安倍元首相逝去 深い悲しみと反省|山口敬之【WEB連載第12回】 「お亡くなりになった」という書き方は不正確で不適切だったと思う。政府筋の情報として「蘇生の可能性は極めて低い」というような伝え方にするべきだったと反省している。記者としても人間としても未熟な私は、悩みながら罵倒されながら、ただ倒れないで仕事を続ける――。

安倍さん狙撃の一報と昨夜の電話

昨日、私が最初に安倍さん狙撃の一報を聞いたのは、自宅で原稿を書いていた昼前、安倍さんの近親者からの電話だった。
「奈良で撃たれた」

慌ててテレビをつけると、
「安倍元首相、血を流して倒れる 銃声のような音も」という字幕が目に入った。

昨夜電話で話したばかりの安倍さんの、狙撃される直前の映像が映し出されていた。

安倍さんは参院選の情勢について、
「関西でちょっと異変が起きてるんだよね」
「それでも総体としては自民党の堅調は変わらないけどね」

いつもと変わらないハリのある声で、ひとしきり選挙情勢について意見交換した後は、例によって雑談になった。

「埼玉のLGBT条例はさ、バプリックコメントは反対意見の方が多かったんでしょ?それなのにあのまま通っちゃうとしたら、とんでもないことだよね」
「◯◯さんの地元でいろんな噂が飛び交ってるみたいだけど、何か聞いてる?」

いくつになっても好奇心旺盛で、普通の総理経験者なら見逃しがちな些事までアンテナを張り巡らす、意気軒昂ないつもの安倍さんだった。

半日前あんなに元気な声を出していた安倍さんが、「血を流して倒れている」とNHKが伝えている。そして、あろうことか「心肺停止」だと続報している。

誤報であって欲しい、全てが夢の中の出来事であって欲しいと思っていたら、NHKの画面から「ピッピッ」という速報音が流れた。

最悪の速報かと怯えながら画面を見つめていると、「安倍首相撃たれる」という、緊急特番で伝えている内容の繰り返しだった。

7月7日、岡山での応援演説

「気が狂ってしまいそうなんだよ」

ここで一報をくれた近親者からまた電話が鳴った。
「心肺停止という報道は事実です。相当厳しい。いつ死亡と言われてもおかしくない状況です」

いつもは朗朗としたオペラ歌手のような美声の持ち主だったが、携帯から聞こえる声は、くぐもった涙声だった。

「お辛いでしょう。もう、僕にそんな電話くれなくていいです」
「誰かに言わないと、気が狂ってしまいそうなんだよ」

近親者と電話で話している最中にまたNHKの速報音が鳴った。
「ついに死亡の速報か?」と固唾を飲んで画面を見ていると、「犯人逮捕」という字幕がでて、ひとまずホッと胸を撫で下ろした。

「NHKの速報は犯人逮捕という内容でしたよ」
「あぁ、そう。また電話するわ」

そう言って電話を切るや否や、また携帯が鳴った。別の関係者だった。
「心肺停止で蘇生措置を続けているが、最悪の事態に備えてドクターヘリで県立(医科大学病院)に運ぶ」

一報では救急車で搬送されたということだったから、大きな病院に転送するということなのだろうか。

「状況は大変厳しい。時間の問題。覚悟しておいてくれと言われた」
信じたくない情報だったが、この人は政府の一次情報にアクセスできる人物だけに、信用するしかなかった。

呆然としてテレビを観ていると、また速報音が鳴った。「ついにか」と覚悟していると、なかなかテロップが変わらない。

何秒も待たされた後に出てきたのは「犯人逮捕」と「凶器押収」の字幕だった。

しばらくして、NHKの緊急特番の画面が空撮映像に切り替わり、ドクターヘリと救急車、そしてブルーシートを写し出していた。

前述の関係者の言葉を信じるならば、政府は生還の可能性を諦めて、死亡会見に向けた準備に入ったということになる。

「生還を祈りましょう」

空撮画面に手を合わせていると、また携帯が鳴った。携帯の画面を見ると旧知の永田町の大切な友人だった。慌てて携帯を取ると、中年男性の嗚咽する声だけが聞こえる。

何となく状況を推察して、
「山口です。聞こえてますよ」
と何度か囁いてみた。しばらくうめき声が続いて、ようやく、
「山口さん、ごめん。忙しいのは重々承知だけど、どうしてもあなたの声が聞きたくなって」

私は驚いてもう一度携帯の画面で着信者の名前を確認した。いつも冷静沈着で、涙どころか喜怒哀楽の感情すらあまり表に出さない能吏(のうり)の名前だった。

「いやぁ、心の平衡を保つのが難しくてね。でもこんなことは周りの人には言えない。山口さんならわかってくれると思ってね」
この後、この能吏は堰を切ったように号泣した。

