岩渕真奈が大変身! 「競技のために捨てるのはもったいない」トップ美容師が明かす“アスリートにしかない美しさ”

「アスリートは見た目なんて気にしてないで競技に集中しろ」という価値観は、もはや過去のもの――なのだろうか? 競技力のみならず、憧れのアイコンとして新たなアスリートの価値が生まれ始めた中、いまだに世間や指導者の目を気にして競技“以外”の自らの自己表現や魅力に蓋をしてしまっているアスリートも少なくない。今回、アスリート変身企画として、イングランド女子スーパーリーグ、アーセナル・ウィメンFCの岩渕真奈が大変身。ヘアメイクを担当し、さまざまなアスリートのヘアも手がけるヘアサロン「NORA」代表の広江一也氏は「女性アスリートの地位向上においても新たな市場価値になってくるのではないか」と語る。美容師の視点で思う、アスリートならではの美しさについて伺った。

(インタビュー・構成=阿保幸菜[REAL SPORTS編集部]、広江一也さん写真=夏井瞬、岩渕真奈写真=SUMESHI)

アスリートが「見た目」を気にすることは、むしろ自然なこと

――最近では自己表現方法の一つとして自由におしゃれや美容を楽しむアスリートも増えてきたのではないかなと感じています。一方で、いまだに「見た目を気にするよりも、競技に集中しろ」というような声が上がったり、「美人すぎるアスリート」とか、競技よりも見た目のことばかりにフォーカスされてしまうようなことがあります。広江さんは、27年にわたり美容業界のトップランナーとして活躍されていますが、こうしたアスリート特有の見られ方に対してどのように感じますか?

広江:そういった意見って本当によく目にしますが、それって僕らの時代ぐらいの昭和の先生みたいなイメージだなと思っていて。一方で、海外の選手たちは競技もおしゃれも楽しんで、それを自分のパーソナリティとしています。時代も変化してきた中で、自由におしゃれも楽しみながら競技に打ち込んでいるほうが自然だし、その人らしい素の姿なんじゃないかなと。また、見られ方を気にしている人のほうが余裕も感じます。

――たしかに、アスリートに限らず、経営者であったりいわゆる“できる人”というのも、見た目に気を使っていたり自信や余裕がにじみ出ていて魅力的に見えますよね。

広江:そうですね。スーツや髪型もちゃんとしてるし、最近ではメンズメイクやネイルを取り入れている男性経営者の方もいます。仕事だけに特化している人ってビジネス界では少なくなってきた気がします。アスリートも、一流のアスリートほど髪型やファッションにも気を使っているし、肌のケアもしています。一流だからこそ注目される立場としての意識の高さというのが、今の時代のプロフェッショナルなのではないかなと思います。

――美容師の立場から見て、日本のアスリートに対して感じることはありますか?

広江:髪型にしても機能性に特化しすぎているように感じます。例えば、髪が目に入るからとか暑いからといった理由で、女性アスリートでもスポーツ刈りみたいにする人もいます。工夫次第で解決できるのに、なんでそうなってしまうんだろう、もったいないなというのは、前から思っていたんです。

アスリートである前に一人の女性

――競技を続けてきた人の中には、それまでの環境の影響で自己表現の方法がわからなかったり、選択肢がなかったという人も多いと思います。先日、広江さんがヘアメイクを担当された女子サッカー選手の岩渕真奈選手の変身企画では、岩渕選手らしい魅力が最大限に引き出されていてとっても素敵でした!

