『ハワイ・チャンプルー』はハワイを中心としてあらゆる音楽を混ぜ込んだ久保田麻琴と夕焼け楽団の邦楽史上のマスターピース

『ハワイ・チャンプルー』('75)/久保田麻琴と夕焼け楽団

レコード会社“ULTRA-VYBE”が先週7月6日より、邦楽/洋楽の復刻カタログ約5000タイトルの名作の中から厳選203タイトルを期間限定プライスにて販売する年にスペシャルキャンペーン“ULTRA-VYBE presents 名盤1100円シリーズ”を実施している。第一弾は103作品、7月20日からスタートする第二弾では100作品と、コレクター垂涎のアイテムがラインアップされているが、その中に久保田麻琴と夕焼け楽団の『ハワイ・チャンプルー』を見つけたので、今週はそのレビューをお送りする。最初期にいち早く沖縄音楽を取り入れた名盤中の名盤である。

ハワイアンをさまざまな音楽と融合

ゴーヤーチャンプルーがわりとポピュラーな料理となっている昨今。もはや説明は不要であろうが、チャンプルーとは沖縄の方言で“混ぜる”や“混ぜたもの”といった意味である。ヤマトンチュー(=沖縄方言での本土)でいうところの“ちゃんぽん”とほぼ同じと言っていいようだ。つまり、『ハワイ・チャンプルー』は“ハワイの混ぜ物”という意味になる。ゴーヤーチャンプルーが単なるゴーヤの炒めものではなく、そこに豆腐や卵、豚肉を入れているように、本作もまたハワイだけでなく、その他いろいろなものを入れて混ぜている。

オープニングのインストナンバー、M1「スティール・ギター・ラグ」から、それが分かりやすく体現されている。まさに口ほどにものを言っているというところか。波音のSE。本作はホノルルでレコーディングされたというから実際にハワイの波を録音したものであろうし、仮にそうではなかったとしても、『ハワイ・チャンプルー』というタイトルのアルバム1曲目なのだから、リスナーは反射的に常夏の島の海岸を想像する。今となってはベタと言えばベタな演出かもしれないが、好感の持てる出だしだ。そして、スティールギターならではのスライド奏法。音階がシームレスにつながっていく滑らかな旋律が奏でられる。チューニングもハワイアン仕様にしているのだろうか。メロディーもそれっぽい…と思って聴いていくと、確かに聴いたことがある旋律。短いフレーズであるが、これはElvis Presleyのカバーでも知られる「Blue Hawaii」のようだ。ウクレレと並んでハワイの音楽を代表する楽器と言っていいスティールギターの音色。今も多くの人がハワイをイメージするメロディ。開始1分にも満たないタイムで、リスナーの気分は否応にもアロハとなろう。

M1の本格的な演奏は50秒頃から。ギターはスティール以外に2本。加えてベースとドラム、ピアノといういわゆるバンド編成。まさに“楽団”である(楽器はもっと入っているかもしれないけれど、手元にクレジットがないので、その辺は何卒ご容赦を…)。リズム隊は一定の拍を刻み、サイドギター(これはアコギだろう)もオフビートを鳴らす。ややスカっぽい印象でもある。もう1本のギターはスティールっぽくもありつつ、明らかにブルージーな響きも聴かせる。やや食い気味というか、差し込んでいるというか、タイトル通りのラグタイム。その3つのギターの音が重なり合いながら進行していく。のちにピアノも重なり、アンサンブルは厚みも増す。ハワイアンとラグタイムの融合。ブルースや、あるいはスカも入っているかもしれない。

この楽曲は久保田麻琴と夕焼け楽団のオリジナルではなく、米国のカントリミュージック、とりわけウエスタンスウィングと呼ばれたナンバーのカバーだという(1940年代にBob Wills and His Texas Playboysがヒットさせたものだそうで、もともとはそのバンドメンバーでもあったスティールギター奏者、Leon McAuliffeが制作したものらしい)。YouTubeに上がっている原曲を聴いてみると、ラグタイムならではのポップさ、スティールギターの存在感といった楽曲のベーシックなところの印象はいい意味で変化がないことに気付いた。本作の発表遥か以前よりハワイアンを取り入れていたカントリー音楽への敬意であろうか。優れたDJの選曲を思い浮かべてしまうチョイスである。演奏のみならず、そのセンスにも音楽人としての確かな手腕を感じるM1である。

