Bリーグ発、企業名を表に出さない新たなスポンサードのカタチ サンロッカーズ渋谷のスポーツサイエンス部門を直接支援

吉田修久さんはキネクソンの端末(手前)から取り出したデータを専用のPCで分析する(サンロッカーズ渋谷在籍時)

 バスケットボールBリーグの2021-22年シーズンは5月、宇都宮ブレックスの優勝で幕を閉じた。このシーズンはコート上の熱戦の陰で、選手の動きを科学的に捉えて分析するスポーツサイエンスの分野で新たな取り組みが進行していた。その舞台となったのは、サンロッカーズ渋谷だった。
 スポーツチームへの財政的支援、スポンサードといえば、ユニホームなどに企業名や会社のロゴを付けたり、スタジアムやアリーナに企業名を掲示したりするのが一般的。しかし、サンロッカーズで行われたのは企業名を一切、表に出すことなく、最新のデータ分析機材のコストを負担することで、チームのスポーツサイエンス部門を支援するという、従来にはない方法だった。(共同通信=山崎恵司)

 ▽スポーツサイエンスの発展を願って

 今年2月28日、サンロッカーズ渋谷は株式会社ユニバースフロンティアとの2021-22シーズンのオフィシャルパートナー契約の締結を発表した。既にシーズン途中ではあったが、このパートナー契約が新しい取り組みのスタートだった。発表資料にはユニバースフロンティア社の宮崎芳文代表の談話が記載されている。
 その中で宮崎氏は「(サンロッカーズ渋谷は)スポーツサイエンスの領域にも力を入れているため、今回のパートナー契約は必然でした。サンロッカーズ渋谷の活躍は勿論のこと、日本では成長途上であるスポーツサイエンスの領域がより発展していくことを願っています」と述べており、契約の目的がスポーツサイエンスの発展に資するものであると明らかにしている。
 その名の通り、サンロッカーズ渋谷は東京都渋谷区をホームタウンとする。チームの公式サイトで「スポーツサイエンス&パフォーマンスディレクター」の肩書で紹介されているのが吉田修久さん(43)。今回の取り組みのキーワード「スポーツサイエンス」部門の責任者である。
 吉田さんのこれまでの歩みは、バスケットボールとスポーツ科学に費やされてきた。山口県岩国市出身。高校でバスケットボールをプレーした後、米オハイオ州のトレド大に進学した。トレーニング科学を学びながら、全米大学体育協会(NCAA)1部に所属するバスケットボール部で、インターンとしてストレングス&コンディショニングを手伝った。
 2002年に卒業すると、日本に一度、帰国。当時の日本リーグに所属していたさいたまブロンコスでシューティングガードとしてプレーする傍ら、大学でコンディショニングを担当した。そして2010年、再び米国へ旅立ち、スポーツでも名高いフロリダ大の大学院に入学した。運動生理学の修士号を修めると、2011年、米プロバスケットボールNBAのサンアントニオ・スパーズで働き始めた。
 1年目の2011-12年シーズンは労使協定交渉がもつれ、リーグ側がロックアウトしたため、開幕が遅れ、通常82試合のレギュラーシーズンが66試合に短縮された。このシーズンはインターンとして関わったが、2012-13年シーズンはフルタイムのアスレティックパフォーマンスコーチとしてスパーズに貢献した。
 当時のスパーズは名将グレグ・ポポビッチ監督が率い、ティム・ダンカンとマヌ・ジノビリ、トニー・パーカーのスター選手3人が在籍していた。2013年はNBA決勝に進みながら、レブロン・ジェームズのマイアミ・ヒートに3勝4敗で敗れたが、NBA屈指の強豪チームでスター選手たちのパフォーマンスを支えたのは得難い経験となった。

フォースプレートの使い方を実演する吉田修久さん。ジャンプの時に腕の振りで勢いをつけないため、棒を担ぐ(サンロッカーズ渋谷在籍時)

 2012-13年シーズンにスパーズで、選手の動きを数値化するトラッキングシステムと向き合うことになった。GPSを利用した「カタパルト」という機材を導入するという話が出てきたのだ。
 「カタパルトはGPSを使っているので、屋内では位置情報のデータは取れないが、機材に組み込まれた加速度計とジャイロスコープは使えた。どこまでモニタリングができるのか、システムの信ぴょう性とか妥当性はどんなものなのか、100%理解できなかったので、科学的に勉強してみようと思った」

