業務スーパー「牛乳パックデザート」売れ行きTOP5と創業者が明かした誕生秘話

業務スーパーの人気商品「牛乳パックデザート」は、いかにして生まれたのでしょうか?

作家でジャーナリストの加藤鉱 氏の著書『非常識経営 業務スーパー大躍進のヒミツ』(ビジネス社)より、一部を抜粋・編集して業務スーパー人気商品の誕生秘話を紹介します。


忘れられない年になった2008年

下記のグラフは過去21年間におよぶ業務スーパーの店舗数推移を表したものである。ここ10年間の店舗増加数は年間約三十数店舗ずつで、2021年は年間71店舗増で伸びている。

2000年代前半はまさに急成長期で、年間100店舗ほどをオープンさせていた。

これは尋常な数字ではない。平均すると毎週2店舗「業務スーパー」を開業させていたことになる。開店のためにスーパーバイザーは常に出店準備に追われており、本社の席に着く時間はなかったという。これで低かったバイイングパワーが急速についてきた。

そんな急成長期を沼田昭二はこう振り返った。

「最初は高く買って(仕入れて)、安く売るのが前提になっていました。これに耐えられる方法は1つしかなかったのです。『盾の経営』のときにもお話しした『販管費の圧縮』です。他所と同じグローサリーを仕入れて、他所が20%の販管費なら、業務スーパーは14%にする。そういうことを海外に行って徹底的に勉強してきて、全部、設計をやり直したわけです。

冷凍庫のメンテナンスも入念に行いました。どんどん周りに氷が付くので、他店では日にだいたい1回、多いところで2回やっていました。私どもはそれ以上です。極力商品にダメージを与えないためです。そういうことを愚直にさまざま行ってきました」

だが、いかに会社のビジネスモデルが優れていようが、経営者に先見性があろうが、不本意にも一国を揺るがすような事件に関連するイメージを持たれるならば、にっちもさっちもいかなくなるものなのだ。それを2008年の店舗増加数8という数字が如実に物語っている。

業務スーパーをFC展開する神戸物産が大逆風に晒されたのは、2007年12 月末から2008年1月末にかけて発生した、中国産冷凍ギョウザによる薬物中毒事件だった。

中国産冷凍ギョウザの販売者である立場の生協と、生産・管理を中国の天洋食品(河北省石家荘市)に丸投げしていたJTフーズとが責任のなすりつけ合いをし、なかなか原因の究明がなされなかった。その後の日本側の捜査で、有機リン系殺虫剤メタミドホスが検出された。

同年10月、今度は中国産冷凍インゲンから基準値を3万数千倍上回る有機リン系農薬ジクロルボスが検出された。ニチレイフーズが輸入し、イトーヨーカ堂で販売した商品だったが、こちらも冷凍ギョーザ同様、原因究明に手間取った。

その前後立て続けに丸大食品、三井物産、兼松などが扱う中国産食品、食材から有害物質メラミンが検出された。

相次ぐ健康被害や偽装問題の発生により、日本中がいわば中国産食品、食材に対してアレルギー反応、いや1億2000万人総ヒステリー状態に陥ってしまった。違法な残留農薬が検出された中国産の冷凍ホウレンソウについては、厚生労働省がメーカー各社に輸入自粛を求めたあと、日本の市場からすっかり消えた。

2008年は神戸物産・業務スーパー関係者にとっては忘れられない年になった。

勝負の分かれ目だと肚をくくった創業者

この事件により、冷凍食品を多く扱う日本の小売業は窮地に追い込まれた。

冷凍食品を売り物にしてきた業務スーパーへの風当たりはことのほか大きかった。当時は「業務スーパー=中国」みたいなイメージがいまよりも格段に強かったことから、実際に天洋食品から冷凍ギョウザを仕入れていないとはいえ、取引があったために凄まじい風評被害に遭った。顧客から問い合わせが殺到した。