「ハイサイおじさん」と ハワイをチャンプルー

久保田麻琴のプロデューサー的な視点は、M2「ムーンライト・フラ」を挟んで披露されるM3「ウォーク・ライト・イン」からも感じることができる。こちらもカバー曲。元は1963年に米国ビルボードで1位を獲得したThe Rooftop Singersの「Walk Right In」(邦題「行け!行け!ドンドン」)であり、そちらももともとは1930年前後にバンジョー奏者のGus Cannonが制作していたものだということだ。The Rooftop Singersは3人組のフォークグループ。これもまた早速聴いてみたが(すぐに正規の音源が聴けるんだから、ホントいい時代になったなぁ)、録音状態もあっていにしえのカントリーソングといった印象のGus Cannon版、そしてThe Rooftop Singers版はそれを洗練させた感じと言えばいいだろうか。

対して、久保田麻琴と夕焼け楽団は、アルバムのテーマ通り、そこにハワイテイストを入れている。やはり注目はギター3本のアンサンブル。バンジョー風のトレモロ奏法、ウクレレっぽくも聴こえるサイドギターの刻み(ウクレレかもしれない)、そしてブルージーなリードギターと、それぞれに異なるジャンルと言っていいようなギタープレイを見事にチャンプルーすることに成功している。テンポは緩やかでゆったりとした感じはレイドバックと言えなくはないけれど、決してダラダラした感じではなく、いい緊張感が続いていく。今回調べるまでまったく知らなかったのだが、同曲は日本のグループ、ダニー飯田とパラダイス・キング(以下パラキン)も「ポッカリ歩こう」の名前で1963年にカバーしているそうである。そのパラキン版はコーラスに独自性はあるものの、サウンド面ではThe Rooftop Singers版から大きくかけ離れていなかったのだが、それはさておきーーこのパラキンは結成当初、ハワイアンソング中心のグルーブだったという。M1のセンスを鑑みれば、おそらくそれも選曲にあたって加味されたのだと想像できる。

ゆったりとしたリズムに乗せてブルースとハワイアンを融合させたM4「初夏の香り」に続くのはM5「ハイサイおじさん」。本作の中心と言っていいナンバーだろう。この楽曲があるからこそ、このアルバムには“チャンプルー”が付けられていると言っても過言ではない。「ハイサイおじさん」は有名な楽曲なので、タイトルを聴けばピンと来る人も多かろうが、おそらく多くの人は1977年のアルバム『喜納昌吉&チャンプルーズ』、その1曲目の収録されたバージョンを思い浮かべるかと思う。だが、M5は『ハワイ・チャンプルー』は1975年発表であるから、そのカバーではない。イントロからしてハワイらしさを醸し出しているスティールギターが聴こえるところとか、エレピを重ねているところとか、あるいは女性コーラスがないとか、その辺は明らかに印象が違うと思うと思うが、おそらく多くの人がテンポ感の違いを指摘するのではないだろうか。

また、『喜納昌吉&~』版に比べるとテンポが緩やかだ。BPMがどうだとかはっきりとしたところは分からないけれど、M5はチャカチャカとした感じはない。圧力も薄いと言っていいかもしれない。『ハワイ・チャンプルー』版は1972年に沖縄のマルフクレコードからシングルリリースされたバージョンをカバーしていると見たほうがいいだろう。マルフク版を聴けば分かるが、同曲はもともとこの程度のテンポ。ダンサブルではあるものの、『喜納昌吉&~』版ほど派手ではない。ただ、M5で言えば、その原曲の持つ適度な緩さがハワイ音楽と絶妙にマッチしている。チャンプルーするには絶好だったのだろう。個人的には…と前置きを強調するけれども、どこか猥雑というか雑多というか下世話というか、そんな空気を感じざるを得ない原曲に対して、M5はすっきりとドライに仕上げている印象はある。『喜納昌吉&~』版と比較すると、その差はさらにはっきりすると思う。プレイヤーの立ち位置の違いがグルーブに表れているのかもしれない。どちらが優れているとかいうことではなく、M5には原曲に最大限のリスペクトを払いつつ、オキナワンもハワイアンもロックも取り込んで新しい音楽を創造せんとする姿勢が感じられるようには思う。

