「全国旅行支援」をすぐにでも始めるべきワケ 次に起こる”ホテル倒産ラッシュ”と”地域産業の崩壊”【コラム】

参議院議員選挙が終わった。

選挙前には経済人、中でも観光や運輸に携わる事業者の多くは与党を勝利させることで現政権の慎重な検討路線にも区切りがつき、いよいよ経済回復へのアクセルが踏まれることを期待していた。しかし選挙期間中には徐々にその期待はしぼみ、落胆へと変わっていった。

各党とも経済への言及は物価高対策が主なもので、コロナ禍からどうやって脱却するかといった発言は少なかった。コロナに対する対応や姿勢をはっきり示せば一部の支持を失ってしまうからだろう。厚労省がいくら会話をしない場合はマスク不要だと周知していても、静かに演説を聞くだけのお年寄りに「今の指針に従ってマスクを外してください」とほとんどの候補は言わなかった。むしろ新型株がBA.5等に置き換わり、感染者数が拡大に転じていることに対して警戒を呼び掛ける発言の方が多かったように思う。2年前に新型コロナが「未知の新型殺人ウィルス」だった頃と同様に日々の感染者数を報道し続けるマスメディアや、それを見て怖がる人たちに自身の考えを伝える勇気のある候補者や弁士が少ないのでは、選挙後の政治が大きく変わることはないだろうとは容易に想像できる。

政権党首も応援演説で「経済回復は慎重に一歩一歩」と強調していたが、多くの国民が気づいているように、世界でそのような国はもはや極めて少数派だ。インバウンド政策一つとっても70か国以上の国や地域は、入国にあたってワクチン接種証明すら必要ない。検疫こそ無くなったものの、人数制限やツアー客限定などで入国に特殊な制限を設けているのはほぼ日本だけだ。

そもそも一日あたり8万人から10万人が入国していたコロナ前と比べると現在の2万人ではビジネスや就労、就学などの交流すら維持できないレベルの人数だ。彼らが増加枠をすぐに使ってしまうため、解禁されたといっても観光客は実質的にはほとんど入国不可能といえる。毎日多くの外国人が航空機で日本を訪れているのだが、彼らは乗り継ぎに日本の空港を使っているだけで、入国せずにそのまま他の国に向かっている。これだけでもどれだけの損失を生んでいるのだろう。

そもそもツアー団体という形態はアジアの一部の国以外では既に消滅したシステムなので、そこだけを解禁しても海外の旅行会社はすぐに対応できるはずもなく、簡単に観光客が押し寄せるはずはないのだが、解禁により地方にもインバウンドが押し寄せると危機感を煽るようなミスリードしたマスメディアもあった。G7や国際航空運送協会(IATA)などが頑なに鎖国を続ける日本に解禁を求めている中、国内世論を説得しようともせず、形だけの解禁でお茶を濁しているようにも見える。

物価高の原因の一つでもある円安には様々な要因があるが、その一つに日本だけが経済回復から取り残されていることへの危惧がある。諸外国が一気に数年間の停滞を取り戻そうとしている中、日本だけがまだ「セルフ経済制裁」を続けていると揶揄されている。この悲劇的な自縄自縛から抜け出せるだけの光明を参院選からは残念ながら見出だすことができなかった。

事業者が最も落胆したのは、選挙期間中の感染者数の再拡大に伴い、15日から開始と予想されていた観光業支援のための「全国旅行支援」も延期の可能性が増したことだ。「7月上旬に開始」とのスケジュールは、選挙の争点になることを避けた狙いもあるのだろうと多くの人が感じ取っていたはずだ。この数か月は国民がコロナ前の日常を取り戻そうと、ようやく動き始めた時期だ。学校行事や地域イベントも久しぶりにフルスペックで行われ始めたことで安堵する声も多く聞こえた。外食や日帰り旅行の回数も増えたが、遠距離の旅行だけは控えられていた。その原因は「そろそろGo To トラベルが復活するのではないか」という期待感から来る買い控えと、まだまだ厳しい世間の目だ。今から思えばGo To トラベルの再開は4月や5月からでも問題なかったはずだ。ゴールデンウィークさえ除外すれば反対する人は少なかっただろう。タイミングを逃したことで更に先が読めなくなったことで、「参院選さえ終われば何とかなる」と耐えてきた事業者はいたたまれない状況だ。

現在の県民割との最大の違いは「全国どこでも行ける」こと、以前のGo To トラベルとの違いは「都道府県ごとに予算をつけ、運用を知事が決められること」なので、本来なら感染拡大状況に応じて国がスイッチをオンオフする必要はないのだが、延期の方向性は一部の強硬な慎重派に配慮した形だろう。通勤通学や社会機能を維持した状態で、旅行のみを不活性化することと感染拡大の間にはもはや何の関係も無いのだが、もうそのような理屈で物事を決めていく空気は存在しないのかもしれない。県境を越えて都会に通勤して同僚と飲食する毎日を送ることは問題なく、家族で県境を越えて宿泊と飲食をすることは不謹慎という、2年前の歪んだイメージがまだ残っているということなのかもしれない。いまだに必ず聞こえるのは「Go To トラベルが無くても旅行する人は勝手にするから支援は不要」「特定業界の支援はおかしい」などの声だ。恐らくこのコラムに対しても同様のコメントがぶら下がるはずだ。Go To トラベルの意義について主張し続けていた筆者にもいまだに中傷や脅迫が絶えない。