こうした旧知の友人からの電話は他に2本あった。みんな嗚咽していた。
私は「まだダメと決まったわけじゃないから、生還を祈りましょう」と言った。
すると3人が3人とも、
「もう無理なんだよ。もうダメなんだよ。そう聞いてる」と言う。

3人の中には、最新情報にアクセスできる人物も含まれていた。そういう人達だから敢えて詳細は聞かなった。政府内で「安倍元首相逝去」が既成事実として共有されていることを知っただけで十分だった。

このうちの1名は「そろそろ政府としても発表すべきタイミングです。延命が不可能であることははっきりしているわけだし、植物状態ということでもないんだから」と憤っていた。

速報音が鳴るたびに心臓が締め付けられた

そうこうしているうちに、最初の近親者からまた電話が来た。
「心肺停止から1時間以上経った。もう蘇生の可能性はない。家族の了解を得て輸血を止め次第、県立(医科大学病院)で死亡会見をする。16時過ぎになるだろう」

もうこの近親者は泣いていなかった。
「ご家族には伝わっているんですか?」
「ご家族は全て知っている。今、昭恵さんが奈良に向かっている」
「死亡したという認識なんですか?」
「そういうことです」
安倍さんの死を受け入れたことで吹っ切れた近親者の強さに、私は畏怖の念を禁じ得なかった。

この電話の最中に、またNHKの速報音が鳴った。心臓が締め付けられるような思いで「ついに来たか」と覚悟したが、速報は犯人の氏名と年齢だった。

安倍さんのことを支持し、生還を切望する多くの日本人は、この速報音が鳴るたびに心臓が締め付けられているだろう。
「助かって欲しい」「何とか吉報を」と思っていればいるほど、速報音に苦しめられる。

この後、私から3本、関係者に電話をかけた。政府は死亡したという認識であるということ、家族にはその事実が伝わっていることを確認した。

そして1人は「SNSやネット番組などで現状を説明しても構わない」「時間の問題だから。大手メディアもすぐにどこかが速報すると思いますよ」との答えだった。

私は得ている情報を公開する決意をした

それでも、私はSNSに書いたり、知人に伝えることはしなかった。私の仕事ではないという気がしていたからだ。

その後もNHKは速報で様々な情報を伝えた。しかしその内容は犯人の経歴などが中心で、安倍さんの容態についての報道はピッタリと止まったままだった。

ただ、私は生還の可能性がないことを知っていたから、速報音の一つ一つに怯え苦しむことはなくなっていた。

そのうちに私は、生還の可能性がないことを確認しているのに、そして安倍さんの家族がその現実を知らされているのに、伝えずに黙っていることに良心の呵責を感じるようになってきた。

政府発表の前に人の生き死にについて書くべきではないという気持ちと、確認したことはどんな残酷な現実でも伝えるべきだという考えが鋭く交錯した。

長い間悩んだ。この間インターネットの緊急特番にも参加したが、このことで頭がいっぱいで、何を話したか覚えていない。

そして、ある番組の出演中に重要な関係者からの電話が鳴った。生出演中だったが、他の人が喋っている最中だったので、黙って席を離れて電話を受けた。

ここでは、この電話の内容は明らかにできない。ただ、この電話を切ってしばらくして、私は得ている情報を公開する決意をした。

安倍さんの生還を縋るような思いで祈っている人からは、激しく非難されるだろう。もともと私のことをよく思っていない人は、ここぞとばかりに私を攻撃するだろう。そんなことも十分に予想したが、私の決意は変わらなかった。

不正確で不適切、正しい判断ではなかった

案の定、今、私の情報の公開のあり方については、一部から強い批判が出ている。確かに「お亡くなりになった」という書き方は不正確で不適切だったと思う。政府筋の情報として「蘇生の可能性は極めて低い」というような伝え方にするべきだったと反省している。

長い文章を書くだけの心の余裕がなく、Facebookで短く伝える形にしたこと自体が、正しい判断ではなかった。

一番の反省点は、政治記者としての情報公開なのか、友人としての発信なのかが、私の中で整理されていなかった点である。今こうした文章を書いていること自体も、政治記者として不適切な行為なのかもしれない。

他方、確認された事実を伝えずにいるという選択が記者として正しかったかどうかについては、今でも自問し続けている。

私はどんな批判でも正面から受け止める。そして私の人格を否定したり罵倒することで、少しでも溜飲が下がるのであれば、それも私の社会的機能として受け止める。

他方、私の判断を支持してくれる方もいる。一番たくさん情報をくれた、私のSNSでの発信を後押しした近親者からは深く感謝された。

記者としても人間としても未熟な私は、悩みながら罵倒されながら、ただ倒れないで仕事を続ける。
それが尊敬する政治家であり、かけがえのない畏友だった安倍晋三さんへの誓いである。

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山口敬之

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