ドキュメンタリー『ジャネット・ジャクソン 私の全て』前半レビュー(エピソード1&2)

オリジナル・アルバム総売上枚数1億8千枚、1982年のファースト・アルバム『Janet Jackson』のリリースから今年で40年となったジャネット・ジャクソン(Janet Jackson)。

2022年8月24日には彼女の日本盤シングルとMVを収録したベスト盤『ジャパニーズ・シングル・コレクション-グレイテスト・ヒッツ-』の発売が決定しているが、そんな彼女の最新ドキュメンタリー『ジャネット・ジャクソン 私の全て』のレビュー(前半)を掲載。筆者はライター/翻訳家の池城美菜子さん。ドキュメンタリー番組は「CSヒストリーチャンネル」にて放送中。

『ジャネット・ジャクソン 私の全て』が映し出す3つの戦い

「アメリカ人は見応えがある闘いが好きなんだ(Americans LOOOVE good fights)」と筆者の目の前で言い切ったのは、TLCの故レフト・アイだ。この「ファイト」には特定の敵がいる、世間全体が敵となる、それから自分自身に打ち勝つ闘いがある。

2022年の1月28日、アメリカのケーブル・テレビ局、ライフタイムと親会社A&Eが放映したジャネット・ジャクソンのドキュメンタリーが大反響を巻き起こした。4回シリーズの『ジャネット・ジャクソン 私の全て』が映し出すのは、この3種の闘いすべてである。

米英合作になった理由は、ジャネット側が「ステート・オブ・ザ・ワールド・ツアー」のイギリス公演を撮影するために、国内の制作会社を雇ったのが発端だから。このツアーは、2018年に東京の武道館にも来た。ヒット曲の多さとまったく衰えないダンスの切れ味で日本のファンを圧倒したうえ、セックス・シンボルだった90〜00年代のミュージック・ビデオの前で、50代に入った彼女が堂々と歌っている姿そのものが強烈なメッセージを伝えた。ジャネット・ジャクソンはいまの自分を愛している、と。

2017年にツアーを記録し始めたプロデューサーのリック・マーレイと監督のベンジャミン・ハーシュは、この縁をジャネットの半生を映像でふり返るという、さらに大きなプロジェクトに育てたいと考えた。そして、彼女が7000本にも渡るビデオを保管している事実に驚き、当時イギリスにいる時間が長かったジャネットと丁寧に映像を確認することに5年の月日を費やしたという。その多くが未公開。なかには、ポップ・ミュージックの歴史を塗り替え、多くの後輩たちに勇気を与えた『Rhythm Nation 1814』のレコーディングや、マイケル・ジャクソンとの「Scream」の撮影のビデオまであったのだ。

膨大な映像から根気強く重要なシーンを選び取り、そこに現在のジャネット本人の動向が織り交ぜているため、急増中の音楽ドキュメンタリーのなかでも奥行きのある作品に仕上がった。1月末に放映されて以来、テレビの放映とストリーミングで合計21ミリオン(2100万人)以上のアメリカ人が観たとロサンゼルス・タイムス紙が報じている。この数字は、みんながジャネット・ジャクソンの名前を知っていても、彼女の人生の詳細は語られてこなかったことを物語っている。私たちは、ジャネットの真実に飢えていたのだ。

エピソード1「ドリーム・ストリート」

エピソード1は、ジャクソン・ファミリーの出発点、インディアナ州のゲーリーをランディ・ジャクソンと訪ねるシーンから始まる。若き日の兄たち、ジャクソン5の壁画を見つけて涙ぐむジャネット。希代のステージ・パパだったジョセフ“ジョー”ジャクソンの指揮のもとに、6人の息子、3人の娘たちがエンターテイナーになった経緯をふり返るくだりは、70年代の貴重な映像とともに惹きつけられる。

マイケル・ジャクソンのファンなら知っている話もあるが、末っ子のジャネットと下から2番目のランディの口から語られると、またちがう側面が浮かび上がるのだ。マイケルのバイオを紐解くと、強権的だった父、ジョーはどうしても悪役に映る。だが、彼のヴィジョンがショービズ一家を支え、ベッドルームが2つしかない家から抜け出てロサンゼルスのプール付きの家に引っ越せたと次兄のティトが認めるあたりは、簡単に悪役を決めるのは事実の矮小化につながると反省した。

