<書評>『どこにもないテレビ 映像がみつめた復帰50年』 奇跡と軌跡を再認識

 2022年5月15日、沖縄は本土復帰50年の節目を迎えた。県民に復帰に対するいろいろな感情があるのは当然のことだが、新聞、テレビ、ラジオ、いわゆるメディアは競って特集を組んだ。その中の一つに『きんくる どこにもないテレビ』がある。ディレクターはNHK沖縄放送局の渡辺考氏。この本の著者である。番組では収まりきれない歴史的背景や制作者たちの思いを書籍化したのである。

 全7章から構成されるこの本は、米軍監視下のラジオ放送の黎明(れいめい)から、何でもありの初期のテレビの衝撃、復帰後にアイデンティティー危機に陥ったウチナーンチュの誇りを取り戻すべく放送が取り組んだことなど、番組を通してウチナー社会そのものをひもといていく。

 沖縄放送史のレジェンド川平朝清氏はじめとする、記者、カメラマン、ディレクター等の番組制作者たちの貴重な証言の数々によって時代背景をより深く届けることに成功している。まるで自分がその現場にいるような錯覚さえ覚える。喜怒哀楽プラス「驚悩決」といったところだろうか? 摩訶(まか)不思議である。放送をキーワードにこれだけ現場の声を拾い上げることができたのは、数々のドキュメンタリーを創り上げてきた渡辺氏の力量によるところが大きい。

 年齢によって多少の差異はあるだろうが、共通するのはその時代の沖縄の置かれた状況に対するウチナーンチュの強さである。

 本書にも度々登場するのが故元沖縄県知事の西銘順治氏の名言『ヤマトンチュになりたくてもなりきれない心』。裏を返せば『ウチナーンチュであるという矜持(きょうじ)』とも言える。『どこにもなくて良いじゃないか、これが沖縄だもん』と力を抜きつつ胸を張る感覚だ。この本で沖縄の放送史の奇跡と軌跡を再確認させていただいた。一つ欲を言えば、沖縄を愛するヤマトンチュの渡辺氏の思う次の50年に向けたアイデアを提示していただけたらありがたかった。

 『まーにんねーらん』=『どこにもない』世界を続けていくのは、ウチナーンチュの皆さんですよと宿題をいただいたような気がする。

 (津波信一・タレント)
 わたなべ・こう 1966年東京生まれ、NHK沖縄放送局チーフディレクター、作家。著書に「ゲンバクとよばれた少年」「プロパガンダラジオ」など多数。

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