「冷凍食品を店頭から撤去したい。フランチャイズ本部としての責任を果たせ!」と売上も利益も落ちたFC加盟店から強く迫られた。

創業者の沼田昭二は動いた。2008年9月、輸入小売業者で先頭を切って全コンテナの検査を開始し、農薬チェックを行った。同時に、これまでの中国メインの生産体制を再考し、国内生産のPB開発を強化する体制をとった。

他のスーパーは売場から中国製の冷凍食品をどんどん減らしていた。業務スーパーの加盟店も一時的に中国からの商品を店頭から撤去、売場がガラガラになってしまった結果、各加盟店は売上、利益ともに大幅に落としてしまった。

だが数カ月後には、業務スーパー各店では従来どおり、中国製の冷凍食品を置くようになっていた。沼田は肚をくくっていた。飲食店の業務用にどうしても"必要"だったからである。彼ら向けの供給を断つことは許されない。

当時の顧客は一般消費者だけでなく、来店の2~3割は飲食業者であり、売上の半分を占めるという事情も横たわっていた。

ここを乗り切れば業務スーパーは勝てるぞ。沼田は、いまが勝負の分かれ目だと捉えていたのだった。他のスーパーは逃げ腰だが、今後とも冷凍食品がなくなるようなことは決してない。いや、いずれ需要は伸びるであろう。あと数年は我慢しなければならないけれど、いずれ冷凍食品の需要は回復してくる。沼田は加盟店オーナーに説明して回った。

「お客様は必ず戻るから、自分を信じてほしい。もう少し、来年まで待ってほしい。辛抱してほしい」と伝えて回った。加盟店オーナーは「沼田会長(当時)がそこまで言うなら仕方がない」と渋々了承してくれた。

現在、業務スーパーが扱っている輸入品のなかで約5割が中国からのものだという。2007、08年あたりは約8割が中国産だったが、それ以降は中国以外の欧米諸国、東南アジア地域からの輸入品が増え始めて、約5割まで比率を下げてきた。

ただし中国の食品加工技術は、他の国々よりもレベルが高い。日本の町工場のレベルと比較すると、実際には中国産のほうが技術力で凌駕しているのが現実だ。

日本人の口に合う煮物など和風食材に関する加工技術については、欧州産ではまったく歯が立たない。このため今後も中国産を完全に切り離すことは考えられないと、神戸物産の広報担当者は言う。

中国産の比率自体は下がっているとはいえ、中国でしか作れない商品も多いことから、中国で作るメリットは依然としてあるわけだ。

一例を挙げると、2019年に商品化した万能調味料「姜葱醬(ジャンツォンジャン)」は中国の委託工場で生産するものだが、たちまちそれが人気商品となり、いまやシリーズ化して7種類もある。あの中国産冷凍ギョウザによる薬物中毒事件により中国産の商品から消費者が離れたかというと、そんなことはなかった。むしろ中国産であっても、業務スーパーらしい魅力ある商品は支持を得て、売れ筋にもなっている。

FC加盟店オーナーの挑戦と蹉跌

開業以来FCを運営する、いわゆるフランチャイザーである神戸物産とフランチャイジーとなる各加盟店オーナー側とは良好な関係が続いていた。基本的に売上、利益がずっと伸び続けていたからである。

だが、中国産冷凍ギョウザによる薬物中毒事件に振り回され、初めて躓いた。「神戸物産は本当に大丈夫なのか?」と疑念を抱く加盟店が出てきても不思議ではなかった。

食品スーパーはもともと利益率があまり"高くない"業態である。わざわざ業務スーパーのFCに加盟してまでやる理由は、神戸物産からでしか仕入れられない商品があるからにほかならない。

加盟店オーナーのなかには、神戸物産が事件を起こした中国の天洋食品と取引があったことと冷凍ギョーザ事件を一括りにして、神戸物産の商品を訝しんだ人も出てきた。

それはもともと食品スーパーを営んでいて、業務スーパーに加盟してきたオーナーだった。彼は自分で品揃えをして、業務スーパーのローコスト・オペレーション、たとえば段ボールのまま商品陳列をするとか、極力賞味期限の長い商品を扱うとか、運営方法を取り入れればうまくいくと考えたらしい。

