中国が実験モジュール「問天」打ち上げ、独自の宇宙ステーション完成へ一歩前進

中国は7月24日、同国が独自に建設を進めている宇宙ステーション「天宮(Tiangong)」の実験モジュール「問天(Wentian)」を打ち上げました。問天は打ち上げ翌日の7月25日に天宮のコアモジュール「天和(Tianhe)」へのドッキングに成功しており、中国独自の宇宙ステーションは完成に一歩近付きました。

■打ち上げから約13時間後にコアモジュールとのドッキングに成功

【▲ 実験モジュール「問天」を搭載して打ち上げられた「長征5号B」ロケット(Credit: CNSA)】

問天モジュールを搭載した「長征5号B」ロケットは、海南省の文昌衛星発射センターから北京時間2022年7月24日14時22分に打ち上げられました。

発射から8分15秒後に長征5号Bのコアステージから切り離された問天は、天和コアモジュールとランデブーするために、搭載されているエンジンを使って軌道修正を開始。打ち上げから約13時間後の北京時間2022年7月25日3時13分、天和の前方に面したポートへドッキングすることに成功しました。ドッキングから約7時間後の北京時間同日10時3分には、天和にドッキング中の有人宇宙船「神舟14号」のクルーによってハッチが開かれ、3名のクルーが問天に乗船しています。

中国は天宮に2つの実験モジュールを追加することを計画しており、問天はその1つ目となります。全長17.9m・直径4.2m・重量23t(打ち上げ時)の問天は、作業モジュール・エアロックモジュール・資源モジュールの3区画から構成される大型のモジュールです。中国有人宇宙飛行弁公室の林西強副主任によると、問天は主に宇宙生命科学に関連した研究に対応。問天は船内だけでなく、船外に実験装置を設置することも可能です。

【▲ コアモジュール「天和」前方のポートにドッキングした実験モジュール「問天」(Credit: CMS)】

問天には実験室としての機能以外にも様々な設備が備わっています。これまで天宮で宇宙飛行士が船外活動を行う際には天和のノードモジュール(4つのドッキングポートがある区画)がエアロックとして利用されてきましたが、問天にはノードモジュールよりも広い専用のエアロックモジュールが備わっています。中国国防部によると問天のエアロックはハッチの直径が1mで、ノードモジュールのハッチよりも15cm大きくなったといいます。

また、問天には小型の装置を扱うために設計された全長5mのロボットアーム(可搬質量3t)が船外に搭載されていて、実験装置の設置や交換などに用いられます。国防部によれば、天和に搭載されている全長10mのロボットアーム(可搬質量25t)と問天のロボットアームは人間の両手のように協調して操作できるだけでなく、1つにつなげて全長15mのロボットアームとして運用することも可能とされています。

【▲ 実験モジュール「問天」に入った「神舟14号」のクルー3名(Credit: CMS)】

さらに、問天の資源モジュールには大型の太陽電池アレイが2基搭載されています。展開時の長さは1基約28mで、2基の太陽電池アレイを展開した問天の最大幅は約56mに達します。発電能力は2基で合計18キロワット、1日あたりの電力量は平均430キロワット時以上で、天宮を運用するのに十分な電力が供給されるといいます。

この他にも、問天は天和コアモジュールのバックアップとしての機能も有しています。今後、問天は天和の側面に設けられたポートへ移設され、2022年10月に打ち上げが予定されているもう1つの実験モジュール「夢天(Mengtian)」の到着に備えることになります。

【▲ 中国独自の宇宙ステーション「天宮」の完成予想図(Credit: CASC)】

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■打ち上げに使われたロケットの一部が地上へ落下する懸念も

いっぽう、今回の打ち上げに使われた長征5号Bロケットに関しては、コアステージ(第1段)が制御されないまま大気圏に再突入して、燃え残った部分が地上へ落下する懸念があります。

長征5号Bは今回が3回目の打ち上げで、過去には2020年5月と2021年5月にも打ち上げられたことがあります。2020年の打ち上げでは燃え残った部品(長さ12mのパイプなど)がコートジボワールに落下して、地上の建物に被害が生じました。2021年の打ち上げでは、インド洋のモルディブ諸島付近に落下したとみられています。

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軌道上物体に詳しい天体物理学者のJonathan McDowellさんによると、問天モジュールの打ち上げに関連して2つの宇宙物体(人間が宇宙に打ち上げた物体)がカタログに登録されました(国際衛星識別符号「2022-085A」と「2022-085B」)。2つの物体は問天および長征5号Bのコアステージとみられますが、今回も過去2回と同様に、打ち上げ後のコアステージが地球低軌道に残されたままになっている可能性があります。

2022年7月に「ネイチャー・アストロノミー」に掲載されたMichael Byersさん(ブリティッシュコロンビア大学)を筆頭とする研究チームの論文では、制御されずに大気圏へ再突入するロケットのステージに関するリスクが評価されています。長征5号Bのコアステージは18t(論文より)もあるため、毎回特に注目を集めますが、地上へ落下して被害をもたらす可能性があるのは中国のロケットだけとは限りません。

論文によると、使い捨てられた後に軌道を外れたステージは過去30年間(1992年5月4日~2022年5月5日)で1500基以上あり、その7割以上は制御されない状態で軌道を離れたと推定されています。1回の再突入によって地上で死傷者が発生し得る範囲を平均10×10m(100平方m)と仮定した場合、1人以上の死傷者が生じる可能性は約14パーセントだったといいます。実際に死傷者が生じたという事例は報告されていないものの、無視できるほど小さなリスクではないことを算出された確率が示していると研究チームは指摘しています。

論文では、ロケットのステージがどの緯度で再突入しやすいのかも推定されています。特にリスクが高いのは赤道付近で、ジャカルタ、ダッカ、メキシコシティ、ボゴタ、ラゴスといった都市がある低緯度では、より高いワシントンD.C.、北京、モスクワといった都市がある緯度と比べて3倍の確率で再突入する可能性があるといい、先進国の活動にともなうリスクを発展途上国が背負う構図になっていると研究チームは分析しています。ちなみに、長征5号Bのコアステージが落下したとされるコートジボワールやモルディブ諸島は、どちらも赤道付近に位置しています。

また研究チームは、過去に国連で採択された宇宙活動に関するガイドラインについて、制御されないまま再突入する宇宙物体のリスクにどう対処すべきかが明確化されていないなどの問題点も指摘しています。近年では、運用中の人工衛星や地上に被害をもたらすかもしれないロケットのステージなどをただ使い捨てるのではなく、人口密集地から離れた海域へ制御落下させる運用も行われていますが、制御落下はすべての打ち上げで実施されているわけではありません。日本も含め、宇宙開発を推進するすべての国や組織による一層の対策が求められます。

Source

  • Image Credit: 国家航天局 (CNSA), 中国载人航天 (CMS)
  • 中国政府网 \- 问天实验舱与天和核心舱组合体在轨完成交会对接
  • 中华人民共和国国防部 \- 气闸舱、小机械臂、柔性太阳翼——解析问天实验舱的“独门神器”
  • 中国载人航天 \- 问天实验舱发射任务取得圆满成功
  • 中国载人航天 \- 神舟十四号航天员乘组顺利进入问天实验舱
  • Byers et al. \- Unnecessary risks created by uncontrolled rocket reentries

文/松村武宏

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