サステナビリティには“歌”があった――デンマークの歌・パレード・市民参加

デンマーク・オールボーの街並み (Image: taranchic)

筆者は駒澤大学に在籍しているが、在外研究の機会を得て4月よりデンマーク北部のオールボー(Aalborg)大学のビジネススクールにも籍を置くこととなった。ここでは、サステナビリティの進む北欧の地での現地報告をしていきたい。
(SB-J コラムニスト・青木 茂樹)

1. 大晩餐会での出来事

こちらに来て文化翻訳家のニールセン北村朋子さんに声をかけられたのが、デンマーク・ロラン島の「Madens Folkemøde(食の国民会議)」であった。コペンハーゲンから電車で南に2時間。牧草地や畑を越えた郊外の農家(領主の屋敷)で開催される全国カンファレンスだ。

そこで驚いたのは、300人ほどが集まった夜の大晩餐会での出来事。ギターを持った方がステージへ上がると会場の全員が大声で唱い出したのである。まるで1970年代の日本のフォーク世代の「友よ〜♫」の世界にタイプスリップ。朋子さんに聞けば、デンマークには国民が皆で口ずさめる唱歌がいくつもあるという。思い出せば、私の住むオールボーの博物館で観た政府やナチスへのProtest(抗議)の歴史の中にも、皆で唱って夜を明かすキャンプや行進の話があった。ここには1970年代の民衆(フォーク)の空気が今なお継承されているのだ。

Madens Folkemødeでの大合唱(2022年6月、筆者撮影)

2. 歌によって継承される民主カルチャー

その象徴として、1971年から続くのが野外のロスキレ・フェスティバルである。ロスキレはコペンハーゲンから西に30kmの大聖堂のある古い街であるが、ここで開催されるフェスは50年もの歴史がある。そもそもは1969年のアメリカのウッドストックに感化された二人の高校生の発案で始まったという。

1968年のフランスの五月革命、アメリカでの反ベトナム戦争や公民権運動、共産圏では「プラハの春」に代表される民主化運動といった、反体制のカウンターカルチャーやヒッピー文化が世界中で広がっていた時だ。そんな時流の中で、1969年に日本の中津川フォークジャンボリー、そしてアメリカのウッドストックが開催された。40万人を集めたというウッドストックはその年限りに終わり、中津川フォークジャンボリーも3年で終わっている。

一方、50年続いているロスキレ・フェスティバルは、冊子を見ると音楽やキャンプのみならず、昔はヒッピー文化をそのままに男女のヌードラン(全裸走り)のイベントもあった。その後、ジェフ・ベック、ボブ・マーリー、U2、エリック・クラプトン、ボブ・ディランらの大物アーティストが次々に参加し、今や約1週間で13万人の観客、3万人のボランティアによって運営されている。日本からも布袋寅泰や東京スカパラダイスオーケストラなどが出演している。

日本でも今や野外フェスが盛んとなったが、その始まりは1997年のフジ・ロック・フェスティバルだとされ、70年代のものが継承されてきたわけではない。

ロスキレ・フェスティバルの歴史を伝えるデンマークの冊子 (2022年7月、筆者撮影)
ロスキレのフェスのキャンプに、荷物持参で集まる若者達 (2022年7月、筆者撮影)

3. サステナビリティと市民活動

サステナビリティの先進都市の歴史は、その多くの発端が実は1970年代の市民活動に行き着く。例えばドイツのフライブルクでは酸性雨と大気汚染、さらに反原発が加わった住民の反対運動があった。カナダのバンクーバーでは高速道路をダウンタウンに引き込むことへの反対運動が起き、歩きやすい街、サイクリング・ロードが縦横無尽に走る街へと変貌した[i]。エネルギー供給の90%以上を輸入原油に頼っていたデンマークは、1973年のオイルショックでのエネルギーの高騰から、エネルギーの自給率の向上を目指し、反原発・自然エネルギーへとシフトし始める[ii]。まさに1970年代の自立的な市民活動が基盤となった政治選択に、サステナビリティの根源があった。それが消えることなく、多くの町では続いてきたのである。

一方、日本のオイルショック後はどうであっただろうか。企業努力により“省エネ”という世界に稀なイノベーションを成し遂げ、政府は重厚長大の高度成長と原発推進へと突き進む。学生運動も国民からの支持を失い、街からはフォークソングも消え、80年代からはノンポリ学生が増加し、市民活動の流れは弱体化し、人々は政治依存、企業依存となっていく。

4. LGBTパレードと政治参加

日本でも様々な抗議活動やパレードが開催されているが、反体制の政治色が強く、先鋭的なあまりに一般の人々からは近寄り難い雰囲気にはなってはいないだろうか。私の住むオールボーでも先日、LGBTQのパレードが行われ、3時間ほど街中を練り歩いたあと、公園に皆が集まってフェスが開かれた。

先鋭的なパレードやフェスというよりは、そこにはライブの音楽で踊る人々と共に、後方では家族連れがピクニックをしており、LGBTQグッズのマーケットやビールを売るバーも開かれていた。警察と参加者も談笑しながら、和やかな雰囲気に包まれていた。

日本でパレードや政治参加というと、近寄りがたいとか恥ずかしいと思われがちかもしれないが、デンマークでは、共感できるならば気軽に参加者やボランティアとして意思表明できる。選挙だけが政治参加ではなく、社会のあり方に物申すことが日常の一コマとなっている。その一つの関心事がサステナビリティであるが、これもアタマで考えるばかりではなく、皆で参加してカラダやココロで感じることが大切なのかもしれない。

LGBTQパレード終了後のフェスの様子 (2022年7月、筆者撮影)

[i]青木茂樹(2020)「サステナブルなまちづくりの象徴としての自転車環境の推進」『駒大経営研究第51巻第3・4号』p.123[ii] Danish Energy Agency(2012) “Energy Policy in Denmark” p6

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