全米ヒットチャートに夢中!若者のバイブル “FM情報誌” とエアチェックの時代  エアチェックの三種の神器、FMラジオ、カセットテープ、FM雑誌

音楽ファンの所有欲を助けた文化“エアチェック”

音楽の聴き方は時代によって変化していくものだが、さしずめ昨今はサブスク全盛といったところだろうか。音楽を聴く方法のざっくりとした大きな流れは、レコード~CD~データ(ダウンロード)~サブスクリプションというもので、もはや “形あるもの” として “所有する” のが主流だったのは20世紀までで、「CDって何?」というティーンエイジャーの声を聞いたりすると隔世の感を抱かざるを得ない。

一方で時代の流れに逆行するように、形あるレコード等で “所有する” 傾向がここにきて増加してきたりして……。音楽の聴き方は多様化という名の混沌時代に突入したのだろうか。まあ我々受け手側は、(真のアーティストが音楽をクリエイトできる環境を保ちつつ)良質な音楽が常に誕生してくれるのを望むのみなのだが。

そんな “音楽を所有” することが主流だった20世紀、大衆音楽を支えるメイン層だった若者(10~20代)たちは主にレコード(1980年代後半~90年代はCD)というメディアを所有して音楽を聴いていた。もちろんいつの時代も、特に学生層を中心とする若者たちは、音楽を所有する(購入する)にも当然限りがあったわけで、かなり厳選しながら購入していたものだ。

しかし巷には次から次へと魅力的な音楽が世に送り込まれていて、その所有欲はキリがなかった…。1970年代から1980年代中盤にかけて、音楽ファンのそんな所有欲を(金銭的に)助ける画期的で素敵な文化が存在していた。FMラジオ、カセットテープ、そしてFM雑誌、これらを三種の神器とする、そう “エアチェック” だ! 1970年代から1980年代中盤くらいまでの間に青春時代を過ごしていた世代―― おおよそ40代後半から60代前半―― の音楽ファンにとっては、大なり小なりエアチェックなんて当たり前! という感覚なのではないだろうか。

エアチェックの三種の神器、FMラジオ、カセットテープ、FM雑誌

筆者の学生時代(中学~大学時代)は1975年から1986年、まさしくエアチェック文化の最盛時ともいえる時期だった。1976年3月中学1年生でラジオ関東(現ラジオニッポン)「全米トップ40」に巡り合い、ここから洋楽ヒット曲音源の収集にのめり込んでいく。もちろん中学生の財力なんてたかが知れているので、月イチでシングル(600円)かアルバム(2,500円)1枚買う程度のもの(毎月『ミュージックライフ』も買わねばならないし)。

次から次へとチャートインしてくるヒットシングルを「なんとかちゃんとした音源で所有したい」という強い思いが、FMラジオのエアチェックへとたどり着いたのはごくごく自然なことだった。これは当時の中高生にとっては、熱量の濃淡はあるものの “あるある現象” だったのではないだろうか。こうして中学2年生の時にはFMラジオとカセットテープで様々なヒットソングをのべつまくなしにエアチェックするという生活が始まった。

ほどなくして書店に並ぶ “FM誌” に出会い、中学2年の3学期が始まるころには(1977年1月ころ)、三種の神器が手元に揃ったのだった。1970年代から1980年代に音楽にのめりこんだ中高生(もちろん学生含む若者全般)たちのエアチェックのきっかけは、おおよそこんな感じだったのではないかな。

ビルボード、キャッシュボックス… 理想の情報をもった最高の紙媒体

それにしてもFM誌は本当に重宝した優れものだった。主要4誌――『FM fan』(1966年創刊)、『週刊FM』(1971年創刊)、『FMレコパル』(1974年創刊)、『FM STATION』(1981年創刊)―― は基本隔週刊。なんといっても2週間分のオンエア予定楽曲が掲載されているのだから、それはそれはエアチェックで音源を追い求める人間にとってはパラダイスのような情報だったから。

トップ40にチャートインしてきた楽曲をマメにチェックして、とにかく音源コンプリートに大いに役立ったのがFM誌で、1980年代に入るころにはFM誌はなくてはならない存在になっていたのは確か。もちろん各誌独自の音楽情報(クラシックやジャズに強い『FM fan』とか、オーディオ周りに強い『レコパル』とか)も既存の音楽誌とは一線を画した視点もあったりして、今振り返ると紙媒体から得る理想の情報だったと思える。

広告ページも多めに配されており、それも隅から隅まで目を通したものだった。筆者はビルボードチャートを掲載していた『FM fan』を基本的に購入、ラジオ&レコード・チャート掲載の『週刊FM』、キャッシュボックス掲載の『FM STATION』も購入という、かなりハードなFM誌読者だったが、これを10年弱続けていたわけだ。オリジナル・カセット作成(筆者の場合トップ40ヒッツはもちろん、ディスコ・ソングスとかバラード・ヒッツとか)の際のインデックス入手含め、FM誌にはいくら感謝しても感謝しきれない。筆者にとって、若かりし頃の音楽知識吸収の最大の功労者のひとつがFM誌だったのは間違いない。

ラジオで楽曲をエアチェック、しかもフィジカルの雑誌であらかじめオンエア曲の下調べをする…… こんなひと手間ふた手間かけることなんて、今となっては煩わしいことこの上ないのだろうが、この煩わしさをまったく厭わない熱量みたいなものが確実に存在していた。その煩わしさの一環を担っていたFM誌、実に眩しくも(少なくとも筆者にとっては)音楽人間という自分を形成してくれた、最高の紙媒体だったということは永遠に忘れない。

カタリベ: KARL南澤

アナタにおすすめのコラム FM STATIONとシティポップ!80年代はクルマとカセットとリゾートが蜜月だった

▶ シティポップに関連するコラム一覧はこちら!

80年代の音楽エンターテインメントにまつわるオリジナルコラムを毎日配信! 誰もが無料で参加できるウェブサイト ▶Re:minder はこちらです!

© Reminder LLC