コロナ下で朝鮮学校の排除拡大、国連の是正勧告に従わない日本政府  マスク支給でも格差、「非人道的」批判受けたさいたま市は撤回 在日朝鮮人差別問題・前編

 日本政府は、新型コロナウイルス感染対策で新設した教育・生活支援制度の対象から在日朝鮮人の民族教育機関である朝鮮学校とその生徒らを除外することで、教育支援格差を拡大させている。政府は2010年に開始した高校無償化制度からも朝鮮高校の生徒を排除し、裁判所もこの措置を追認した。拉致問題を理由に挙げたことが国連の場で批判され、その後、国際社会で日本政府がこの主張をやめたことは知られていない。国連の人権機関は朝鮮高校生の除外を「差別」と断定して是正を求めたが、これを拒む政府は、新たな支援策をつくるときに最初から朝鮮学校を対象外にする方策を始めた。国連人権理事会が任命した専門家らは、この手も差別だとして即刻やめよと求めている。朝鮮学校を公的支援から排除する日本政府の理屈は国際社会からすべて退けられている。(共同通信=粟倉義勝)

後編はこちら https://nordot.app/927737332948664320
 「官民一体」の在日朝鮮人バッシング、安倍元首相銃撃でも飛び交ったヘイト 各種学校口実の排除、幼保無償化からコロナ対策支援にも拡大 在日朝鮮人差別問題・後編

文部科学省前で高校無償化からの排除に抗議する東京朝鮮中高級学校の女子生徒ら。右翼団体の街宣車から罵声を浴びせられ、友の手を握った=2020年2月14日、東京・霞が関

 ▽命の選別が行われたら引っかからない存在

 コロナ禍での支援の格差づけは、さいたま市が最初に政策化を図った。2020年3月、子ども関連施設への不織布マスクの配布を埼玉朝鮮初中級学校幼稚部には行わないと決めたのだ。マスクが手に入らなくなっていた時期だ。

 幼稚部の朴洋子(パク・ヤンジャ)園長によると、市の職員は電話で、朝鮮学校が「市の監督下にない」ために「マスクがどのように使われるか分からない」と言った。朴園長や保護者らが市役所を訪れ抗議すると、担当部長は使途を疑ったことを謝罪した。だが市が監督していないから配布はしないという姿勢はかたくななままだった。

 「マスク1箱が欲しくて来たのではない。子どもの命に関わる問題を、なぜ同じように扱わないのか」

 朴園長は詰め寄った。朝鮮学校と同じく指導監督権限が県にある私立幼稚園を市は配布対象としている。朝鮮学校だけをどうして外すのか―。

 

さいたま市役所で、マスクの配布先からの除外に抗議する埼玉朝鮮初中級学校幼稚部の朴洋子園長(右)や母親ら=2020年3月11日

 2時間を越える問答の末、担当部長は、市がマスクの提供先を、前年に始まった政府による幼児教育・保育の無償化措置を受けられる施設に限定していたことを明かした。無償化措置の対象施設の指導監督は市町村が行う仕組みで、朝鮮学校が市の監督下にないという言葉は、幼保無償化制度に朝鮮学校が乗っていないことを指していた。

 「無償化(にするかどうか)のモノサシで排除したというのか」

 園児の父親の詰問に担当部長は沈黙した。清水勇人市長に掛け合おうと父母たちが市役所内の移動を始めた時、この方針を決裁した子ども未来局の金子博志局長(当時、以下同)が記者会見室にいるのが目にとまった。入室を拒まれた父母らが廊下で「説明してください」と声を上げると、10分ほどたって金子氏が廊下に現れ「抗議を受けたので再考する」と表明した。

 この経緯が報じられると市には抗議電話が相次ぎ、清水市長は2日後に朝鮮学校幼稚園にもマスクを配布すると表明した。だが清水氏は、朝鮮学校が「市が指導監督や指導監査を行う対象施設でない各種学校に分類されている」ことが当初の配布先に含めなかった理由だと主張し、備蓄状況を確認し可能だと判断したので朝鮮学校も配布対象に含めると説明した。幼保無償化制度にならって除外したことには触れず、方針は変えていないとして謝罪もしていない。非を認めない姿勢に父親の一人は「うちの子は、命の選別が行われれば引っかからない存在になっている」と話した。

