「悲しい。でも、強く生きよう」京アニで働く妻亡くした父親、痛み抱えつつ長男と前を向いた

家族で出掛けた際、「響け!ユーフォニアム」のポスターの前で笑顔を見せる池田晶子さん=2017年12月、京都府内 遺族提供 

 2019年7月に京都市伏見区の京都アニメーション第1スタジオが放火され、36人が死亡した事件は、18日で発生3年となる。妻を亡くし一人で小学生の長男を育てる父親は、今なお癒えない心の痛みを抱えながら、懸命に前に進もうとしてきた。

 事件から3年を前にした6月上旬、父親(49)は胸に激痛が走り、救急車で運ばれた。診断結果は重度の肺炎。医師らには「3年の疲れが一気に体を襲ったのでは」と告げられた。

 妻は、京アニの代表作「涼宮ハルヒの憂鬱(ゆううつ)」「響け!ユーフォニアム」のキャラクターデザインで知られる池田晶子(しょうこ)さん=当時(44)。事件で亡くなって以降、自分の体のことなど気に掛けず、踏ん張ってきた。母親を失った長男に前を向かせることで精いっぱいだった。

 「悲しいのは分かる。でも、強く生きていこう。自分を不幸だと思ったらあかん」。小学校に行くのを渋り、ベッドで涙に暮れる息子に、あえて厳しい言葉を投げかけた。食事を作り、勉強を教え、遊びに連れて行った。孤独を感じないよう、長男が好きなアニメは一緒に観賞した。

 事件後、晶子さんの話題を口にしなくなった長男だが、2年半ほどたった頃から変化が出てきた。「あそこでママとご飯、食べに行ったよね」と自ら思い出を語り、勉強に本腰を入れるようになった。父親が入院した際も「僕一人で大丈夫やで」と、気丈に振る舞った。

 小学5年になり、成長した息子のことをうれしそうに語りながら、父親は息を吐いた。「正直、一安心です。これで少し、晶子にも報告ができるかな」

 ただ、相反して自身が寂しさを感じる時間は増している。妻が写った家族写真を手に取るのはためらってしまう。「まだ、晶子との思い出はシャットダウンですね。考えると、自分が駄目になってしまうから」。3年の歳月では埋められない喪失がにじむ。

 殺人罪などで起訴された青葉真司被告(44)の初公判の見通しが立たない中、父親は「彼は自分がやったことの責任を取るべきだ。でも、僕はあまり関わりたくない」と距離を取る。

 長男には「この人も周囲の支えがあれば違ったんじゃないか。ある意味で、生きづらい現代社会の犠牲者かもしれない」と伝えた。青葉被告への怒りは当然あるが、子どもに憎しみの感情を植え付けたくない、との思いが勝るという。

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 事件後、京都新聞社の取材に応じてきた父親の言葉は、徐々に変わった。2年目までは一途にアニメを愛し、低賃金の業界を変えたいと奔走した晶子さんの生きざまを語った。「もっとアニメを描きたかったはず」という妻の無念を、少しでも晴らしたいと考えたからだ。

 3年目を迎えた今回は、前を向いた息子の話を多く語った。悲しみのイメージで捉えられがちな被害者遺族が、必ずしも絶望の淵にとどまるわけではない、と伝えたかったという。「子どもの人生を棒に振るわけにはいかなかった。悲惨な事件だけれど、僕ら家族は折れなかった」

 

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