限界を押し上げる! PSR J0952-0607が最も重い中性子星と判明

太陽のような恒星は、中心部で発生する核融合反応をエネルギー源として光り輝いています。しかし、核融合反応の源である物質が尽きると、恒星はその寿命を終えます。

寿命の最期に何を残すかは、恒星の質量によって異なります。今回のお話の主役である「中性子星」は、その1つの形態です。

通常の物質は原子でできており、原子は中心部にある原子核と外側を回る電子で構成されています。ところが太陽よりずっと重い恒星 (太陽の8倍以上) の場合、核融合反応が停止した後の中心部は自身の強大な重力で圧縮されます。その力は、原子そのものを押しつぶし、電子を原子核に押し込むほどです。

すると、原子核を構成する陽子に押し込まれた電子が吸収され、中性子に変換されます。こうしてほとんどが中性子で構成された高密度の塊になると、重力で潰れずに安定化します。これを中性子星と呼びます。なお、中心部が圧縮された反動で恒星の外層が吹き飛ぶ様子は、超新星の一種である「II型超新星」として観測されます。

中性子星は、端的に言えば1個の巨大な原子核と言えます。通常の原子核は陽子と中性子が数個から数百個合体した、直径1000兆分の1m程度の極微な存在ですが、中性子星はほとんどが約10の57乗個 (約10阿僧祇(あそうぎ)個) の中性子でできており、直径は十数km程度となります。天体としては小さいものの、その質量は最低でも太陽の1.4倍もあり、平均密度は1立方cmあたり10億トンにもなります。

中性子星は、ブラックホール以外では宇宙で最も高密度な物体とされています。ブラックホールの内部は観測できない以上、中性子星で物質の限界状態を観察できると言えます。その性質は天文学のみならず核物理学の視点からも非常に興味深いものです。例えば、中性子星の中心部は極端な高密度環境になっており、通常の環境では不安定で短時間しか存在できない重い素粒子や複合粒子が安定して存在するとも考えられています。

ところが、中性子星の限界質量ははっきりとしておりません。中性子星ですら重力に耐えきれず潰れてしまう限界であるトルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界は、理論上は太陽質量の2.2倍から2.9倍と、かなり幅があります。ちなみに、白色矮星の限界であるチャンドラセカール限界は太陽質量の約1.38倍と、こちらはかなり精度よく判明しています。

その理由は、あまりにも高密度すぎる中性子星に近い環境を実験的に再現するのが現状の核物理学では困難であり、シミュレーションに不確かな要素が多いためです。そこで、宇宙にある中性子星の質量を測定する事で、この限界を探る試みが続けられています。

スタンフォード大学のRoger W. Romani氏などの研究チームが観測対象としたのは、ろくぶんぎ座にある中性子星「PSR J0952-0607」です。

PSR J0952-0607はミリ秒パルサーとよばれる、極めて自転周期の速い中性子星に属します。その速さは1秒間に717回転であり、これは銀河系の中で1番早く、全ての中性子星の中でも2番目に速い記録です。そしてPSR J0952-0607は、ミリ秒パルサーとしては珍しく伴星を持っています。伴星は木星の20倍という非常に質量の小さな天体です。

さて、恒星が寿命を迎えて生成される中性子星の自転速度は、速くても1秒に1回転程度が限界ですので、このようなミリ秒パルサーは通常生成されません。しかしながらPSR J0952-0607には伴星があり、これがミリ秒パルサーの生成のカギと考えられています。

伴星は、かつては通常の軽い恒星であり、寿命の末期に膨張する赤色巨星になっていたと考えられます。すると、外側のガスが中性子星へと落ち、その運動エネルギーが中性子星の自転を加速させます。降り積もった物質はやがてエネルギーを放出するようになり、伴星の外側を吹き飛ばしてしまいます。このようにして自転が加速された中性子星はミリ秒パルサーとなり、また誕生直後と比べると質量が追加されるため、中性子星の限界の質量に近づけると考えられます。

【▲ 図1: PSR J0952-0607と伴星の想像図。PSR J0952-0607は伴星を少しずつ “食べている” 事から、このような中性子星の連星系はブラックウィドウパルサーと呼ばれています。 (Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center) 】

中性子星の質量が限界に近付く一方で、伴星はミリ秒パルサーから放出されたエネルギーでやがては蒸発してしまいます。ほとんどのミリ秒パルサーに伴星がないのは、伴星が蒸発してしまった後を観ているのであり、PSR J0952-0607はまだ蒸発しきっていない途中を観ている、という点で珍しい状態を観ていると考えられます。

