片手にドローン、片手にタブレット端末 変わる鉄道の現業セクション 鉄道保守の仕事を選ぶという就活の選択肢【コラム】

地下を走る東京メトロが地上に顔を出す丸ノ内線御茶ノ水駅付近(写真:Ryuji / PIXTA)

今回は「鉄道で働く」のテーマで考えましょう。本サイトをご覧の学生さんや若い皆さんには、「将来は鉄道で働きたい」と考える方もいらっしゃるでしょう。鉄道会社には表に出る運転や駅関係だけでなく、計画、総務、財務から保線、車両整備、電気、さらには関連事業(駅ビル、ホテルなど)まで多種多様な仕事があります。

鉄道の現場での新しい仕事のやり方を紹介する機会を探していたところ、最適なセミナーがあることを知って聴講しました。鉄道の保守といえば、「真夜中の重労働」の印象をお持ちの方も多いと思います。しかし最近は、トンネル点検はドローン、検査結果は現場で直接タブレット端末に入力と、業務改革が進みます。ここではセミナーをもとに、鉄道現場の最新事情をご報告。本稿をご覧いただき鉄道の仕事に興味を持つ方が現れれば、これほどうれしいことはありません。

「土木構造物の統合的な維持管理体制」

鉄道業界、特に関連会社などの取材時、しばしば耳にする「現業社員・職員募集では、思うように採用できない」のフレーズ。それが本コラム執筆のきっかけです。

聴講したのは、2022年7月20~22日に東京都江東区の東京ビッグサイトで開かれた「メンテナンス・レジリエンスTOKYO 2022」。何やら難し気なネーミングですが、ロボットやドローンなど新しい技術で、メンテナンスを近代化するための展示・商談会です(主催は日本能率協会)。

鉄道業界からは、東京メトロ工務部土木課の大藤正和課長補佐が「東京メトロにおける土木構造物の統合的な維持管理体制について」のタイトルで、メトロの取り組みを報告しました。

講演を終えた大藤土木課課長代理。東京メトロは計画→検査→補修の好循環サイクル確立を目指します(筆者撮影)

東京メトロは何割が地下トンネル?

東京メトロは、銀座線から副都心線まで9路線・195キロのネットワーク。JRや私鉄の相互直通運転区間を含めると、532キロに広がります。

自社路線の構造物ごとの路線長は、トンネルが166.8キロ(85%)、高架橋の17.4キロ(9%)、橋りょうの5.1キロ(3%)、その他の6.7キロ(3%)が続きます。全体の9割近くが地下トンネル。高架橋の多くは、東西線の千葉県内区間です。

開業後半世紀超の銀座、丸ノ内、日比谷、東西、千代田線

東京メトロでは、平成になって南北線や半蔵門線、副都心線が開業しましたが(延伸開業を含む)、多くの路線は昭和生まれ。銀座線や丸ノ内線のほか、東西、日比谷、千代田の各線も開業後半世紀を経過。効率的なメンテナンスが求められます。

そこで、東京メトロは①構造物検査のシステム化、②スマート点検、③ベテラン作業員の行動バターンを解析するマルチモーダル分析――の3方向から、構造物の維持管理を刷新することにしました。

紙の記録簿に代わるタブレット端末

現場ではタブレット端末をチェック=イメージ=。東京メトロはAR(拡張現実)を活用したアプリを開発し、社員教育に活用します(資料:東京メトロ)

構造物検査の現場で威力を発揮するのが、タブレット端末。従来は記録簿(ペーパー)で要チェック個所を確認。現地では、記録簿にペンでメモ。事務所に帰った後、結果をサーバーに手作業入力する手間が必要でした。

その点、タブレットは現場での入力後、即座に結果を共有できます。現場作業ではスマートフォンも活用。タブレットとスマホには、メトロ版検査アプリが入力済みです。

ドローンでトンネル点検 操縦はマニュアルで

次なるスマート点検、要はドローンを活用した高所点検です。地下鉄のトンネルは5メートル近い高さがあり、日常は目視検査になりますが、一定の限界もある重労働です。

地下鉄トンネルは定期的な全般検査(全検)が必要ですが、こちらも終電後に足場を組んで、始発前に取り外してと、文字通り〝時間との勝負〟です。

東京メトロは確実な点検のため、2019年度からドローンによるトンネル全検を採用しましています。足場を組んで作業員が上る従来型の検査を、ドローンに変える――というのは簡単ですが、そこには地下鉄トンネル内ならではの苦労もあります。

