「官民一体」の在日朝鮮人バッシング、安倍元首相銃撃でも飛び交ったヘイト 各種学校口実の排除、幼保無償化からコロナ対策支援にも拡大 在日朝鮮人差別問題・後編

 高校無償化からの朝鮮高校の排除は差別だと国連人権機関に指摘された日本政府は、幼稚園・保育所の無償化措置から学校教育法上の「各種学校」を除外する方法で朝鮮学校幼稚園を制度の枠外に置き、この手法を新型コロナウイルス感染症対策の支援事業にも拡大させた。こうした政府の姿勢は排外主義を増長させ、安倍晋三元首相が銃撃された直後にも在日外国人を犯人と決めつけるヘイトスピーチがSNSで飛び交った。在日朝鮮人社会は「官民一体」とも言えるバッシングの中にある。(共同通信=粟倉義勝)

 前編「コロナ下で朝鮮学校の排除拡大、国連の是正勧告に従わない日本政府」はこちらhttps://nordot.app/927736446480662528

朝鮮大学校前で排外主義団体が行ったヘイト街宣=2020年5月10日、東京都小平市

 ▽感染症対策からの排除

 さいたま市が埼玉朝鮮初中級学校幼稚部にはマスクを支給しないとの方針を撤回してから2カ月後の2020年5月、当時の安倍政権は、コロナ禍で困窮した学生に1人最高20万を支給する「学生支援緊急給付金」制度の創設と、学校1校あたり最高500万円を支援する感染対策事業を含んだ2020年度第2次補正予算案を相次いで閣議決定する。いずれも各種学校を対象外にすることで朝鮮学校とその生徒・児童を除外した。

 排除は徹底していた。学生への給付金は大学や短大、高専、専門学校、日本語教育機関に加え、外国大学日本校も各種学校認可を受けていない施設を含む8校を対象にしたが、朝鮮大学校(東京都小平市)は含んでいない。

 2020年7月、参院議員会館で朝鮮大生らが説明を求めた場で文部科学省の担当者は、給付金は「文科省が教育の質を直接確認している高等教育機関」に通う学生に出すもので「その線の外にある学びをしている」朝鮮大学生らは対象外だと述べた。

 朝鮮大の卒業生は、京都大が1998年から大学院受験を認め、翌99年には文部省(当時)も学校教育法施行規則を改正し他の大学の大学院受験へ道を開いている。こうした実態から「高等教育機関としての質は十分担保されているではないか」と問いただされた文科省担当者は「質が担保されていることの確認をしていないと言ったのであり、質を否定しているのではない」とかわした。

朝鮮大学校の学生(奥)らに、学生支援緊急給付金は支給しないと話す文部科学省の担当者=2020年7月16日、参院議員会館

 この日、給付を求める学生ら6809人分の署名を提出した朝鮮大政治経済学部4年の女性=当時(21)=の心には「線の外」という言葉が突き刺さったという。2020年11月、朝鮮大除外は政治的排除だとする全国の大学教員709人による抗議の声明文が文科省に伝達される場があった。そこでもう一度発言したこの女性は、不当な線引きにあらがうと宣言した。「線の外にある学びを切り捨てるような差別には異議を唱えていきたい。差別に声を上げず行動しなければ、いつまでも私たちの学びは線の外に置かれたままです」

 ▽コロナ下の切実な経済事情

 排除の本格化に在日朝鮮人社会は緊張した。経済的な事情も切実だった。

 朝鮮大の2020年5月の調査では、学生の7割超がアルバイトをしていたが、その94%が収入が激減したと答えた。同胞のつてで勤める飲食店が感染対策で営業を縮小したことがバイト収入に響いた。外国語学部4年の女性=当時(21)=は「焼き肉屋を営む両親は高校無償化が適用されない中で私やきょうだいを高校へ送ってくれた。今、営業が苦しく、私もバイトができない中で給付金ももらえない。コロナで生活が厳しいのは日本の学生も朝鮮大の学生も変わらないのに、今回も露骨に差別されることが悲しく、悔しい」と話した。

 全国の朝鮮学校の運営も厳しさを増した。文科省の集計では教職員給与や施設整備に充てる学校教育費は、2020年度に中学生1人あたりでは約119万円となる。教育にはこれだけの金がかかることを示しているが、自治体の補助もない朝鮮学校はこれらを全て自前で調達するしかない。授業料でまかなえない資金を父母や地域の同胞らが寄付やバザーなどで捻出してきた朝鮮学校は、感染の拡大でこうしたイベントが一時開けなくなった。

