【元阪神・横田慎太郎の「くじけない」⑦】「横田君のプレーを見て元気出た」―引退試合後に握手した人の中には闘病の人も。「多くの人に勇気と希望を」…初の講演準備の最中、異変が

引退後、鹿児島に戻った横田慎太郎さんの活動を伝える、2020年9月21日付の南日本新聞

 多くの方々のおかげでグラウンドに戻れたものの、目がボールを追うことができず苦しい日々が続き、ユニフォームを脱ぐことを決めました。24歳の時でした。

 引退試合が終わった後、見に来てくださったみなさん一人一人と握手する時間をつくってもらえました。その中には、病気で人生が思うようにいかず悩んでいる人たちが、たくさんいることに気付きました。「横田君のプレーを見て元気が出ました。ありがとう」「自分も頑張るね」と多くの人たちが喜んでくれました。

 実は引退後、「阪神タイガースのアカデミーで、子どもたちを指導するコーチとして球団に残らないか」というありがたいお話もありました。でもぼくの目は、物が二重に見えたり、ぶれて見えたりという状態でした。少年野球とはいえ、そのような状況で指導するのは難しいでしょう。子どもたちにも失礼になります。

 一日でも早く元の体に戻したい思いと、今まで必死に頑張ってきた自分の目や頭、体を休めてあげたいという気持ちもありました。球団本拠地の兵庫から、故郷の鹿児島に帰ることにしました。

 久しぶりの桜島は、とても力強く見えました。引退試合後に握手した人たちの顔を思い浮かべ、ある思いが湧いてきました。「病と闘った経験を発信して、一人でも多くの人に勇気と希望を与えられるようになりたい」

 家族にも協力してもらい、体験を語る講演活動を始めることにしました。小さい頃から野球しかしてこなかったので、全く違う世界に飛び込んで、知らないことがたくさんありました。名刺を渡すときのあいさつのしかたなど、一から学ぶことばかり。今話題になっていることを知ろうと、新聞も読み始めました。

 一つ一つの活動を、心を込めてやっていこう。そんな思いを胸に、鹿児島での初めての講演に向けて準備をしていたころでした。僕の体にはまた異変が起きていたのです。

■横田慎太郎さんの著書「奇跡のバックホーム」が文庫になりました。連載で今後描かれる2度目の闘病の話や、元阪神タイガースの鳥谷敬さんの解説が新たに収録されています。幻冬舎刊、660円。

【プロフィル】よこた・しんたろうさん 1995年、東京都生まれ。3歳で鹿児島に引っ越し、日置市の湯田小学校3年でソフトボールを始める。東市来中学校、鹿児島実業高校を経て、2013年にドラフト2位で阪神タイガースに入団。3年目は開幕から1軍に昇格した。17年に脳腫瘍と診断され、2度の手術を受けた。19年に現役引退。20年に脊髄腫瘍が見つかり、21年に治療を終えた。現在は鹿児島を拠点に講演、病院訪問など幅広く活動している。父・真之さんも元プロ野球選手。

「奇跡のバックホーム」文庫版(幻冬舎)。2度目の闘病や元阪神の鳥谷敬さんの解説を新たに収録

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