家族の思い出話は微笑ましいが、早々にステージにも俳優業にもデビューした子ども時代の彼女の苦悩はだれしもが共感できる分、スーパースターのジャネットを身近に感じられるだろう。1年で終わってしまったジェームズ・デバージとの結婚の話は、ジェームズ本人のコメントもあって驚いた。彼は80年代大人気だったデバージ・ファミリーの一員であり、名前でピンとこなくても「Rhythm Of The Night」や「I Like It」といった名曲は耳にしているはずだ。「なぜ、いまジャネットなのか」との問いに早めに答えると、最初の2回の結婚についてある程度相手の了承を得たうえで、話せるだけの時間が経ったからだと察する。

エピソード2「コントロール」

エピソード2は、ジャクソン家からの独立を意味した『Control』(1986)と『Rhythm Nation 1814』(1989)の時期を中心に語られる。隠し子騒動など、長年つきまとっていたネガティブな噂の全容が明かされる一方、ジャネットの盟友であり、サウンドの要であるジャム&ルイスのふたりから語られる歴史的なアルバム2枚の誕生秘話など、ファンにとっては何回見ても楽しいシーンもある。一度インタビューしているので言い切れるが、ジャム&ルイスはしゃべり言葉にもリズム感が滲み出るタイプであり、話上手なのだ。

映像作家であった2番目の夫、レネ・エリゾンドが撮影したプライベートな映像は初出である。90年代を通して婚姻関係をジャネットは完全に隠していたため、00年の離婚訴訟の泥沼化がファンの記憶には強く残っている。今回、ふたりの出会いとコラボレーション、当時のお互いへの想いのコメントが公開された。これらの映像は貴重であり、エンディングをわかっているだけに胸を突かれる。ジェームズとの結婚生活を含め、ジャネットがキャリアと同じくらい全身全霊で恋愛を経験した女性であり、彼女のラヴソングの強さはそこから来ているのだと腑に落ちた。

前述のほか、ジャクソン家から母親のキャサリンさんと姉のリビー俳優のサミュエル・L・ジャクソン、ジャネットのコリオグラファーとして世に出たポーラ・アブドゥル、Qティップやとミッシー・エリオットらまで絶妙な人選のコメントを過不足なく配しているのは親切だ。そして、なにしろ当のジャネットがカメラをまっすぐ見据え、言葉を選びながらも正直に過去を語っているのは、説得力がある。

マイケルとジャネット

辛いのは、ジャネット本人から明かされるマイケルとの関係の変遷だ。ランディを挟み、ふたりには8歳の年齢差があるものの、どこか映し鏡というか双子の魂を持っていたと感じた。SNS時代を経て、私たちは「煙のないところにも火は立つ」事実を学んだ。しかし、1980年代から90年代はニュースのヘッドラインになれば、それがタブロイド紙であってもいくばくかの事実が含まれているのだろう、と考えるほうが普通だったのだ。

マイケルとジャネットの偉業は、レコード、CDの売れ枚数やチャート・アクション、歴史的なパフォーマンスを含めたアワード・ショーでの受賞歴で易々と証明できる。彼らを否定するのであれば、ゴシップしかない。ジャネットの隠し子説、マイケルの少年への性的虐待説などをでっち上げてふたりの偉業に水を差し、スターダムから引きずり下ろしたいとの暗い衝動は、それで金銭的な得をしたメディアはもちろん、それを消費した人々の行動となって現れたのだ。エピソード3はマイケルの裁判、4は2004年のスーパーボウル・ハーフタイムショーの衣装替えの誤作動事件に焦点が当てられる。事件が必要以上に炎上した背景に、その衝動があったことはこの時点で指摘しておく。

『ジャネット・ジャクソン 私の全て』は、父との闘い、マスコミと世間との闘い、そして重すぎる家族の名前とセルフ・イメージとの闘い全部が入っている。アメリカのポピュラー音楽史に興味がある人はもちろん、ひとりの女性の歩みとしても学ぶところが多いドキュメンタリーに仕上がっている。機会があれば、ぜひ鑑賞してほしい。(*エピソード3、4についてのレビューは後日公開)

Written By 池城美菜子

© ユニバーサル ミュージック合同会社