これも一つのチャレンジだったが、結局、うまくいかなかった。

なぜ蹉跌したのか? 彼我の商品力に圧倒的な差異があったからである。確かにダンボール陳列などで販管費を抑え、利益率を上げるための業務スーパーのビジネスモデルを倣ってはみたが、それは一部だけで、肝心のところを捉えてはいなかった。

業務スーパーが支持されている、顧客が満足している最大の理由は、繰り返しになるが、業務スーパーにしかない商品を揃えているからにほかならない。件のオーナーは、良い商品が安く売られている背景を過小評価したのである。

ビジネスモデルのみを真似ても、業務スーパーが揃える商品を扱えるわけではないからだ。そのことを悟ったオーナーは自前での展開を断念した。

到来したM&Aの季節

かくして冷凍食品は業務スーパーの代名詞となった。沼田に言わせれば、中国産冷凍ギョウザによる薬物中毒事件はある意味、チャンスであった。問題が起きたときにそれをチャンスに変えていく。さらにその先を見据えて行動していく。それがいまにつながっている。

ピンチを乗り切った神戸物産を待っていたのは、M&Aの季節であった。

自社に足りない部分があればM&Aでカバーすべし。ハイペースで社業を伸ばすためには積極的なM&Aが不可欠であった。本来であればとっくにM&Aを駆使すべきだったが、2004年に沼田ががんを患ったことから、スタートを遅らせていた。

2008年にはリーマン・ショックというもう一つの大事件が起きた。9月15日に米国の大手投資銀行のリーマン・ブラザーズが突如倒産、世界中が震撼した。市場や企業にお金が回らなくなるクレジットクランチ(信用収縮)が急拡大、金融機関が融資を極端に絞ることにより、実体経済に強い下押し圧力が加わった。

日本国内のメーカーはリーマン・ショックのあおりを受けて、技術には定評があるのに業績が低迷したり、破綻寸前まで経営が傾いたところが多かった。買収額が破格の案件もあって、M&Aに取り組むには絶好の時期だった。沼田は果敢に動き始めた。

現在は工場を所有せずに製造業としての活動を行うファブレスメーカーが大流行りだが、業務スーパーはM&Aの連発により手に入れた工場を次々と自社PBの生産拠点に生まれ変わらせていった。買収先に乗り込んできた沼田は会社を明け渡す側の経営者に決まり文句のように宣言した。

「従業員も工場もいまのままでかまわない。あなたもだ。ただし、これまでの取引先全部と縁を切ってください。われわれの条件はこれだけです」

M&Aをかけた食品メーカーの大半はビジネスとしては行き詰まっていたものの、自分たちにはない食品製造ノウハウや技術と貴重な経験をふんだんに持っている。慣れた工場ならば自分が繰り出す無理難題にも対応できるのではないか。そこに期待していた。

牛乳屋で牛乳を作るな!

「他社が真似できないものを作る。オンリーワンだけが生き残る。参考になる良いものがあれば、いったん分解して組み直し、オリジナルなものにする」

これが沼田の流儀だが、国産PB開発においてもそれが遺憾なく発揮されている。

業務スーパーの国産PBのなかでもっとも世間にインパクトを与えたのは何か? 賛同してくれる人も多いと思うが、「牛乳パックデザート」ではないだろうか。

「業務スーパー 牛乳パックデザート」をキーワードにしてSNS投稿を見ると、「牛乳パックデザートを考えた人は天才である。包装にコストがかからない、既存の製造ラインを使える、ボリューム感がある、生活者も馴染がある。凄いわ!」といったコメントが溢れていた。私も同感である。

実は牛乳パックデザートの実質的な発案者はアイデアマンの創業者沼田昭二であった。

「牛乳屋で牛乳だけをつくるなんて考えたらいけない。1リットルの牛乳パックに利益の出るデザートを入れて、200円くらいで売ろう。未開封で2~3カ月はもつやつだ。これなら牛乳を入れて売るよりも儲かるし、お客さんもコストパフォーマンスに惹かれるのは請け合いだ」