 

朝鮮大学校のキャンパスを歩く学生ら=2021年6月17日、東京都小平市

 資金面で大きな打撃を受けた朝鮮学校は、日本の学校が受け取れた500万円を上限とする感染対策や学習を保障する経費の補助金も受けられなかった。その理由を文科省は「各種学校には休校要請を行っておらず、教育内容が学校の自由にゆだねられているため教育活動への支援は国として行わない」と説明した。全国の朝鮮学校が政府の感染対策に足並みをそろえ、日本の学校と同じ時期に休校措置を取ったことへの考慮はない。

 ▽朝鮮大生の排除は「差別」と言い切った国連特別報告者

 だが結局、国際社会はこうした施策も許されないとみなした。学生支援緊急給付金の開始から9カ月後の2021年2月、国連人権理事会が任命した特別報告者4人が連名で日本政府に書簡を送り、この制度が「特に朝鮮大学校のマイノリティー(少数派)の学生を差別していることを懸念する」と言明した上で、申し立てられた侵害をやめ再発を防止するために「必要な全ての暫定措置をとることを強く求める」と表明した。

 4人は「現代的形態の人種差別主義、人種差別、外国人排斥および関連する不寛容」「教育を受ける権利」「移住者の人権」「マイノリティー問題」をそれぞれ担当している。

 書簡は、給付金制度が外国人留学生に対してのみ日本人に求めない成績要件を課していることも問題視し「差別に相当する可能性」があると認定している。ただ、朝鮮大生の排除は「差別」だと言い切り別格の深刻な認識を示した。その上で「(排除は朝鮮大の)制度的自律性を損なう恐れがある。マイノリティーの学生にとって、自らの国民的、民族的、文化的、言語的アイデンティティーの促進を助ける教育へのアクセスをさらに危うくする」と分析した。外国人の人権に詳しい板垣竜太・同志社大教授はこの文言に注目し、特別報告者らは「人種差別のみならず、民族教育を受ける権利の侵害だと述べている」と指摘する。

 

国連の特別報告者4人が2021年2月19日付で日本政府に送付した学生支援緊急給付金の運用是正を求める書簡のコピー

 日本政府は是正の求めに応じず、単年度事業の給付金支給が終了した後の21年4月に国連側に返信した。各種学校の生徒は日本人、外国人を問わず対象外なので「差別を構成しない」と反論し、成績要件問題でも、日本人学生には外国人学生にない別の基準を設けているため不当な扱いではないと主張した。

 ▽勧告に従わなくても「罰則規定はありませんからね」

 人権問題で国連機関の是正勧告に従わない日本政府の態度は、第2次安倍内閣が13年6月、国連の拷問禁止委員会が出した勧告に対し「法的拘束力を持たず、従うことを義務付けていない」とする答弁書を閣議決定したことで“国策”となっている。拷問禁止委は、大阪市長だった橋下徹氏が旧日本軍の従軍慰安婦は必要だったと発言したことを念頭に「元慰安婦を傷つけようとする試みに反論するよう」日本政府に求めた。この勧告の履行を野党が質問主意書で求めたことに対する答えだった。

 市民団体「朝鮮学校『無償化』排除に反対する連絡会」の共同代表の元小学校教諭、長谷川和男さん(75)によると、この閣議決定の後、国連機関による朝鮮高の無償化適用勧告の受け入れを求める長谷川さんらに文科省の担当者は「(勧告に従わなくても)罰則規定がありませんからね」との言葉を繰り返すようになった。

 学生支援緊急給付金を巡る4人の特別報告者の書簡に対する日本政府の対応を検証するため立憲民主党が21年9月に国会で開いたヒアリングでも、出席した外務省担当者は「特別報告者の見解は法的拘束力を有さない」と強調した。報告者には日本とは「思想的なバックグラウンドが違う」者がおり「きちんとした調査なしに」勧告が出る場合があると述べ、勧告のもつ重みを否定した。

 同席した文科省担当者は「民族とか、国籍、差別とか、なんでそういうことに(この問題が)なるのかな、という気持ちだ」とも口にした。この事業が「国連社会権規約と、人種差別撤廃条約を含む国際人権法における日本の義務を順守していない」(書簡)と指摘されたことへの緊張感は感じられない。