その上で上記のような批判に再反論するが、まず、旅行支援は国家財政を傷めないどころかむしろ好転させている。1万円の国費補助をきっかけに、旅行者は旅行前後を含め5万円以上の出費をしているとすると単純に5,000円以上の消費税が国庫に返納される。サービス業の雇用維持には一般的に売上の3割の人件費が必要となるが5万円の消費に対して1.5万円の雇用が生まれ、今でも各事業者が申請している雇用調整助成金がそれだけ少なくなる。これだけで1万円の補助に対して2万円の財政改善効果だ。旅行支援により時間と金銭に余裕を持つ人たちがホワイトナイトとなって経済を救うのがこの補助金の本質である。

それをもって金持ち優遇ではないかと批判する人もいるが、電気自動車(EV)を買えば最大80万円もらえる補助金も元を正せばリーマンショック以降の自動車産業とその下に連なるあらゆる産業の救済のために始まったエコカー補助金から続いているものであり、効果があるからこそ名称と対象を変えつつ14年間も継続しているのだが、新車を買える一部の金持ちのための補助金だと非難する声は聞こえない。

また、観光による経済効果の18.4%がインバウンドによるものだった(2019年観光庁)。加えて、旅行形態の17.5%を占めていた国内ツアーや団体旅行の回復はまだまだ先になる。これらの復活が無ければ、今旅行に行きたい人が自由に出かけたとしてもコロナ前の3分の2にしかならない。

今、旅行支援が無ければ旅行産業だけでなく地域産業の崩壊も加速するだろう。地方において旅行者が落としたお金が二次的三次的に落ちていくシャワー効果、乗数効果で上記の経済効果は数倍になる。現に、観光地を有していた地方都市では、コンビニ、タクシー事業者、ガソリンスタンド、スーパーに卸す食品加工会社など生活に密着していた業種が次々廃業している。住民だけではこれらの業種は維持できなかったからだ。これらも含めた55.8兆円もの生産波及効果(同)を取り戻すために、その川上に対して投資するのが旅行支援のはずだ。観光需要を回復させ、観光のサプライチェーンを維持するためには、旅行に行ける人にコロナ前の1.5倍旅行してもらう必要がある。そのための支援が必要なのだ。もちろんインバウンドと団体旅行の回復に対する政策も並行して必須だろう。

「全国旅行支援」の延期の影響は、目先の営業だけではなく経営そのものにも大きなインパクトを与える。このままでは金融問題が一気に表面化するだろう。観光以外の他業種では、物価高による駆け込み消費マインドの影響を受けたり、観光消費に使われなかったお金が耐久消費財に回ったりしたことでプラスに転じているケースが多い。その中で観光、運輸など一部の業種だけが相変わらず国によるセルフ経済制裁状態だ。

とはいえ観光業の中も千差万別の状態で、団体客の構成が高かった観光地や宿泊施設はまだまだ休業が発生する状態なのに対し、大都市近郊のショッピング型、屋外レジャー型の施設は活況を取り戻しており、以前のように「みんな平等に苦しい」訳ではない。そのような状況下で、2年前に融資を受けた観光事業者はいくら苦しくても特別に扱われる訳ではなく、返済がスタートするか、一般の条件変更ルールに基づいて返済猶予を個別に金融機関に交渉している状況だ。しかし、売上がコロナ前に戻った事業者であってもコロナ融資を返済できる余力は無い。国から金融機関に対して現状に対応した特例措置などは示されていないため、金融機関も企業としてコロナ前のルール通りの厳しい対応を取らざるを得ない。追加融資を頼めないのは当たり前、各種補助金を使いたくとも自己負担分が出せないので諦めざるを得ない、雇用調整助成金もあるが社会保険料などの負担分が既に看過できないほど圧迫している上、人不足も同時発生しているため平日は人余り、休前日は人不足で満室にすることができない。今後の需要が不安定なため解雇も採用もできない。解決の糸口が見いだせない事業者が多く存在する。

もちろん金融機関にその状況が完全に理解できるはずもなく、将来像の見えない企業、経営が不安定な企業と判断されてしまうのでますます関係は悪化していく。これも元を正せば国の観光業再生に対するロードマップが示されていないためだ。政府がじっくり検討している間に今度こそ本当に倒産廃業のクライシスが始まるだろう。この数か月がきっかけとなり日本の観光の息の根を止めてしまう可能性すらある。

国民が政府に慎重な判断を望んできたのも事実だろう。しかし、それを素直に実行し続けたことにより、「羹に懲りて膾を吹く」状況に陥りつつある。そのことが海外からの信用やお金を捨ててしまう結果を招き、ブーメランのように国民に生活苦を押し付ける構図になってしまった可能性も捨てきれない。せっかく旅行・観光の魅力度ランキングで1位になったにもかかわらず(世界経済フォーラム)、このままではいずれ観光立国という旗印を取り下げることになるだろう。「決断と実行」をスローガンに参院選に勝利した政権与党の動きをこれまで以上に注視する必要がある。

最後に、安倍晋三元総理大臣の逝去にあたり、謹んで哀悼の意を表し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。安倍元総理におかれましては、観光立国の旗手として、法整備や外交を含めた日本の観光力の増強にご尽力いただきました。その数々のご功績に深く敬意を表します。

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