「ロシアは私の死を望んでいる」6年間の沈黙破った「パナマ文書」の匿名提供者、報復を恐れる日々   「プーチンの金庫番」ら91カ国の政治家ら330人の資金隠しを暴露

 各国首脳の不正蓄財などタックスヘイブン(租税回避地)の実態を暴露し、2016年に報道が始まった「パナマ文書」の匿名提供者がこのほど、6年間の沈黙を破ってインタビューに応じた。文書で巨額取引が暴かれたロシアのプーチン大統領の側近が、ウクライナ侵攻を巡って西側の制裁対象となったことを歓迎する一方「(ロシアの報復は)私が生きる上で共にするリスクだ。ロシアは私の死を望んでいる」と、報復を危惧していることも明らかにした。(共同通信=板井和也)

 

タックスヘイブン(租税回避地)に関するパナマ文書

 各国首脳らとタックスヘイブンとの関わりを暴くきっかけを作った匿名の情報提供者は、文書を渡した欧州有力紙、南ドイツ新聞の元記者フレデリク・オーバーマイヤー氏とバスチャン・オーバーマイヤー氏のインタビューに応じた。ドイツ有力誌「シュピーゲル」をはじめ、パナマ文書を合同取材し一斉に報じた国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)参加のメディアなどに内容を共有した。

南ドイツ新聞の元記者、フレデリク・オーバーマイヤー氏(右)とバスチャン・オーバーマイヤー氏=フレデリク・オーバーマイヤー氏提供

 パナマ文書が指摘したのはプーチン氏の「金庫番」とされる友人のチェロ奏者ロルドゥギン氏。今年2月に欧州連合(EU)が、6月に米国が資産凍結の対象とした。 情報提供者は、タックスヘイブンに設立した法人は「プーチン氏の最大の味方」と指摘した上で「ロシア軍に資金提供する回避地法人は、プーチンのミサイルがショッピングセンターを狙うように、ウクライナの罪のない一般市民を殺害している」と批判した。

 ロシアでは、プーチン氏に近い多くの富豪らがタックスヘイブンを使った取引に関与し、資産隠しをしている疑いがある。情報提供者は「(金融取引規制が緩和された海外地域である)オフショア世界の謎を解き明かすためには並外れた努力が必要」と指摘。「問題は(解明しようとする)政治的な意思があるかどうかだ」と述べた。

中米パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」の入ったビル=2016年4月

 パナマ文書は、タックスヘイブンでの法人設立を代行するパナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」の内部資料で、1150万通に及ぶ。提供を受けた南ドイツ新聞がICIJに合同取材を要請し、共同通信を含む76カ国の100を超える報道機関の記者が膨大な資料を分析し取材、各国首脳らの金融取引の実態を暴いた。タックスヘイブンとのつながりが判明した政治家、政府高官は実に91カ国・地域の330人。アイスランドのグンロイグソン首相やパキスタンのシャリフ首相(いずれも当時)は文書を巡り辞任に追い込まれた。文書には回避地法人に関連する日本人約230人、日本企業約20社なども含まれていた。

パナマ文書報道が始まった直後の2016年4月4日、アイスランド・レイキャビクで首相に抗議の声を上げる群衆(ロイター=共同)

 情報提供者は「パナマ文書の結果に驚いている。ICIJが成し遂げたことは前例のないことで、パナマ文書の結果として大きな改革がなされたことを非常に喜ばしく、誇りに思う。同じような規模のジャーナリズムのコラボレーションが後に続いたという事実もまた勝利だ」と文書が公になったことへの手応えを語った。 一方で「残念なことに、それはまだ十分でない。一つの法律事務所のデータを公開することで、人間の本質を変えるだけでなく、世界的な腐敗を完全に解決できるとは思っていない。政治家は行動しなければならない」と訴えた。

 情報提供者は17年にドイツ連邦警察にモサック・フォンセカの資料を提供したことも明らかにし、「最初から政府当局と協力するつもりがあった。パナマ文書が物語る犯罪の起訴が必要であることは明白であるように思えた」と理由を説明。「(ドイツ政府と)公平と思われる取り決めを結ぶことができた」としたが、「残念ながらドイツ政府はほどなくその合意に違反し、私の安全を危険にさらした」と不信感をあらわにした。

 パナマ文書報道に参加し、政治家の不正を追及したマルタの記者や、政界疑惑を調査していたスロバキアの記者が殺害されたことにも触れ、捜査の徹底を当局に求めた。 情報提供者は、南ドイツ新聞にパナマ文書の提供を持ちかけた時のことを「これから何が起こりうるか全く分からなかった。多くのジャーナリストに連絡したが、彼らは関心を持たなかった。ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、ウィキリークスがそこに含まれる」とした。

 報道が始まったのは16年4月3日(日本時間4日)。情報提供者は「
いつもの日曜日と同じようだった。食事をするため何人かの友人と会っていた。(米国の国家安全保障局によるスパイ活動を暴いた米中央情報局元職員の)エドワード・スノーデンがツイッターでこのプロジェクトを取り上げて、関心を盛り上げていることを知り驚いた」と振り返った。

 さらに「ソーシャルメディアで何千という投稿が飛び交うのを見たのを覚えている。今までに私が見たことがないようなものだった。文字通り情報爆発だった」と語った。自身が果たした役割については「最も気にかけている何人かだけには話した」という。 情報提供者は、16年4月にパナマ文書の報道が始まった直後、「犯罪責任追及のための暴露だった」とする声明を発表したが、その後6年間、沈黙を守っていた。

法律事務所「モサック・フォンセカ」の本部が入ったビル=2016年4月、パナマ市

 ファシズムや権威主義が世界的に台頭する中「声を上げたい衝動に駆られたことは、何度かあった。世界は破局に近づきつつあるように思え、(不正告発による)介入の必要性を感じた」としたが、自身や家族の身の安全を考慮する必要があったと述べた。 内部告発をしようとする人へは「センシティブな事柄について真実を語ることは決して簡単ではない。冷静さを保つことがいかに難しいかが過小評価されていると思う。話す相手がジャーナリストであれ、政府当局者であれ、全ては非常にゆっくり進むことを覚悟しなければ」と助言した。

 時間を戻したとして、同じように情報提供するかどうか問われると「迷うことなくする」と答えた。

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