マンガ大賞受賞「チ。」作者の魚豊さん「情報が意味付けられると、世界の豊かさに触れる気がする」 作品に込めた思い、考えを聞く

©魚豊/小学館
©魚豊/小学館

 “地動説”の証明、「真理の探究」にかけた人たちを描いた「チ。-地球の運動について-」は、「知をテーマにした最高のエンターテインメント漫画」などと高く評価されました。「自分を追い詰めず、楽しみ続けようと思っています」という作者の魚豊さんに、作品に込めた思いや考えを聞きました。

⇒アニメ化決定の漫画「チ。-地球の運動について-」作者の魚豊さんに聞く 探究心の原動、子ども時代は

 -単行本第6集に「その為に文字を学べ。本を読め」「『物知りになる為』じゃないぞ。『考える為』だ」「一見無関係な情報と情報の間に、関わりを見つけ出せ。ただの情報を使える知識に変えるんだ」「その過程に、知性が宿る」というセリフがありますが、学ぶということの本質を突いているようです。 魚豊 僕はただの素人なので、何か言えることなど特にないのですが、個人的な経験から言うと、僕が学生時代などの勉強がつまらなかった理由として、ただの記号、情報としてしか単語を見ていなかったというのがあると思います。

 しかし、その情報がある文脈や体系に代入され、文字通り意味付けられると、記号が知識に色付くような気がします。その瞬間、世界の豊かさの一端に触れるような気がして、とても実りを感じます。

⇒「チ。-地球の運動について-」の一場面を見る

 -そうした「実り」の喜びに触れると歴史の勉強も楽しくなるということでしょうか。 魚豊 歴史というのは一義的なものではなく、情報の歴史と感情の歴史という分け方ができると思います。僕は思想や哲学というのは後者だと思います。それは普遍性があるから現代の僕らでもアクセスしやすい。それから翻ってその思想が生まれた背景として情報としての歴史を知りたくなる。そういった個人的経験も反映されていると思います。

 -「たぶん感動は、寿命の長さより大切なものと思う」「僕の命にかえてでも、この感動を生き残らす」など印象的なセリフは多く、セリフに感動したというレビューも多いです。 魚豊 ありがとうございます。恐縮です。

 -作品は「知性と暴力」をテーマにしたとお伺いしました。

 魚豊 先に述べましたが、探究心は何よりも尊いものであると信じてますが、同時に危ういものでもあるという側面に迫っていけたらと思い作劇しました。

 本作は「知性」と「暴力」という一見、二項対立的に見えるテーマを扱っていますが、物語が進むにつれ、その二つは非常に近い物であるという見立てが紹介されます。しかし、いくら近くても、やっぱり同じではない。

 知性と暴力を隔てる、僅(わず)かながら確かな差異、というのがこの物語の最後のせりふで明示されるという作りにしたつもりです。

 -史上最年少で手塚治虫文化賞のマンガ大賞を満票で受賞されるなど、一つの大きな頂点に到達された魚豊さんですが、自分の進む道を決め究めていくために、必要な能力や技能は何だとお考えでしょうか。 魚豊 いや…恐れ多くて何も分かりません…。

 ただプロ意識がないと言われようが、追い詰めず、楽しみ続けようと思っています。

 それだけは常に持っていようと思います。

 それが僕の思う創作の醍醐味(だいごみ)ですので。

 -最終集が発刊しましたが、書き上げての感想、次回作への思いなどをお聞かせください。 魚豊 この作品がここまで多くの人に読んでいただけたのはとても嬉(うれ)しい驚きです。読み方は読者さんの自由ですので、それぞれ好きなように読んでいただきたいです。

 ただ、分を超えた事を言わせていただけるなら、この作品がキッカケで夜空を見上げる日があったら、作者として、身に余る光栄です。

 次回作は、何かの師弟関係の話を書きたいと思います。興味あれば今後とも読んでいただければ幸いです。

 【魚豊(うおと)】

 東京都出身。2018年マンガアプリにて「ひゃくえむ」で連載デビュー。「チ。」で第26回手塚治虫文化賞マンガ大賞を満場一致で受賞した。24歳(受賞決定時)での受賞は史上最年少。 【「チ。-地球の運動について-」】

 15世紀の欧州を舞台とし、異端思想とされた「地動説」の究明を受け継いでいく者たちの物語。コミックス終巻の第8集が6月に刊行された。累計売り上げ約250万部で、アニメ化が決まっている。

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