連載小説=自分史「たんぽぽ」=黒木 慧=第20話

 船はロスの港を出て、メキシコ沖から中米の西海岸を南下し、いよいよパナマ運河を通過することになった。ここもアメリカの資本に依ってガツン湖の水を利用して、水位差をうまく埋めて、船を通過させるすごい仕掛けだなーと感心するばかり。太平洋から大西洋に渡り、港町クリストバールでは上陸が許された。町は黒人が溢れ、暑さも加わって、熱気に息苦しささえ感じられた。
 その港を出て、次はベネズエラの港町ラガイラで又上陸が許可された。そこはもう少し素朴さを感じる静かな町に感じられた。子供達が寄って来て、日本のマッチとタバコをくれと言う。私の同僚は女に飢えているからと町の方に女狩りに出掛けて行った。ベネズエラの首都はカラカスで、このラガイラから一〇〇㌔の内陸にある。ラガイラの港を出港するともう次はブラジルである。
 アマゾン河の沖合いを通る頃、赤道祭が船の甲板で催された。地球を北から南へ渡る時、北の神様から南の神様へカギが渡される。皆、それぞれに仮装して行う祭りである。そのあと、皆におみやげが渡された。それから今回の船旅には有名人として南部あつ子陸上選手が同船していた。私と同年輩位で伸びやかな体をしていた。それとブラジルのスザノ市でジャガイモ作りをしていると言う成功者が日本に遊びに行った帰りだと言って同船していた。ご夫人同伴でブラジルの事を色々話してくれた。名前は植田さんと言っていた。
 ブラジルでの最初の寄港地はペルナンブコ州の州都レシーフェであった。ここには源田(げんた)さんと言う人がアイスクリーム店を経営していて、皆で押しかけて行って食べた。いろんな種類のアイスクリームがあった。
 そして次の港は世界三大美港のひとつ、リオ・デ・ジャネイロである。ここではサンパウロからコチア産組移民課の山中弘さんが乗船してきて、サントス港での上陸がスムーズに行く様にと青年達に色々な指示を与えていた。その他、ブラジルでの色々な常識など話してくれた。このリオの港町で一つのエピソードがある。私と同県の黒木義満君がトイレに入って顔を洗おうとしたら、便器ともう一つの器があるのでそれで顔を洗ったと言って帰ってきたので。皆で吹き出して笑ったことだった。

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