広江:めちゃくちゃきれいでしたよ。競技に打ち込んでいるアスリートならではのナチュラルなきれいさが際立っていました。

――今回の撮影企画のように一度トライしてみることで、やる・やらないは別として「こういう自己表現もあるんだ」とか、やってみたいと思うことをやれるという当たり前の選択肢が増えるだけでも豊かになりますよね。

広江:岩渕選手と実際に話してみると、めちゃくちゃ女子なんですよ。アパレルブランドに衣装協力をしていただいて、10着以上ある中から「これとかいいじゃないですか?」とノースリーブの服を提案したら、「いや、腕が……」って、すごく気にするんです。だから、「あ、乙女なんだな」って。アスリートだからといって女を捨てているとかそんなことは全然なくて、アスリートである前に一人の女性なんですよね。

――「ファッションや美容=かわいくなりたい」と思われるのが嫌で避けている人もいると思うんですが、自己表現やセルフブランディングの一つのツールとしてのメリットを知ってもらえるといいですよね。

広江:日本だけなんですよ、「かわいい」が美の価値観なのって。それこそアメリカやヨーロッパでは、「かわいい」よりも「かっこいい」。

――海外のチームでプレーするアスリートは、個性的な髪型や、シーンに応じてドレッシーなファッションなどを楽しむようになる方も多いような気がします。

広江:もっと日本の活躍しているアスリートたちがそういうのにチャレンジしていくのもありだと思います。スポーツ×ファッション×美容というのが合わさると、女性アスリートの地位向上においても新たな市場価値になってくるのではないかなと。

――美しさもかっこよさも、その人らしい魅力をさらに向上させてくれる可能性がありますよね。今年6月に行われたWEリーグアウォーズでも、岡島(喜久子)チェアをはじめ、選手たちが思い思いのスタイルで授賞式に参加されていて、とても素敵でした。

広江:アスリートは注目される立場でもあるので、やはり自分らしい魅力を表現することによって、さらに自信もつくと思うんです。実は僕、以前日本サッカー協会にメールを送ったことがあるんですよ。「日本女子代表選手たちを僕にヘアメイクさせてほしい」と。そうしたら、「こんな依頼が来たのは初めてです」とメールで返信が来て。

――それはいつ頃ですか?

広江:おそらく、2011年のワールドカップで優勝するより前だったと思います。

――当時はまだ女子代表がここまで注目されるとは思っていなかったタイミングだったのでしょうか。

広江:そうですね。その時は、そんな依頼が来るとは思っていなかったということと、選手の拠点が普段バラバラなので日本代表の試合で東京に集まった時にインタビューの機会などがあったらお願いしますというようなことを言われました。

――なぜ女子サッカーだったんですか?

広江:男子サッカー選手は(FIFA)日韓ワールドカップぐらいからどんどんアイコン的存在の選手が現れる一方で、女子サッカー選手たちを見ていて彼女たちももっと魅力を引き出せるんじゃないかって。そう思って連絡しました。それから女子サッカー以外にも、いろんなアスリートの事務所にメールを送りました。

――すごい着眼点ですね。何のためにそういった行動を起こしたんですか?

広江:女性アスリートって、僕が思う美の最高潮にいる人たちだって気づいたんです。あの人たちがさらに輝いたら、本当に憧れの存在になるんじゃないかなと。それぞれの競技を追究していく中で、研ぎ澄まされていった健康美や表情だったり、ナチュラルに焼けた肌も。すべて隠すことなく築き上げられたものであって、そこがかっこいいし美しさを感じるなと。足りないのはその魅力をさらに引き出すための“ビューティー”だけだと思ったんです。サッカーだけでなく、ゴルフやレスリングなどさまざまなアスリートのマネジメント会社に連絡しました。

結果を出している人こそ自分をよりよく見せようという意識が高い

――これまで、学生からプロまでさまざまなアスリートを担当してきた中で一番変わったなと思うのは?

広江:あるプロ野球選手の方なんですが、イケメンなのに髪型がいまいちだったんです。野球選手の方たちって、みんな「どうせ帽子をかぶるから何でもいい」って言うんですよ。そこでクリスティアーノ・ロナウドみたいな髪型にしたんですが、髪型を意識するようになってから、カラーリングしたり、スーツもオーダーで作るようになったりと、すごく変わっていきました。

他にも元プロサッカー選手の方たちが引退前から通ってくれていたり、東京五輪で活躍されていた女性アスリートも来てくれていますが、めちゃくちゃ意識高いですよ。彼女たちはネイルもちゃんとしていますし。データをきちんと取っているわけではないですが、やっぱり結果を出している人こそ向上心が高く、自分をよりよく見せようと意識している人が多いですね。

――引退された方々は、現役時代と引退後でどんなふうに変わりましたか?

