喫茶店の中に「保健室」、病院を飛び出した看護師たちの“おせっかい”が守る地域の健康 「コミュニティーナース」のお仕事

喫茶店で街の保健室を開くコミュニティナースの辻由美子さん(右から2人目)=1月、埼玉県蕨市

 看護師が喫茶店やガソリンスタンドなどを拠点に地域住民の相談に乗り、健康を支える「コミュニティナース(コミナス)」が各地で活動している。病気になる前から日常的に接点を持ってアドバイスを送り、健康づくりにつなげる取り組みで、体の異変を早めにキャッチすることもできる。高齢化と人口減少が進む島根県で始まり、企業や自治体、医療機関とも連携。病院を飛び出したナースたちの「おせっかい」が、地域の健康を支えている。(共同通信=当木春菜)

 ▽コミュニティナース

 看護師の辻由美子さん(53)は埼玉県蕨市の喫茶店で月に2回、「街の保健室」を開いている。雑談の中で日ごろの生活ぶりを聞き出し、血圧や体脂肪率の数値も見ながら体調の相談に乗る。「写真が趣味なんだ」「プールで泳いでから来たの?」と、趣味や日常の話題に花を咲かすことも。
 高齢の女性は、辻さんが定期的にかける電話がきっかけで、久しぶりに保健室に顔を見せた。「電話では行けないって言ったけど、ずっと家にいちゃダメだと思って」。体脂肪率を見た辻さんは、足の状態や家事ができているかを確認し、筋肉を少し鍛えた方がいいとアドバイスしていた。
 女性はその後、子に任せていた風呂掃除を自らするようになり、好物の漬物を控えることにした。半年後には体脂肪率と血圧の数値が改善し、辻さんは「真面目に頑張っててえらい。でも、ほどほどに」と声をかけた。
 辻さんは「身近なところで役に立てるかも」と、2018年からボランティアの形で活動をスタート。介護施設で働きながら、看護師の知識を生かして相談に乗る。「目の前の人の背中を押せる存在になりたい。ここに来ることが生きがいになり、生活習慣が改善すればうれしい」

 ▽「おせっかいな人」目指して

コミュニティナースの普及活動をする矢田明子さん=2月、埼玉県熊谷市

 コミナスの活動は、島根県出雲市出身の矢田明子さん(42)が始めた。26歳の時、父ががんと宣告されてから数か月で亡くなり、「医療の専門家が、早く病院に行くように促していてくれたら」「病気になる前から、医療や看護の知識が提供されていたらよかったのに」と考えるように。自らが暮らしの中で他人に「おせっかい」を焼く存在になろうと、看護学部に入学した。
 大学在籍時に始めた個人的な実践から輪が広がり、2017年に人材育成や普及のための「コミュニティナースカンパニー」(同県雲南市)を設立した。
 病院や訪問看護との違いは、喫茶店など生活に密着した場所で活動し、日々の生活に並走しながら心と体の健康を支えることだ。趣味などを通して日々を楽しく過ごすのを手助けするのも特徴だ。

JR熊谷駅の駅ビルで健康相談を行う、こうのす共生病院の職員らと矢田明子さん(右端)=2月、埼玉県熊谷市

 コミナスは、辻さんのように看護師の専門性を生かして活動する人に限らない。医療行為をしないため、近年は医療資格を持たない人も加わる。「ひと言おせっかいする勇気があればいいんです」と広報担当の藤田奈津子さん(43)。養成講座はこれまでに600人近くが受講。チョコレート店やカフェの店員らも地域に溶け込み、47都道府県に活動が広がった。
 自治体や企業の関心は高く、奈良県は2018年から養成講座を主催し、受講者は県内各地で活躍する。西部ガス(福岡市)は、管理する複合施設に5月から配置した。

 ▽続けていくための仕組みを

 「コミナスの活動には一定の時間が必要。続けてもらうために、収入が発生する仕組みを作りたい」。矢田さんたちは2020年、サービスを有料化した「ナスくる」を立ち上げた。
 コロナ禍で遠方の親のケアを求める声を受け、看護師資格を持つコミナスの個人宅への派遣を開始。1万1千円で月2回の訪問が受けられ、利用者からは「異変に早く気付いてくれる」「孫や子のような気の置けない存在」と好評だ。散歩の継続、食生活の改善といった変化が見られ、鳥取、島根、愛媛の各県で派遣型サービスを提供する。

JR熊谷駅の駅ビルで健康相談をするコミュニティナース(奥)=2月、埼玉県熊谷市

 埼玉県熊谷市のJR熊谷駅の駅ビルでは2022年1~2月、こうのす共生病院(同県鴻巣市)の看護師が健康相談にのる無料のナスくる体験会を実施した。同病院の神成文裕理事長(38)は「病院は生活そのものを支える存在になっていくと思う。病気にかかっていない人にも開かれた場所になれば」と話し、病院とコミナスが協力する形を模索する。
 コミュニティナースカンパニーは、幅広い世代に活動を知ってもらおうと、高校生向けのハンドブックを作成し、出前授業も計画している。矢田さんは「より多くの人が活動し、生活に溶け込む存在にしたい」と意気込んでいる。

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