「キング・オブ・スキー」ノルディック複合がオリンピックから除外? 1990年代に日本勢黄金期 危機感強める渡部暁斗

北京冬季五輪のノルディックスキー複合男子個人ラージヒルで、銅メダルを獲得した渡部暁斗の前半飛躍(右)と後半距離=2月、張家口(共同)

 第1回冬季五輪から実施され、日本勢がかつて黄金期を築いたノルディックスキー複合。瞬発力が必要なジャンプと持久力も重要なクロスカントリーで争い、まったく異なる2つの運動能力を求められることから、王者は「キング・オブ・スキー」とも呼ばれる。この競技が今、五輪除外の危機に直面している。2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ五輪では男子の存続こそ決まったものの、選手数は大幅に削られ、国際連盟が求めていた女子の採用も見送られた。さらに、国際オリンピック委員会(IOC)は30年五輪での継続実施に向け、競技人口や国際的な普及度の「大きな前進」を求めており、予断を許さない状況だ。なぜ伝統種目が除外を検討される事態に至ったのか。背景と、揺れる関係者の心情に迫った。(共同通信=益吉数正、柄谷雅紀)

 ▽不可避だった枠調整

 今回の事態に大きく影響したのが、出場枠や実施競技・種目に関するIOCの方針だ。五輪憲章では、選手数の上限が原則、夏季五輪は1万500人、冬季五輪は2900人と定められている。昨夏の東京五輪は追加競技を別枠として認めたが、開催経費をできる限り抑えたいIOCは、24年パリ五輪、26年ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪はともに追加競技も含めて枠内に収めることを決めた。IOC関係者も「2900を守るのは大前提」と語る。
 22年北京五輪の出場枠は2892と既にほぼ上限に到達。さらに26年五輪では追加競技として、大会組織委が提案した欧州発祥の山岳スキーの実施も決定しており、枠の調整は不可避だった。

昨季のノルディックスキー複合W杯最終戦を終え、笑顔で記念撮影する渡部暁(後列右から2人目)ら男女の日本チーム=3月13日、ショーナッハ(共同)

 そんな情勢の中、ノルディック複合は22年北京五輪で唯一女子が行われず、IOCが重視するジェンダー平等の観点で課題を抱えていた。ただ、統括団体の国際スキー・スノーボード連盟も手をこまねいていたわけではない。五輪での女子実施を見据え、まずワールドカップ(W杯)下部大会で女子を導入。20~21年シーズンにはW杯や世界選手権の実施種目に女子を組み込むなど、ステップを踏んできていた。
 だが21年世界選手権の複合女子の参加チームは10カ国にとどまり、表彰台もノルウェー勢が独占した。26年五輪の実施種目選定にあたり、IOC関係者は「複合女子を増やすなら、どこかを削らないといけない。(男子も)競技人口が偏り、一部の国にメダルが集中している」と指摘。女子を実施して男女のバランスを取るという名目以上に裾野の狭さが足かせとなり、「五輪離れ」に懸念を強めるIOCは国際的な人気が伸び悩む男子の除外も視野に議論した。
 結果的に26年五輪全体の出場枠は前回から8増の2900となり、山岳スキーに36枠が割り振られた。複合は最悪の事態こそ免れたが、出場枠は北京五輪の55から36に。他の種目が微減にとどまる中、大きく枠を減らした。ノルディックスキー・ジャンプ女子のラージヒルやフリースタイルスキー・デュアルモーグルなど新採用種目は、いずれも選手数に大きく影響しないものだった。

 ▽日本はメダル7個

 

1992年2月、アルベールビル冬季五輪のスキーノルディック複合団体で日本が優勝、日の丸を手にゴールへ向かう荻原健司(共同)

 ノルディック複合は1990年代前半に荻原健司らが世界を席巻するなど、日本ではなじみの深い種目だ。日本が金メダルに輝いた92年アルベールビル五輪の団体では、アンカーの荻原健司が日の丸を振りながらゴールした名場面が生まれた。
 94年リレハンメル五輪では団体2連覇を達成、河野孝典が個人でも銀メダルに輝いた。W杯で94~95年シーズンまで3季連続個人総合優勝と圧倒的な強さを誇った荻原健司を軸に、日本は92年から95年まで五輪と世界選手権の団体で4連勝した。
 その後、距離に比重を置くルール改正もあって低迷した時期もあったが、渡部暁斗(北野建設)が台頭して2014年ソチ、18年平昌両五輪で銀メダルを獲得。W杯でも日本人2人目の個人総合優勝を果たした。2月の北京五輪では個人ラージヒルで渡部暁斗が3位となり、団体でも銅メダルをつかんだばかり。日本はこれまで五輪で計7個のメダルを手にしている。

北京冬季五輪のノルディックスキー複合男子団体で銅メダルを獲得し、喜ぶ(左から)渡部善斗、永井秀昭、渡部暁斗、山本涼太=2月、張家口(共同)

 ▽存続へ強い危機感

 今後の五輪から複合が消えかねない現状を、日本の選手や関係者はどのように受け止めているのか。渡部暁斗は「ショック。なぜかと言うと、競技として面白いから。除外対象にされるのはすごく悔しいし、理解できない」と率直な心境を吐露する。北京五輪団体銅メダルの永井秀昭(岐阜日野自動車)も「本当に人気スポーツなら、こういう(除外の)話は出てこなかった」と口にする。
 

オンラインでインタビューに答えるノルディックスキー複合の渡部暁斗=5月

 2010年バンクーバー五輪では米国やフランスの選手が頂点に立ち、イタリア勢も表彰台に上がった。しかし、過去3大会に限れば、ドイツ、ノルウェー、オーストリア、日本の4カ国が表彰台を独占。近年はW杯の出場人数が減り、5大会連続で五輪を経験している渡部暁も「選手層は薄くなっているし、全体的なレベルは僕の印象では下がっている」と認める。
 欧州では複合のW杯がテレビ放送され、一定の人気を博している。しかし、IOCから求められたのは、国際的な人気拡大だ。第一人者の渡部暁斗も「自分の努力だけではどうにもならない部分が多い。国際連盟の努力や各国の連盟の対応も必要。課題はすごく多い。(個人として)何ができるかは本当に難しい」と苦しい胸の内を明かす。
 五輪除外の流れが既定路線となることへの危機感は強い。94年リレハンメル五輪団体覇者の阿部雅司さんは「もっと面白いことにチャレンジしないと。ルール変更も含めてもっと楽しんでもらえるように変えていかないといけない」と強調。一方で、昨季まで日本のヘッドコーチを務めた河野さんは「IOCは明確な数値目標を提示すべきだと思う」と指摘する。

北京冬季五輪ノルディックスキー複合男子団体で獲得した銅メダルを手にする(右から)永井秀昭、渡部善斗、山本涼太、渡部暁斗=2月、張家口(共同)

 五輪種目から外れると、複合を始める子どもたちが減る可能性がある。多くのマイナースポーツにとって、五輪の持つ意味は大きく、未来に直結する問題だ。渡部暁斗は「本当はそうじゃないと言いたい。でも、どの国も五輪の恩恵を受けているのは間違いない。(五輪の)枠から外れた時に生き残るのは、現実的に厳しいんじゃないか」と冷静に分析しつつ「より何か動かないといけないという気持ちにさせられている。強くなる以外のことをもっとやらないといけない」と熱く語った。

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