ウクライナ穀物輸出 露の思惑

植木安弘(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)

「植木安弘のグローバルイシュー考察」

【まとめ】

・世界食糧危機の原因の一つ「ウクライナからの穀物輸出」が6か月ぶりに再開。

・国連貿易開発会議(UNCTAD)がロシアの国連代表部と調整しながら行う。

・西側諸国のロシアへの経済制裁を国連を通じて側面から打破しようというロシア側の意図も。

8月1日、ウクライナのコーン2万6千トンを積んだシエラレオーネ船籍ラゾニ号がウクライナのオデッサ港を出発した。トルコと国連が仲介してウクライナとロシアを入れて「黒海穀物イニシャティブ」が7月22日に合意署名されたが、その合意で設立された「共同調整センター(JCC)」が「安全な人道海路」の詳細を承認した後、各国に対して貨物船の安全な航行を要請した。ラゾニ号は、2日にはトルコの領海に達し、そこで検閲を受けた後、レバノンのトリポリ港に向かう。世界の食糧危機の原因の一つとなっているウクライナからの穀物輸出が6か月ぶりに再開した事になる。

JCCはイスタンブールに所在し、その所長には国際海事機関(IMO)の法務官フレッド・ケニーが暫定任命された。IMOは船舶の安全航行に関する国際ルールを促進する国際機関である。ウクライナの穀物運搬船の検閲をウクライナ、ロシア、トルコの代表と共に行い、特に船舶がウクライナに戻る時には武器などが密輸されないように監視することになる。また、保険会社などの民間企業に対し、船舶の保証を提供する役割も与えられている。毎月500トンの穀物をウクライナから輸出することが目標となっている。

これで世界の食糧危機がすぐに改善される訳ではないが、2200万トンの小麦、コーン、ひまわりの種などの輸出でウクライナにとっては約10億ドルの収入が期待され、ロシアも中長期的に自国の穀物や肥料の輸出に目処が立ってWin-Winが期待される。

グテレス国連事務総長は、「希望の灯り」とその期待感を表しているが、ウクライナでの戦争が長期化する中で、戦火の影響がいつ襲いかかるか分からず、不透明感が残る中での船出となる。

▲写真 グテレス国連事務総長(2022年8月1日 NY国連本部) 出典:Photo by Spencer Platt/Getty Images

「黒海穀物イニシャティブ」は、実は二つの覚書から成っている。一つはウクライナとロシア、トルコ、国連との間で署名されたもので、もう一つはロシアと国連が交わした覚書である。前者は、ウクライナのオデッサ、チェルノモルスク、ユージニーの3つの港が明記されているが、後者は、どこからどのようにロシアの穀物や肥料を輸出するのかは明確になっていないと言われている。

実施には、レベッカ・グリンスパン事務局長が率いる国連貿易開発会議(UNCTAD)がロシアの国連代表部と調整しながら行うことになっており、実施期間は3年間となっている。ロシアからの穀物や肥料の原材料(アンモニアなど)の輸出は西側諸国の経済制裁の対象とはならないとの確約の下に、国連側が売却先の政府当局者や民間セクターと調整して輸出を促進することになっている。

ロシア側は、そのような輸出に障害がある場合は、国連に通報して除去してもらう事になる。そのような障害には、SWIFT(銀行間の金融取引制度)による決済も含まれる可能性もあり、西側諸国のロシアへの経済制裁を国連を通じて側面から打破しようというロシア側の意図も読み取れる。ロシアの輸出が上手くいくかどうかについては国連側がその責任を負うことになるが、米国も容認しているため、比較的早い時期に輸出の手続きなどに関しての詳細が詰められるものと思われる。

▲写真 ロシアのプーチン大統領(2022年7月31日 ロシア・サンクトペテルブルク) 出典:Photo by Contributor/Getty Images

今回の合意だけで世界の食糧危機が回避される訳ではないが、ウクライナ、ロシア、西側諸国、途上国のいずれにとっても何らかのプラスの材料をもたらしている。ウクライナでの戦争が長期化する中での合意であるため、順調に実施されるかどうかは不透明であるが、国連という第三者が中に入ることで、合意の中立性と正当性が受け入れられていると言える。

トップ写真:ウクライナでは小麦の収穫が進む(2022年7月29日 ウクライナ・ミロニフカ) 出典:Photo by Alexey Furman/Getty Images

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