広江:おしゃれの幅が広がったような気がします。人気元女性アスリートの方は「邪魔になるから短くしてほしい」と言っていたのが、パーマをかけたりハイライトカラーを入れるようになったり。やっぱり現役時代は、「指導者から言われる」とか、結果が出ない時に髪型やファッションをおしゃれにしていると「そんなことやってるからだ」と、世間からたたかれるとも言っていましたね。

――やはり、指導者や世間によるバイアスというのが大きく影響している可能性もありますよね。

広江:あるかもしれないですね。女子学生アスリートたちも、「前髪をできるだけ短くしてほしい」とか「刈り上げてほしい」、「ツーブロックにしてほしい」と言う子が多いです。競技問わず、やっぱり「色気づいてるんじゃないか?」とか「もっと競技に集中しろ」というようなことを、いまだに上に立つ人たちから言われているんだろうと思います。

――そういうお客さまに対して、美容師としてどのようにアドバイスするんですか?

広江:初めは希望通りにしますけど、やっぱり2、3回来てくれるようになって会話を重ねる中で、例えば「本当は伸ばしたい」と言っていたら、「伸ばしたほうがいいよ」と伝えます。「だけど邪魔になる」と言われたら、「顔周りを編み込めばいいじゃん」とか、「中だけ短く刈って、上の髪を伸ばすと2WAYスタイルで楽しめるよ」とか「パーマをかけてみたら」とか、そういうアドバイスはします。髪を伸ばして競技中は一つにまとめるという場合にも、「ひっつめてしばるんじゃなくて、パーマをかけて手ぐしでふんわり結んだほうが今っぽいよ」とか、「少し後れ毛を出すといいよ」と伝えたりします。

やっぱりみんな本音は「めちゃくちゃおしゃれしたい」と。周りの友だちはみんなおしゃれしたり髪を染めたり、ピアスを開けたりしているのに、自分は競技に打ち込んでるからそういうことをやっちゃいけないという思いがあるのだと思います。

「あれだけみんなが同じ髪型に憧れたのって、キムタク以来では…」

――競技だけでなくアイコンやロールモデルとして憧れられるのは、女性アスリートより男性アスリートのほうが多い気もします。

広江:アスリートがファッションアイコンになったのは、やっぱり(デイビッド・)ベッカムからだと思うんです。日韓ワールドカップの時は、本当にみんなベッカムヘアの切り抜き写真を持ってきました。あれだけみんなが同じ髪型に憧れたのって、キムタク(木村拓哉)以来じゃないですか。今だと、クリスティアーノ・ロナウドが人気ですね。

――周りの目や「アスリートはこうあるべき」というバイアスにとらわれず、自由に自分らしいスタイルを貫いている人はやっぱり憧れますよね。

広江:僕らの同世代では、ヴェルディ川崎(現 東京ヴェルディ)などでプレーしていた石塚啓次さんが、京都の山城高校の時に全国高校サッカー選手権大会の国見高校との決勝戦で、金髪で登場したんですよ。「アスリートであんな人いるんだ!」と、衝撃でした。かっこいいなと思って。他には中田英寿さんもそうですし、柔道の秋山成勲さんが銀髪で出てきたのも衝撃でしたね。

女性アスリートでも、そういった存在が現れてくると変わってくるのではないでしょうか。例えば、大坂なおみ選手はポップなファッションを楽しんでいたり、『VOGUE JAPAN』の表紙や、世界的なファッションの祭典『メットガラ』でモードなファッションでキメていました。ああいうのすごくいいなと思うんです。

――もちろん競技力が第一だという前提で、外見を意識することでアスリートにとってどんなメリットがあると思いますか?