このような中性子星と恒星との連星系は、連星の相方を “食べてしまう” 事から、交尾後にメスがオスを食べてしまう生態で知られるクロゴケグモの英語名に因みブラックウィドウパルサーと呼ばれています。

【▲ 図2: ケックI望遠鏡で撮影されたPSR J0952-0607 (緑丸) 。周りの星と比べても分かる通り非常に暗い天体であり、これまで詳細な観測は困難でした。(Credit: W. M. Keck Observatory, Roger W. Romani, Alex Filippenko)】

この、伴星を持っているという状態は、ミリ秒パルサーの質量を正確に測るのに非常に役立ちます。視線速度 (観測方向に対する天体の動き) と公転周期から、ケプラーの第3法則により計算可能だからです。

ただし、PSR J0952-0607の明るさは23等級と極めて暗く、10mクラスの望遠鏡では視線速度を測るのは困難でした。そこでRomani氏らは、PSR J0952-0607そのものではなく、伴星に注目しました。

伴星は中性子星という強大な重力源の近くにあるため、地球から見た月のように、常に同じ面を中性子星に向けていると考えられます (潮汐ロックの状態) 。そして中性子星からの放射は伴星の片面だけを最高で約6200K (約5900℃) まで加熱していると考えられます。その温度からの放射はG1型の恒星 (太陽はG2型) に対応するため、スペクトル線から視線速度を決定できます。

【▲ 図3: PSR J0592-0607の伴星の視線速度。公転周期と一致する視線速度の変化が観測されました。(Credit: Romani, et.al.)】

Romani氏らはハワイのW.M.ケック天文台にあるケックI望遠鏡を使用し、4年間で計6回、1回あたりの露光時間600秒から900秒でPSR J0952-0607とその伴星を観測しました。その結果、口径10mのケックI望遠鏡でも視線速度を測る事に成功しました。

最も適合するモデルの値は、PSR J0952-0607系の公転周期が6.42時間で、地球から見ると公転軌道が59.8±1.9度傾いていることを示していました。そこからPSR J0952-0607の質量は太陽の2.35±0.17倍であると計算できます。この値は、精度よく測定された中性子星の中では最も重い値です。

既知のブラックウィドウパルサーはPSR J0952-0607を含め12個ありますが、測定可能なほど伴星が明るいのは6個しかなく、中性子星の質量はいずれもPSR J0952-0607より軽かった事から、PSR J0952-0607は最も重い中性子星の記録を当面は保持すると考えられます。

PSR J0952-0607の値を、他の重い中性子星の推定質量と合わせる事で、トルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界の下限は太陽質量の2.19倍以上と計算されました。これは過去の天文記録から太陽質量の0.15倍分だけ値を上げた形になり、理論的な推定値の下限である2.2倍という値にもかなり近くなっています。このようにトルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界の推定値を絞り込む事で、中性子星の物性を推定する物理モデルを洗練し、適合しないモデルを排除できます。

【▲ 図4: いくつかの重い中性子星の質量推定値と、トルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界の下限値。今回PSR J0952-0607が加わったことにより、下限値が太陽質量の2.19倍となりました。(Credit: Romani, et.al.)】

また、太陽質量の2.35倍と言う値は、PSR J0952-0607が誕生直後と比べ、ほぼ太陽1個分だけ質量を増加させた可能性を示しています。これはPSR J0952-0607のような磁場が極端に弱い中性子星の理由を説明するかもしれません。

PSR J0952-0607の磁場は6.1×10の7乗G (ガウス) という強さですが、典型的な中性子星の磁場が1×10の12乗Gである事を考えると、PSR J0952-0607の磁場は1万分の1以下の弱さです。これは磁場の弱い中性子星のトップ10に入るほどです。

極端に磁場の弱い中性子星がある理由は現在でも謎ですが、降り積もった物質による遮蔽や中性子星の表面を加熱する事による抵抗の増大など、様々な説が唱えられています。PSR J0952-0607の研究は、極端に磁場の弱い中性子星の謎の解明にも役立つ可能性があります。

Source

  • Roger W. Romani, et.al. “PSR J0952−0607: The Fastest and Heaviest Known Galactic Neutron Star” (The Astrophysical Journal Letters)
  • Robert Sanders. “Heaviest neutron star to date is a ‘black widow’ eating its mate”. (University of California, Berkeley)
  • Vassiliki Kalogera & Gordon Baym. “The Maximum Mass of a Neutron Star”. (The Astrophysical Journal)
  • Paolo A. Mazzali, et.al. “A Common Explosion Mechanism for Type Ia Supernovae”. (Science)
  • Dipanjan Mukherjee. “Revisiting Field Burial by Accretion onto Neutron Stars”. (Journal of Astrophysics and Astronomy)

文/彩恵りり

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