 ▽米国の大学、NBAで学んだものを日本で

 それでトレーニング科学で有名なマイク・ストーン教授の教えを受けるべく、2014年、イースト・テネシー大の大学院で博士課程に進んだ。3年ほど研究を重ねて、2017年に日本へ帰国。この分野では日本のトップクラスと言える吉田さんは2018年からサンロッカーズに加わった。「海外の大学、NBAで勉強、仕事してきた経験があったので、日本でそういった取り組みをちゃんとやりたかった。サンロッカーズでできるということで、お世話になった」
 「スポーツサイエンス」とは何か。吉田さんの答えは「選手のパフォーマンスを科学的なデータに基づいて定量化し、データを基に分析して、そこから導き出したプログラムとか問題点とかを、パフォーマンスを上げるためのトレーニングや練習量に反映し、効率化を図ること」。
 サンロッカーズでまず、吉田さんが導入した機材は、ジャンプなど脚力のデータを測定する「フォースプレート」。床に置かれた金属製の板の上で、選手にジャンプやスクワットなどの運動をしてもらうことで「どれくらい力を出せるか、力の出し方の特徴とか、足の左右の差とか、選手の特徴が分かる」と言う。継続してデータを取ることで、選手の疲労度も把握できるという。
 そして今年、ユニバースフロンティア社のパートナー契約で新たな測定機材が加わった。それが「キネクソン」という小さく薄い板状のタグ。選手が身に着けることで、選手の動きを数値化できる。小さなタグには、傾きや回転の速さを計測するジャイロスコープと加速度計が入っていて、1秒間に1000回データを取ることができる。
 フォースプレートに加えてキネクソンという機材を得たことを吉田さんは「フォースプレートはコート外でのデータ、キネクソンはコート上で実際、バスケットボールのプレーで取れるデータ。両方のデータを複合的に分析して、より正しい、より正解に近い答えにたどり着ける」と話した。

 ▽社名の掲示に違和感

 今回のパートナー契約に話を戻す。日本のプロスポーツ経営において、スポンサーからの収入は収益の大きな柱となっている。スポンサー料の対価として、リーグやチームは金額に応じて様々な形で広告の掲示を認める。
 サンロッカーズでも、チーム独自にユニホームスポンサーなど4種類のスポンサーを募集。そのうちの「小口スポンサー」を見ると、ゴールド=30万円、シルバー=20万円、ブロンズ=10万円の3種類に分かれ、それぞれ金額に応じて、社名の掲示方法に差がある。
 こうした在り方に一石を投じたのが、今回のもう1人のキーパーソンであるユニバースフロンティア社代表の宮崎芳文さん(40)。冒頭のオフィシャルパートナー契約の発表資料に談話を寄せた人だ。単身で不動産や投資コンサルティングを手掛け、会社を大きくしてきたビジネスマンだが、元々、バスケットボールを含め、スポーツに対する思いは深く、熱い。一方で従来のスポンサーやパートナーとしての支援には違和感を感じていた。「大企業のように何千万円、何億円のお金で企業名を入れるということにイメージがわかなかった」。

企業名を出さず、スポーツサイエンスを支援するパートナー契約に乗り出した宮崎芳文さん(本人提供)

 宮崎さんはスポーツ関係者にも人脈を持つが、そのうちの1人がキネクソンを取り扱う会社の代表、家徳悠介さんだった。チームに導入するキネクソンのコストを宮崎さんが負担して、「スポーツサイエンス」を強化して選手とチームに役立ててもらうというのが今回の枠組み。宮崎さんはいくつかのチームを候補にしたそうだが、最終的に白羽の矢を立てたのが吉田さんのいるサンロッカーズ渋谷だった。
 当然のことだが、吉田さんに対する評価と信頼度は高い。「将来的な問題も分かっているし、ビジョンや思いもすごくある。吉田さんほどのキャリアがあれば、アメリカのチームに採用されたら収入だって何倍じゃないですか。それでも日本でやる、それに対する覚悟も伝わってますし、だったら一緒にやっていけたらいいかな、と思った」。
 スポーツを科学的に分析して選手やチームの向上につなげていくスポーツサイエンスはまだまだ、日本で普及の余地があると、宮崎さんは見ている。「スポーツサイエンスは日本ではまだ、未熟。それを一般的なもの、成熟したものにする一端を手伝えればと思った。今回はスポーツサイエンスのセクションを作ってもらうために、一緒に共同でやりましょう、そのための資金をパートナーとして入れましょうということ。サンロッカーズ渋谷だけでなく、他のチームがスポーツサイエンスのセクションを作る形になってほしい」。

 ▽今後もスポーツサイエンスを支援

 宮崎さんの思いは、吉田さんもきっちり受け止めている。「アメリカで勉強をして、日本に戻り、スポーツサイエンスのチームを作りたい、そういった環境が日本に増えてほしいと思ってやってきた。キネクソンが導入できたのも宮崎さんのサポートがなければあり得なかったので、願ってもないことだった」と話した。
 実は吉田さんは昨シーズン限りでサンロッカーズを退団することが決まっていて、2022-21年シーズンは千葉県船橋市をホームタウンとする千葉ジェッツが新しい仕事場になる。そのことを宮崎さんに尋ねると「サンロッカーズは非常に魅力的で好きなチーム。吉田さんの理念や日本のスポーツ界におけるスポーツサイエンスの支援も続けたいので、今後はサンロッカーズも、吉田さんも支援していく」とのことだった。
 広告露出を求めない、従来のスポンサーやパートナーとは違うあり方。スポーツサイエンスを支援することで、サンロッカーズ渋谷だけでなく、日本のバスケットボール界のレベルアップにつなげたい宮崎さんの思いが今後どんな波紋、影響を生み出していくのか。

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