広江:まずは、その人のブランディングになるので注目度は格段に上がると思います。ただ、ビジュアルだけが注目されてしまうとアイドルのような存在になって長くは人気が続かない。ファッションとしてのこだわりがかっこよかったり、もちろん競技力も伴えば、よりアスリートの存在価値も高まると思うんです。

競技のために捨てるのは、もったいない

――アスリートの方たちが競技人生を通して築き上げてきた魅力を表現する一つのセルフブランディングの方法として、ファッションや美容がもっと自由に取り入れられるといいですよね。

広江:むちゃくちゃいいと思います。今の時代に憧れられる存在って、同性も憧れる健康美というか、自ら作り上げていったヘルシーな雰囲気の人だと思うんです。女性アスリートってまさにそういう存在。競技をまっとうしていく中で作られていった体もフォルムも顔つきも、本来の生物としての究極の美なんじゃないかなと。ファッションモデルの場合は洋服を際立たせるためのシルエットが求められますが、人は本来、腕が太かろうが足が太かろうが、色が黒かろうが、やっぱり機能美を追求した美しさというのが一番魅力的なんじゃないかなと思います。

――広江さんが美容師として大事にしていることは何ですか?

広江:その人らしさ。性別は関係なく、その人が本来持っているナチュラルな美しさをどうやって表現するのかが一番大事なような気がします。無理やり頑張っている美っていうのは続かないんですよね。だからさっき話したように、競技のために髪を短くするのも、競技のためにやってるだけで、その人にとってナチュラルなものではないんですよ。本当はこうしたほうがその人らしい魅力が表れるのになと思うことがあっても、競技のためにそこを捨ててるのがもったいないなと思っています。競技に支障のない範囲でおしゃれを楽しんでいいんじゃないかなと思いますけどね。

競技のためであっても、自分のためのこだわりを持ったスタイルを貫いている人は素敵だと思います。例えばサッカーの中村俊輔選手は、パスコースを読まれないために前髪を伸ばしているというのを聞いたことがあります。究極だなと思いました。あそこまでいったら素敵ですよ。

――すごい。知りませんでした……! 広江さんが今一番、変身させてみたいと思うアスリートは?

広江:スケートボード選手やクライミング選手の女の子たちですね。ストリート競技はファッションもカジュアルなストリート系ファッションになってくるので、時々バシッとモードなスタイルやドレッシーなファッションでキメたらものすごくかっこいいと思うんです。あと、僕はずっと空手をやっていたので、空手の型の選手とか。目力を演出するためのアイメイクも、韓国のアイドルみたいなかっこいいアーモンドアイにしたら今っぽい雰囲気になると思います。

――最近では、汗をかいても落ちにくいメイクや、邪魔になりにくくてもおしゃれを楽しめる髪型もあるので、もっと日本のアスリートたちが競技力に加えて魅力をうまく表現して見せることで、子どもたちにとっても「あんなふうになりたいな」という憧れの存在にもなりますよね。

江:自分らしさを犠牲にしなきゃならないなら、スポーツをやろうと思わなくなっていってしまうと思うんです。人生、競技生活後のほうが長いじゃないですか。そうなった時に周りと自分のギャップを感じてしまったり、恋愛して結婚もしたいと思った時に一人の女性としての自信を持てなくなってしまうとなると、競技をやめる人も増えると思います。そうなってしまうと、もったいないですよね。

<了>

PROFILE
広江一也(ひろえ・かずや)
1974年生まれ、奈良県出身。ヘアサロン「NORA」代表取締役。高校卒業後、大手建設会社を経て美容学校ヘ。東京のトップサロンで約10年間勤務した後に独立し、2007年に東京・青山に「NORA」を開業。2013年には表参道に姉妹店をオープン、2017年にはフィリピン支店をオープンさせるなど、国内外に9店舗を展開。7つの選定基準によってベストオブカリスマ美容師を選定する「カミカリスマ」では2年連続5部門で星を獲得。ヘアサロン経営のほか、経済産業省「COOL JAPAN」事業の香港イベント参画など、業界の枠を超えた取り組みを積極的に行い幅広く活躍している。

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