 ▽0・1%の子どもたちを排除する仕組み

 さいたま市が配布基準に援用したと担当部長が挙げた幼保無償化制度は、政府が消費税の10%への増税との引き換えとして2019年10月に導入した。3~5歳の「全ての子供」の通園費用を無償化するとうたいながら、約40カ所の朝鮮学校幼稚部を含む外国人幼保施設は各種学校であることを理由に除外された。文部科学省は、学校教育法で都道府県知事の認可を得ている各種学校を外した理由を「個別の教育に関する基準がなく、多種多様な教育を行っていて法律で教育の質が制度的に担保されているとは言えない」と説明する。

 

朝鮮学校幼稚部への幼保無償化措置の適用を訴える母親ら=2019年9月20日、参院議員会館」

 制度開始の10日前、参院議員会館で朝鮮学校幼稚部に子を通わせる母親らが政府に再考を求めた。2人の娘が通う埼玉県の女性は「私たちは納税義務も果たしているのに権利はもらえない。いつになったら差別がなくなる社会になるのか」と訴えた。別の母親が「なぜ各種学校はだめなのか」と正面から問うと、文科省担当者は「絵画学校とか英語教室とか、いろんなところが各種学校にはある」と返した。趣味教室と同列で支援に値しない、と言ったことになる。

 無償化制度の開始時、対象になった幼児は約300万人。一方で、各種学校の外国人学校に通うため外された子は3千人前後だったとみられる。率にして0・1%の子たちを排除する仕組みをつくる必要が、どこにあったのか。

 ▽高校無償化から排除された朝鮮学校

 日本は1979年に「すべての者」の教育の権利を認めることをうたう国連社会権規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)を批准している。だが、規約にある中等教育と高等教育の無償化を求める項目には長年留保を続けてきた。留保の撤回は2010年1月、民主党政権で鳩山由紀夫首相が表明し、2012年9月に実行している。規約の精神を政策で実践するため、民主党政権は2010年4月施行の高校無償化法の対象に外国人学校に通う生徒も含めた。ルーツを問わない公費支援制度は日本では画期的だった。実行されていれば、であるが。

 北朝鮮に拉致された日本人の消息をめぐる日朝対立の中で、朝鮮高級学校への適用には当時野党の自民党だけでなく、政府内でも中井洽・拉致問題担当相らが反対した。菅直人首相は2010年11月の北朝鮮による韓国領・延坪島砲撃を理由に朝鮮高校10校への適用可否を検討する審査の凍結を指示し、民主党政権は適用に踏み切らないまま崩壊する。2012年12月、第2次安倍晋三内閣が誕生すると、2日後には下村博文文科相が朝鮮高には適用しないと表明した。拉致問題に進展がなく、教育内容に在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の影響が及んでいて国民の理解が得られないと説明した。

 文科省は翌2013年2月、(1)無償化法の施行規則から朝鮮高を対象にできる根拠規定を削除した(2)根拠規定に基づく審査で適合すると認めるに至らなかった―の2点を理由に不指定処分を出した。民主党政権が自らつくった法の執行を棚上げして始めた朝鮮高校への無償化適用拒否を、自民党政権が制度化したといえる。

 これに対し、朝鮮高校5校の生徒らが処分の取り消しなどを求める訴訟を起こした。不指定理由(1)の根拠規定の削除が行われるのなら(2)にいう審査は存在しなくなり、(1)と(2)は同時に存立しえないと主張した。実質的な取り消し理由は(1)しかなく、これは法の趣旨を逸脱した政治・外交的な理由による違法なものだ、と訴えた。

 5カ所で争われた訴訟で、大阪訴訟一審の大阪地裁はこの主張を受け入れ原告が勝訴した。だが大阪の控訴審を含むほか九つの地裁・高裁判決は請求を棄却し、最高裁も追認した。

高校無償化の適用を求めた訴訟で、請求を認めなかった広島高裁の二審判決の直後、涙を流す広島朝鮮初中高級学校の生徒ら=2020年10月16日

 原告敗訴判決はいずれも、(1)の規定削除が妥当か否かの判断を避け、(2)に関する検討に集中した。公安調査庁の資料や報道を根拠に、朝鮮総連が教育内容に影響を及ぼし運営が適正でない疑いが否定できず、不指定処分は文科相の裁量の範囲内だと結論づけた。