中国的音階も意欲的に取り込む

続く、M6「いつの日お前は」やM7「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」、さらにはM9「国境の南」やM10「バイ・バイ・ベイビー」など、M5以降もブルースやロックンロールにハワイ音楽を融合させている楽曲を聴くことができるが、M8「上海帰り」はそのチャンプルー具合に最注目しなければならないナンバーではないかと思う。まさに、ごちゃ混ぜなのだ。ここまでくるとスティールギターは入っていて当然として(?)、リズムはレゲエで、サイドギターはスッチャスッチャとカッティングを刻む。ヴォーカルの主旋律は言葉の音符への乗り方からしても和風な印象で、日本のフォークソングや童謡のような親しみやすさがある。木琴の音色がポップに響くとか、ちょっとリバースっぽい音が聴こえてきてサイケ風だとか、後半でドラが鳴らされるとか、細かなアレンジも聴きどころだが、極め付けはやはり中華風音階を取り入れていることだろう。端的に分かる範囲のことを言えば、中華、和風、レゲエ、ハワイアンの融合といったところで、チャンプルーの面目躍如といった気さえしてくる。ごちゃ混ぜとは言ったが、無論、闇雲に混ぜ合わせているような感じはなく、そのアレンジ、アンサンブルはあくまでもスマート。レゲエ調のリズムが根底を支え、主メロは日本風。その主メロのサブ的役割で、中華とハワイアンが入れ替わるように鳴る。そんなふうに整理されている。この辺りも、今さら言うまでもないことだろうが、久保田麻琴のセンスはもちろんのこと、夕焼け楽団を始めとする参加メンバーの確かなテクニックの成せる業であることは言うまでもなかろう。

アルバムのフィナーレであるM11「オー・セニョリータ」はゆったりとした弾き語りと言えるナンバーではあるものの、一旦フェードアウトしてから、ガムランっぽい音とか、不協気味のピアノとか、変な音も含めていろいろと聴こえてくるという妙な仕掛けで終わる。気持ちのいい感じだけではない、収まりがいいだけではない…というクリエイターとしての遊び心だったのだろうか。好みは分かれるところだろうが、フックの効いた感じではある。

もう一度言うけれども、本作のリリースは1975年。ご存知の通り沖縄返還は1972年であるから、その3年後に発売された作品である。今や沖縄が日本であるのを当然のことと受け止めている人がほとんどであって、そこに何ら不思議な感覚を持つ人はいないだろう。だが、1975年当時はどうだったのだろうか。太平洋戦争終結後の間もない時期に生まれた人にとっては、物心ついた時に日本の国に組み込まれた地域という印象だったことは想像できる。沖縄の文化も相当に珍しいものであったろうし、その音楽に至っては完全に未知のものであったに違いない。久保田麻琴ら、1960年代後半の日本のロック黎明期から活動していたミュージシャンたちの中には、音楽的にも宝の山と言えた沖縄に色めき立ったのは極めて自然なことであった。

そうそう、ここまですっかり書くことを忘れていたが、本作『ハワイ・チャンプルー』は細野晴臣と久保田麻琴との共同プロデュースで、細野はドラムも叩いている。細野晴臣もまた沖縄音楽に影響を受けている。今回はそこに触れなかったが、以前、当コラムで『喜納昌吉&チャンプルーズ』を取り上げた際に書いているので、こちらも合わせてお読みいただければ幸いである

TEXT:帆苅智之

アルバム『ハワイ・チャンプルー』

1975年発表作品

<収録曲>
1.スティール・ギター・ラグ
2.ムーンライト・フラ
3.ウォーク・ライト・イン
4.初夏の香り
5.ハイサイおじさん
6.いつの日お前は
7.サンフランシスコ・ベイ・ブルース
8.上海帰り
9.国境の南
10.バイ・バイ・ベイビー
11.オー・セニョリータ

『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』一覧ページ

『これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!』一覧ページ

『ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲』一覧ページ

© JAPAN MUSIC NETWORK, Inc.