ドローンといえばちょうど1年前、東京オリンピック開会式での「空中ショー」を思い起こす方も多いでしょう。あれだけ見事に編隊飛行できるのはGPS制御するから。でも電波の届かない地下鉄トンネル内は、自動飛行はアウト。マニュアル操縦が必要です。

9日間でドローンパイロット養成

東京メトロが現在、力を入れるのはドローン操縦者の育成。カリキュラムは9日間で、最初の2日間はドローン関係の法規や仕組みを座学で学習、3~8日目は操縦技術を習得し、最後の9日目は実際に地下鉄トンネル内でドローンを飛行させます。

地下鉄トンネル内はさまざまなケーブル類が張り巡らされているので、万一ドローンが傷付けてしまったら一大事。そこで、現場ではドローンをカーボンファイバー製のかごに入れて飛ばします。

ドローンを活用した地下鉄トンネルのスマート点検。ドローンは〝かごの鳥状態〟で飛行。東京メトロはスマート点検について、「徒歩による点検で高所にひび割れが疑われる個所を発見した場合、その場でドローンを使って確認します」と説明します(資料:東京メトロ)

ドローン点検の効果では、業務効率化のほか、点検精度の向上による安全性アップが挙げられます。東京メトロは、ドローンの機体も改良。トンネル内で機能するセンサーを取り付け飛行を安定させるほか、機体形状を工夫してカメラへの映り込みを回避します。

BIツールやマルチモーダル分析も威力発揮

タブレットとドローンに続くのが、BIツールとマルチモーダル分析。BIはビジネス・インテリジェンスの頭文字で、簡単にいえばAI(人工知能)によるータ分析。検査では無数のデータが集まりますが、必要なデータと不必要なデータを選別して構造物の健全度を判定します。

交通でマルチモーダルといえば、鉄道とバス、タクシーなど複数の移動手段の組み合わせを意味します。しかし、施設検査のマルチモーダルは「形態」の意味。ベテラン作業員の現場での行動パターンを解析して、新人研修に生かします。

かつて鉄道の現場では、「先輩の背中を見て技を盗む」と言われたものですが、それを科学的に解析したのがマルチモーダル分析といったところでしょうか。

「鉄道が好き」だけでは就職できない

さて、セミナーの内容から「鉄道で働く」に発想を飛ばします。新幹線から観光列車まで、空前といわれる鉄道ブームもあり、本サイトをご覧の就活中、これから就活の学生さんには「鉄道で働きたい」と考える方もいらっしゃるでしょう。

確かに鉄道会社は魅力的な就職先ですが、JRや私鉄はかなりの難関で、「鉄道が好き」だけでは、なかなか採用してもらえません。

そんな時、発想転換してグループ会社や協力会社、施工会社から好きな鉄道に関わる選択肢も検討する価値がありそうです。

今のところ、鉄道会社が採用に苦労したとはあまり聞きませんが、協力会社や施工会社では「募集してもなかなか人が集まらず、採用に苦労する」の話が聞かれます。

「鉄道オープン・カレッジ」と「鉄道就活応援隊」

2021年11月に幕張メッセ、2022年5月にインテックス大阪で開かれた鉄道技術展。会場にはリクルートコーナーが開設されました(筆者撮影)

今回は東京メトロの業務改革を取り上げましたが、「働きやすい職場づくり」、「夢を実現できる職場づくり」の取り組みは鉄道各社で進みます。

最後にワンポイント、鉄道業界への就活に特化した新聞社系サイト2つをご紹介します。一つは鉄道技術展を主催する産経新聞社が2022年4月に開設した「鉄道オープン・カンパニー on the web」。採用活動中の企業名や仕事の中身を多角的に案内します。

もう一つは「JR時刻表」や「旅の手帖」を発行する交通新聞社が、新規事業として2022年2月に開設した「鉄道就活応援隊」。施設、車両、電気といった分野別に鉄道の仕事を紹介。業界の新着情報や就職に関する話題を発信します。近く先輩からのメッセージも掲載されるようです。

鉄道が今後も機能を発揮するため、避けて通れない課題が人材確保。鉄道好きの皆さん、業界の一員になって、自らの手で鉄道を育ててみませんか。

記事:上里夏生

※2022年8月1日(月)15時……掲載記事1枚目のキャプションを修正いたしました。(鉄道チャンネル編集部)

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