 朝鮮学校をめぐるここまでの日本政府や自治体、国際社会の主な動きを整理するすると以下のようになる。

 2010年4月 民主党政権が高校無償化制度を導入。朝鮮高校への適用を棚上げ。同年度から全国の自治体で補助金打ち切りが始まる

 2012年12月 第2次安倍内閣発足。朝鮮高校を無償化の対象から外すと表明

 2013年5月 国連社会権規約委員会が朝鮮高校の無償化排除は「差別」と言明し是正を勧告

 2019年2月 国連子どもの権利委員会が適用基準を見直し朝鮮高校に無償化を適用するよう勧告

 2019年10月 幼児教育・保育の無償化制度開始。朝鮮幼稚園を含む各種学校は適用対象外に

 2020年3月 さいたま市が埼玉朝鮮初中級学校幼稚部をマスクの配布先から排除。問題化した直後に方針を変え配布

 2020年5月、政府が新型コロナウイルス対策の「学生支援緊急給付金」制度と、500万円を上限とする学校向けの補助金制度を創設。各種学校を理由に朝鮮大学校や各地の朝鮮学校を除外

 2021年2月 国連人権理事会が任命した4人の特別報告者が書簡で、学生支援緊急給付金からの朝鮮大学生排除は差別と指摘し即時是正を要求。日本政府は4月に拒否の返答

 ▽共鳴する官民の差別

 朝鮮大教育学部3年の卞順俊(ピョン・スンジュン)さん=(20)=は、東京朝鮮中高級学校の高級部で無償化制度からはじかれて3年間を過ごし、朝鮮大に進学すると学生支援緊急給付の対象からも外された。2021年6月、キャンパスで取材に応じた卞さんは「在日朝鮮人という存在自体が日本政府には邪魔で、一刻も早くなくしたいとの内心の表れではないか」と感じていると話した。そうした状況の中で出された特別報告者の連名の書簡は、国際社会の客観的な指摘であるだけに「自分たちが正当性を持ってこの差別と闘っていく踏み台になればと思う」と、少しの期待を口にし「在日朝鮮人のアイデンティティーを踏みにじる日本政府の政策があっても縮こまりはしない。民族教育を守っていく」と、静かに決意を述べた。

 

千葉朝鮮初中級学校の初級部1年生の授業=2021年4月10日、千葉市花見川区

 在日外国人の人権順守を長年日本政府に求めてきた田中宏・一橋大名誉教授は、1965年に国連総会で採択された人種差別撤廃条約が、特に「植民地主義ならびにこれに伴う隔離および差別」の撲滅を目指したことを強調する。そして、日本政府の朝鮮学校に対する政策はこの精神に完全に反し、そうした姿勢がヘイトスピーチやヘイト犯罪を引き起こす市民社会の差別を誘発していると怒る。

 「日本の植民地政策に直結した同化政策で奪われた言葉と歴史を自力で取り戻すことを使命とするのが朝鮮学校だ。それがやり玉に挙げられ、政府は新たな制度を作るたびに差別を作り出し、在野の差別が重なっている。国がやっていることが一番罪深い」

 7月8日、安倍晋三元首相が銃撃されたと伝えられると、SNSでは在日外国人が犯人だとの書き込みが飛び交った。在日朝鮮人の母親の一人は「今度はバッシングを越えた朝鮮人狩りが始まるかもしれない」との恐怖にかられた。各地の朝鮮学校は集団登下校や教員の付き添いを始め、保護者らによる見守り活動が夏休みに入るまで続いた。

 「何かある度に(朝鮮人が虐殺された)関東大震災が頭をかすめる。朝鮮学校に通えばこんなことばかりだと子どもたちには思わせたくない。でも、安全を考えれば措置をとらざるを得ない」。首都圏の朝鮮学校教員の言葉は苦悩に満ちている。

 コロナ禍が本格化した2020年春、さいたま市がマスクの配布先から埼玉朝鮮初中級学校幼稚部を外したことが伝えられた直後にも学校へのヘイト攻撃が起きた。

 「日本人もマスクが足りないのに、なぜおまえら朝鮮人に分けなければいけないのか」。電話の向こうで怒鳴った男性に幼稚部の朴洋子(パク・ヤンジャ)園長が説得を試みた言葉は朝鮮学校の子どもたちが排除されることの意味を浮かび上がらせる。

 「ここにわが子を通わせる親は、在日3世、4世で日本に生活基盤を置いてきた人たちです。ほとんどが日本の会社に勤め税金を納めながら、民族のアイデンティティーは失いたくないと考えて朝鮮学校を選んでいる。それでなぜ、除外されなければならないのですか」

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