なぜこんな無謀なアイデアが湧いたのか。2013年1月に神戸物産の傘下となった豊田乳業(愛知県豊田市)が備える製造ラインを使えば実現可能だと閃いたのだ。おそらく先にふれたSNSのコメントと同じようなことを考えていたに違いない。

だが、言うは易し、行うは難し。神戸物産から助っ人として非常識な注文を叶えるために送り込まれたのは、商品開発の責任者の浅見一夫取締役をトップとする助っ人部隊であった。文字通り悪戦苦闘の日々が続いたが、なんとか製品化に成功した。

牛乳パックデザートはバリエーションを広げた。IR広報に訊くと、売れ行き順は以下のとおり。

【1位】コーヒーゼリー
【2位】とろけるパンナコッタ
【3位】カスタードプリン
【4位】水ようかん
【5位】レアチーズ
(2021年11月時点)

業務スーパーの製品製造に絡むいくつかの特許は神戸物産、神戸物産のグループ会社、あるいは沼田昭二が持っている。申請中のものもある。他社から「それはうちの技術だ」とか言われないためにそうしただけで、特許料はもらっていない。

もっとも例外もある。牛乳パックデザートなど絶対にコピーされたくない製造技術については特許を取らず、門外不出としている。要は特許を取れば、秘密を公開することになるからだ。

そこのところを花房課長が、「事細かな製法までは知らないけれど」と前置きして説明する。

「開発チームの人間によると、最大の難関は"粘度"のバランス、調整だったそうです。牛乳パックに入れるので、充塡のタイミングでは液体ですよね。それを冷やし固めて羊羹だったり、ゼリーだったりにする。しかもそれは1キロのブロックなので、その形が崩れないように出す必要があります。

そうなったときに、形が崩れないようにしようとすると、粘度を上げてドロドロの状態にして牛乳パックに流し込むのがやりやすい。けれども、もともと牛乳を充塡する機械でそれをつくろうとしたので、粘度が硬すぎると充塡する管のなかをうまく通らなくなる。そのバランスを極めるのが難しい。塩梅を整えるのがとてつもなく厄介で、難儀したそうです。

冷却についても、きちんと冷やさないと今度は固まりません。通常はペットボトルのように丸いために横回転で熱伝導冷却ができますが、牛乳パックは熱伝導が難しく、そのため時間がかかってしまうと、比重の重い原料が下のほうに沈んでしまう。すると上部は味が薄いけれど、下部は味が濃いという現象が起こってしまいます。この製造時の粘度と冷却の方法では何度かギブアップしそうになったといいます。試行錯誤を繰り返した結果、成功にこぎつけたそうです」

そのあたりに独自の技術を投入しているわけである。神戸物産がその秘密を公開したくない気持ちが伝わってきた。

牛乳パックデザートを開発する前には豆腐の製造ラインを活用して、「リッチチーズケーキ」を開発している。500グラムの大容量なのに、価格は税込394円。当然ながら、豆腐のパッケージに収まっている。リッチチーズケーキのほうは業務スーパーの冷凍食品コーナーに置かれている。知ってのとおり、牛乳パックデザート各種もリッチチーズケーキも大ヒット商品となった。

現在の沼田博和社長はこれらの大ヒット商品についてこう振り返っている。

「こうした発想自体は、創業者である父から受け継いできているものなのです。『常識にとらわれるな!』といつもきつく言われてきましたから。豆腐をつくる製造ラインで豆腐をつくるのは当たり前でしょう。牛乳をつくる製造ラインで牛乳をつくるのもしかりです。それ以外のモノをつくってもいいじゃないか、というのが父の考えです。常識にとらわれることなく、自分たちの頭で自由な発想で考えていこう。それをずっと教えられてきました」

牛乳パックデザートがプロジェクトとして発進するとき、社内から「1リットルの水羊羹を買う人がいるのか」と反対意見が持ち上がったが、結局「売ってみて駄目だったらやめればいい」という判断で、沼田昭二の責任で動き始めた。

またスピード判断が可能なのは製造・卸・小売(FC)のすべてを自社で行っているからこそできることではないか。

著者 加藤鉱

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