<社説>改憲勢力3分の2 拙速な議論は許されず

 参院選の結果、憲法改正論議に前向きな改憲勢力は、非改選と合わせ179となり、国会発議に必要な総議員の3分の2(166)を上回った。 岸田文雄首相をはじめ、自民党三役から国会発議を見据え、改憲論議の加速を促す発言が早くも出ている。しかし国民の間で憲法改正への意見は分かれている。数の力を背景にした発議は国民の分断を招きかねない。拙速な議論は許されず、国会での熟議こそが求められている。

 自民は改憲4項目として(1)9条への自衛隊明記(2)緊急事態条項新設(3)参院選「合区」解消(4)教育充実―を掲げる。

 岸田氏は昨年11月の内閣記者会によるインタビューで憲法改正を参院選の主要争点にすると強調していた。だがコロナ禍、円安と資源高騰などによる物価高が国民生活を直撃し、経済問題に関心が集まった。今回の参院選を通し、憲法に関する政策論争が深まったとはいえない。

 共同通信が実施した全国の出口調査で、投票先を決めるのに物価高を考慮した人は67%に上った。憲法記念日を前に行った5月の全国世論調査では9条改正の必要性は「ある」50%、「ない」48%と拮抗(きっこう)した。6月末の全国世論調査でも、現政権での改憲に賛成44.8%、反対44.7%という結果が出ている。

 調査結果からいえるのは、国民が憲法改正を喫緊の課題と捉えていないということだ。5月の調査では、戦後日本が海外で武力行使をしなかったのは「9条があるから」と答えた人が76%に上った。憲法が掲げる平和主義の実現に、9条が大きく関わっていることを多数の国民が評価していることがうかがえる。

 改憲に対する主要政党の対応を見ると、与党といえど一致しているわけではない。

 維新は9条への自衛隊明記など自民と同様の主張で、国民は9条の議論を進めるべきだとする。連立を組む公明は9条を変える必要はないという立場だ。立憲民主は自民改憲案に反対で、共産、社民は改憲そのものを否定している。

 改憲発議以前に、憲法改正手続きに関する国民投票法改正案は、自民の中でも衆院が積極的、参院は困難視するなど歩調が乱れる。改正案の中身についてもテレビ・ラジオのCM規制強化の是非など論点は多岐にわたる。首相は「国会の議論を深め、発議できる案をまとめる努力に集中したい」と言うが、手続きすら決まらない中では「前のめり」にすぎないか。

 ロシアのウクライナ侵攻を契機に、ロシア、中国と国境を接する日本でも安全保障環境への懸念が高まる。だが、他国の侵略を防ぐためという理由で、自衛隊の憲法明記、すなわち国防体制の整備と結び付けるのは無理がある。

 安全保障上の問題があるなら平和的外交にこそ活路を見いだすべきだ。拙速な議論を避け、今は平和憲法の理念を深化すべきときである。

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