2万4千株の輝き~井の頭線を彩るアジサイ

 【汐留鉄道俱楽部】アジサイにも当たり年ってあるのだろうか。初夏を迎えて今年はご近所でもSNSでも例年以上に「アジサイが見事だ」という「花の便り」が盛り上がった。あっという間に梅雨が明けてしまったので、アジサイも慌てたことだろう。
 

新代田駅付近の線路脇斜面に咲き誇るアジサイ

 アジサイの花は大きく目立つので、市街地を走る電車の車窓からもあちこちに見つけることができ、目を和ませてくれる。そして近年注目されているのが京王電鉄井の頭線だ。
 井の頭線は渋谷と吉祥寺を結ぶわずか12・7キロだが、駅は17もある。下北沢や明大前など、沿線の街は若者に人気があり、ダイヤは高密度で利便性の高い路線だ。同社は1990年から、降雨時の雨水の流入による線路脇の斜面の崩壊を防止する目的で積極的にアジサイを育ててきた。それが30年以上たった現在、2万4千株を超えるまでに増えているのだそうだ。見頃を迎えた6月下旬、井の頭線を行き来して確かめてみた。
 電車の最前列に立って、前面展望を試みる。平日の午前中だったので、上り渋谷方面の先頭車は混雑して写真を撮るだけの余裕はなかったが、下り吉祥寺方面の先頭車は比較的すいていて、流れる線路脇の風景をじっくり楽しめた。
 電車が走り出すと右に左に、青、赤、白、紫…、色とりどりのアジサイが次々と現れる。日の光を受けると輝くようだ。全線というのはちょっとオーバーだが、下北沢と明大前の間、永福町と三鷹台の間あたりできれいに咲きそろっているところを見つけた。下北沢から下り方面に一駅、新代田で下車。付近は線路が掘割になっていて、線路脇の斜面一面にアジサイが茂り、それを跨線橋から眺めた様は華やかで絵になった。

(左)アジサイをデザインしたヘッドマークを付けた電車も(右)東松原駅ホームから見た線路脇のアジサイ

 斜面地の緑化にアジサイがよく使われるのは、その根を張る強さ、多少日影でも育つといった特性のほか、挿し木で簡単に増やせることも利点らしい。かつて学生時代に毎日通学で井の頭線を利用していたが、当時の記憶にアジサイは出てこない。やはりこの数十年で大きく育ってきたのだと思う。
 井の頭線は戦前の1933(昭和8)年に帝都電鉄として出発。戦争が厳しくなって小田急と合併した後、京浜急行や京王とともに東急と合併したが、戦後の1948(昭和23)年に京王と一緒に独立して「京王帝都電鉄」となり、現在も京王電鉄の一員である。会社は一緒でも、京王本線が都心と郊外を結ぶ高速鉄道として現在は基本10両編成にまで長大化されたのに対し、井の頭線はいまだ5両編成で都市内ピストン輸送という風情。個性の違いが今も残っているのがおもしろい。
 ☆共同通信ニュースセンター・篠原啓一 「井の頭」は「いのかしら」と濁らないのが正解。でも東京に住む多くの人が「いのがしら」と濁ってしまう不思議。

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