 最後まで残った広島朝鮮初中高級学校の元生徒らが起こした訴訟も2021年7月に最高裁で敗訴が確定した。高校無償化制度導入から11年3カ月を経て、国連社会権規約の留保撤回は空手形になった。

 さらに、地方自治体の中で独自の補助金支給を打ち切る動きが起きた。無償化制度が始まった2010年度、石原慎太郎・東京都知事が約2300万円の補助金の執行を止め、2011年度には松井一郎・大阪府知事らが続いた。2016年には馳浩文科相が全国に朝鮮学校への補助金支出を「検討」するよう通知し流れが加速した。

 「政府の姿勢が自治体の補助金停止を引き起こした」。そうみる都内の朝鮮学校校長は「いっそのこと無償化がなかったら、ここまでにはならなかったのに」と話す。

 ▽国連は朝鮮学校への対応を「差別」と断定した

 だが、国と自治体のこうした態度を国際社会は容認していない。国連の人種差別撤廃委員会など三つの人権機関は2019年2月までに、日本の人権状況の審査で計5回、高校無償化制度の対象に朝鮮高の生徒を含めることや朝鮮学校への自治体の補助金支給を再開、維持することを勧告するなどしている。このうち2013年4月に行われた社会権規約委員会の審査では、傍聴した在日本朝鮮人人権協会によると次のようなやりとりがあった。

 国連委員「なぜ朝鮮高校の生徒たちはその(無償化の)対象に入っていないのか」

 日本政府代表「朝鮮総連と密接な関係にあり、適正な学校の運営に適合するとの確証が得られていない。これに加えて拉致問題の進展がなく、国民の理解が得られない」

 国連委員「拉致は確かに恐ろしいが、そのことと朝鮮学校に通っている子どもたちとの間には何の関係もない。排除する理由にはならない」

 翌5月、社会権規約委員会は朝鮮高生排除を「差別」だと断定した。日本政府はこの後国際社会で朝鮮高排除の理由に拉致を挙げなくなり、朝鮮学校が「指定の基準に適合すると認めるに至らなかった」ために除外したのだと、日本の裁判所が認めた主張を前面に出すようになる。

 だが、19年2月、子どもの権利委員会は基準自体を見直せと要求し、さらに踏み込んだ。朝鮮高排除の理由はすべて国連の場で通らなくなった。

高校無償化訴訟で、請求を認めなかった福岡高裁の二審判決に抗議する九州朝鮮中高級学校の生徒ら=2020年10月30日

 ▽朝鮮学校排除の常とう手段が復活した

 幼保無償化制度の創設は国際社会でこうした流れが固まった後のことだ。各種学校であることを理由に除外されると聞いた朝鮮学校関係者は「高校無償化からの排除に手間取ったので、より確実に朝鮮学校を外すためにこの口実を持ち出した」と受け止めた。かつて朝鮮学校を排除した“常とう手段”だったからだ。

 スポーツの公式大会出場やJRの通学定期券適用、国立大・大学院の受験。これらは各種学校を理由に朝鮮学校の生徒に資格が認められなかったが、当事者と市民、日本弁護士連合会、研究者らの運動で徐々に門戸が開かれてきた経緯がある。この過程では2000年代初頭までに、国連の人種差別撤廃委員会など四つの機関も朝鮮高卒業生の大学入学資格を認めることなどを勧告している。日本政府と社会は、こうした声に押されて在日朝鮮人の教育を受ける権利の水準を、日本学校のそれに近づけてきた。各種学校を口実にした日本社会からの疎外をやめさせる闘いは在日朝鮮人の権利獲得運動の大きな柱だった。

 この流れを覆し、各種学校であることを理由に格差をつける政治を復活させたのが幼保無償化制度だった。さいたま市はこれをコロナ禍での支援策で模倣しようとし、非人道的だとの批判を受けた後、方針を変えた。だが、政府はそうではなかった。 (「後編」へ続く)

© 一般社団法人共同通信社