせるだろう」と話した。

 ▽なおも「複雑怪奇」な現状、「毅然と対応を」

 公取委の吉川泰宇上席審査専門官は、エクスペディア社の確約計画認定を発表した記者会見で、「独禁法上、価格の拘束は重要視して取り締まるべきものだ。ホテル側が自由に価格設定できることを認識してもらいたい」と話した。OTAによる最安値問題は、公取委の審査によって一応の決着をみたと言える。ただ、永山さんは「OTAを巡っては、解決すべきまだ多く問題が残っている」と指摘する。
 宿泊施設が旅行予約サイトに掲載した宿泊プランは、各サイトのプランを集約する「旅行比較サイト」などにも載っている。ネット上で宿泊施設の情報がどのように扱われ、宿泊客がどのサイトから予約したのかは、宿泊業者にとっては分かりづらい。複数のサイトを経由していることも多いという。
 永山さんは「転載が繰り返された結果、こちらが掲載したプラン内容が差し替えられてしまうこともある。キャンセル料や、『予約したプランと違う』といったトラブルは絶えない。OTA側の関与は曖昧で、責任が疑われても追及できないことが多い」と話す。
 公取委の審査は独禁法違反が疑われた「最安値」の問題に限られており、このような予約の取り扱いを巡る問題については、対象としていない。永山さんは「宿泊業者とOTAの流通は複雑怪奇とも言える状況。宿泊客に対しもっと透明性を高める必要がある」と訴える。
 越智教授は「強大な資金力を持ち、規制が難しいと思われていた国外のDPFに対して、国内法に基づいて審査し、改善策まで引き出した公取委の対応は評価できる。コロナ禍が収束し、観光産業が再び活況となれば、OTAを巡る問題が顕在化する恐れがあるが、引き続き関係当局は毅然と対応するべきだ」と提言した。

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