【読書亡羊】朝日新聞記者の本から漂う不吉な予感 蔵前勝久『自民党の魔力』(朝日新書) その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!

「統一教会」は登場せず

タイトルに〈魔力〉とあるだけでなく、副題には〈権力と執念のキメラ〉と何やらおどろおどろしい響きが続く。

今回取り上げる『自民党の魔力 権力と執念のキメラ』(朝日新書)は、現在朝日新聞で論説委員を務める蔵前勝久氏が、政治部時代から取材してきた自民党の「強さ」に迫る内容で、特に地方議員から見た自民党という組織や、国会議員との関係性にページを割く。

安倍元首相銃撃事件を経た後の我々は、このタイトルからどうしても容疑者が動機として挙げた「統一教会」との関係を想起してしまうだろう。「自民党は今や統一教会に牛耳られている」「宗教を利用するつもりが、政治の側が利用されている」との言説も飛び交う中では、「〈魔力〉の秘密は統一教会による宗教票や支援なのではないか」とさえ思う人がいるかもしれない。

だが、事件直後に発売され、あとがきに記された日付が「2022年5月」とある本書には、当然、事件のことはもちろん、統一教会の「と」の字もない。

言うまでもなく、これをもって「自民党の選挙の強さと、統一教会は全く無関係である」という論拠にはできないが、朝日新聞の政治部記者が20年近く取材した成果をまとめたノンフィクションであることは、読者として受け止める必要があるだろう。

「宗教と政治」の関係に触れてはいるが

しかも本書は、宗教と政治についても触れている。それでもなお、統一教会については触れられていない。

〈連立を組む公明党の戦略〉と題する第5章では、公明党と創価学会について言及しており、それによると公明党自身、「政教一致」を指摘されることに対する抵抗感がなくなりつつあるという。

その一方で、一時は公明党が899万票も獲得した比例票が、21年の衆院選では711万票に目減りするという「基礎体力の低下」を指摘されてもいる。報道によれば、さらに先の参院選では、618万票まで減ったというのだ。

むしろ票獲得のために自民党支持層に手を突っ込んだり、創価学会員が町内会長を務めることによって票を誘導しようと試みるなど、実に泥臭い票集めの実態が記されている。宗教団体としてではなく、地域に溶け込むことで支持政党に貢献しようという方針だ。

また、宗教ではないが安倍政権期に盛んに「黒幕」呼ばわりされていた日本会議については、言及はある。しかし井上正人横浜市議が日本会議役員を務めているという説明程度にとどまり、集票とも、党の理念への浸透などとも無関係のくだりに添えられている程度に過ぎない。

しかも井上市議は右派でありながら共産党の推薦で横浜市議会議長に就任し、しんぶん赤旗デビューをしたと紹介されており、むしろイデオロギーだけでは分けられない現実世界での政治のありようが描き出されている。

さらに本書は、地方選に出る候補者の「自民党隠し」や、国会議員と地方議員の「後援会争い」、党員集めの苦悩なども取り上げており、自民党の強さとは裏腹の現実も見えてくる。「なればこそ、宗教票に頼りたくなるのでは」と思うが、一方で、宗教組織も票数、マンパワーともに低下しているのが現状だ。

事件後の今は世間の目が統一教会に集まっているから、その影響力を強大に見積もってしまう。もちろん、関係性や集票への影響は議員ごとに濃淡があるだろう。だが、事件前の目で見ている本書の記述で「『自民党の魔力』を解説するにあたって統一教会が取り立てて触れなければならない存在ではなかった」ことは、一つの判断材料にはなろう。

「稲田朋美落選運動」とは何だったのか

第四章には月刊『Hanada』も登場する。稲田朋美議員に関する記述だ。

稲田議員は憲法改正派であり、歴史認識問題でも一歩も引かなかった「保守派」だが、近年のLGBT理解増進法や、結婚前の名字を公的に使うための婚氏続称制度の提案、ひとり親支援などの取組みが「左派的」とみなされ、保守派からの批判にさらされた。

本書では、批判どころか大々的な落選運動までが展開されたことが紹介される。その落選運動には月刊『Hanada』掲載の稲田批判記事が使われ、落選運動の主体については「保守派」とだけ説明されている。

LGBT理解増進法は自民党内の一部保守派の強硬な反対によって却下されたが、教義として家庭を重んじ、反LGBTを掲げる統一教会が自民党を牛耳っているとすれば、こうした法案が党内で検討されるはずもない。

しかも稲田議員はむしろ統一教会の関連団体が主催するイベントに出席したことのある立場であり、そうした人物であっても自分のやるべき仕事と見定めてLGBT理解増進法を推進した。同法反対派には統一教会の影響があった可能性はあるが、この件をみても「統一教会が自民党を牛耳っている」という物言いがおかしいことが分かるだろう。

自民党の吸引力は持続するか

本書では自民党を、安倍政権期に少し変化があったものの、基本的には「人間関係中心の非イデオロギー政党」と位置付けている。

本書では指摘はないが、その「人間関係」の中に、地元の自治会や宗教団体とのつながりが内包されてはいるだろう。もちろん、そうした中には、法や社会常識に反する活動を組織として行っている団体もあるかもしれない、という警戒は必要だ。

しかし宗教団体の影響力や集票力は、いまや限定的とみるほかない。

それどころか、今回の参院選では、岡山選挙区で公明党の推薦を断った小野田紀美議員が当選している。今後はむしろ「特定の宗教団体票に頼らない」という宣言が、一般の票を集める触れ込みにもなることを示している。

特定の色や背景を持たない人たちの政治参加は本来、喜ぶべきことのはずだが、そうも言い切れない兆候も見えてきている。一般票の支持の行く先が、暴露系youtuberや、反科学的論調を掲げる政党では先行きが不安だ。若者は町内会にも入らず、人間関係そのものが希薄になるこれからの日本の政治の風景を思わずにはいられない。

「決して自民党支持者ではなかったけれど、権力へのあくなき執念を抱く自民党が、清も濁も飲み込み地元を巻き込む魔力のような吸引力を持続していた頃はまだましだった」……ということにならなければいいのだが、と不吉な読後感を残す一冊としても読めてしまうのだった。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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