直木賞の今村さんが串本へ 全国お礼行脚で講演

串本町図書館でのトークイベントを終え、メッセージがびっしりと書き込まれたミニバンに乗って次の目的地へ出発する今村翔吾さん(10日、和歌山県串本町串本で)

 今年1月に「塞王(さいおう)の楯(たて)」で第166回直木賞を受賞した作家・今村翔吾さん(38)のトークイベントが10日、和歌山県串本町串本の町図書館であった。今村さんは「今年中に全国47都道府県の書店にお礼に回りたい」と、書店や学校などを訪問する全国行脚を続けており、県内ではこの日がスタート。ユーモアたっぷりの語り口で会場を沸かせながら、人の縁や思いの大切さについて話した。

 今村さんは京都府出身で、滋賀県在住。ダンスインストラクターなどを経て作家デビューした。直木賞受賞作である「塞王の楯」は、戦国時代の大津城攻防戦を舞台に、石工の集団「穴太衆(あのうしゅう)」と鉄砲かじの集団「国友衆」の対決を描いた作品で、本紙では現在、平家物語を題材にした「茜唄(あかねうた)」を連載している。

 今村さんは5月30日から「今村翔吾のまつり旅 47都道府県まわりきるまで帰りません」をスタートし、これまでに沖縄や九州、中国、四国などをミニバンに乗って訪問。

 10日から22府県目となる和歌山県での活動を始め、串本町潮岬の私設図書館「かんりん文庫」(梅﨑百合子代表)が町図書館で開いたトークイベントに訪れた。132カ所目という。

 今村さんは「串本に来たのは初めて。読んでくださっている方がいらっしゃり、ありがたい」とあいさつ。小学5年生の時に池波正太郎の歴史小説「真田太平記」と出合って読み始めたことがきっかけで司馬遼太郎や山本周五郎、陳舜臣といった作家の作品を読みあさるようになり、高校の卒業アルバムには将来の夢について「小説家」と書いたことを紹介した。

 その後、いつかは小説家になりたいという思いを抱えながらも、家業のダンススクールで子どもたちを指導。そんな中、家出を繰り返す教え子の女子高生を何度も迎えに行っていたところ、調理師になりたいという夢を明らかにした彼女に「諦めるなよ」と励ましたのに対し「翔吾君も夢を諦めているくせに」と言われたことに絶句。仕事を辞めることを決意し、教え子たちの前で「直木賞を目指す。30歳になってからでも夢はかなうということを残りの人生で証明する」と宣言し、小説を書き始めたという。

 女子高生はその後、調理師の免許を取って自分の店も持っていることを紹介。「僕の言葉で彼女は変わったのかもしれないし、彼女の一言が僕を小説家にさせた。縁というのはなかなかすごいと思うし、彼女に対して1、2回で関わることを諦めていたら彼女の一言は引き出せなかった。人の縁とか思いというのは最後の最後まで諦めてはいけないと常々思っているし、それは作品の中にもある。そこから死ぬ気で頑張った。夢を思い出させてもらった恩返しのために回りたいと、この旅をスタートした。最後まで完遂したい」と話した。

 今村さんは来場者に見送られながら、車体に「夢を追うことの大切さを知ることができました」といったメッセージがびっしりと書き込まれたミニバンに乗って次の目的地へ出発。梅﨑代表(69)は「かんりん文庫の創設3周年の節目にお越しいただき大変うれしい。元気を下さって感動した」と話していた。

 県内は13日までで、各地の学校や書店で講演会やサイン会などを予定している。

© 株式会社紀伊民報