稲本潤一が明かす、カタールW杯メンバー構成の「ヒント」 “前評判の悪かったチーム”が躍進した訳「周りの声は気にせず」

© 株式会社Creative2

森保ジャパンはカタールW杯でスペイン、ドイツ、コスタリカと対戦【写真:(C)JFA】

【W杯戦記番外編|稲本潤一】日本のレベルは「間違いなく上がっている」、鍵は一体感

今年11月、いよいよカタール・ワールドカップ(W杯)が開幕する。森保一監督率いる日本代表はグループリーグでスペイン、ドイツ、コスタリカと同グループとなり、“死の組”とも言われる厳しい状況のなか、史上初の大会ベスト8入りを目指す。

2002年、06年、10年とW杯を3回経験した元日本代表MF稲本潤一(南葛SC)に、カタール大会に向けて不定期企画「W杯戦記」の番外編として、森保ジャパンの戦いを展望してもらった。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小田智史)

◇ ◇ ◇

稲本は、史上初めて決勝トーナメントに進出した2002年の日韓大会、グループリーグ初戦のオーストラリア戦でまさかの逆転負けを喫して未勝利のまま終わった2006年のドイツ大会、直前に戦い方を変えて2度目のベスト16入りを果たした2010年の南アフリカ大会を経験している。

中田英寿、中村俊輔(現・横浜FC)、小野伸二(現・北海道コンサドーレ札幌)、稲本の“日本版・黄金カルテット”を擁した2006年、本田圭佑、岡崎慎司(現・カルタヘナ→未定)、香川真司(現・シント=トロイデン)、長谷部誠(現・フランクフルト)らが中心を担った2014年は、W杯のメンバーを構成するうえで“ヒント”が隠されていると稲本は話す。

「2006年、14年のメンバーは、今見てもすごいメンツ。それでも勝てない(ともにグループリーグ1分2敗と未勝利)のが、サッカーの面白さなのかなと。ここにチーム作りのヒントがある気がします。逆に、2010年と18年も似ていると思います。前回のロシア大会は、大会約2か月前に監督が交代したりいろいろなアクシデントがあるなかで、それを言い訳にせず、全員が一体感を作り上げたことであれだけの力が出せた。それを常に出せることがこれからの日本には必要になるはずです」

今では日本人選手が欧州リーグでプレーすることは、珍しいことではなくなった。かつてイングランド1部の名門アーセナルに所属した稲本は、日本サッカー界のレベルアップを感じているという。

「海外に出ていくことでしか分からないものがあるし、全体的なレベルは間違いなく上がっています。ただ、それに比例して、世界のレベルも上がっているのも事実。ベルギーではなく、(欧州5大リーグの)イングランドやイタリアでプレーする選手が増えてほしいというのが正直な感想です。今は冨安(健洋)選手がアーセナルでレギュラーを張っていて、日本人選手にもチャンスがある時代になってきている。世界のトップ・オブ・トップを目指してほしいと思います」

強豪のスペイン、ドイツと同居も「チャンスは全然ある」

森保ジャパンは、カタールW杯のグループリーグで優勝経験国のスペイン(FIFAランキング6位)とドイツ(同11位)、大陸間プレーオフを勝ち上がったコスタリカ(同34位)と対戦予定。“死の組”とも言われるなかで、稲本は「(ベスト8以上で)歴史を変えてほしい」とメッセージを送る。

「大半の選手がヨーロッパでプレーしているし、僕らがいた時とは比べ物にならないくらい、代表チームのレベル、選手のレベルが上がっています。ワールドカップは特別な舞台。そのなかで、日本にとっては献身性が重要な要素で、チームのためにどう戦うか。前評判の悪かったチームがベスト16になっている過去を見ると、反骨心がパワーの1つになっています。でも、周りの声は気にせず、実力で結果を出してほしいし、今の日本代表にはそれだけの選手が揃っている。もちろん、スペイン、ドイツと同じ厳しいグループだとは思いますけど、勝てるチャンスは全然あると思います」

百戦錬磨の稲本は、初の大会ベスト8入りを目指す森保ジャパンの快進撃に期待を寄せていた。

[プロフィール]
稲本潤一(いなもと・じゅんいち)/1979年9月18日生まれ、大阪府出身。ガンバ大阪ユース―ガンバ大阪―アーセナルーフルハム―ウエスト・ブロムウィッチ・アルビオン(WBA)―カーディフ―WBA(いずれもイングランド)―ガラタサライ(トルコ)―フランクフルト(ドイツ)―レンヌ(フランス)―川崎―札幌―相模原―南葛SC。J1通算225試合19得点、J2通算48試合1得点、J3通算10試合1得点、日本代表通算82試合5得点。プレミアリーグの名門アーセナルと契約し、イングランドなど海外4か国を渡り歩いた熟練の万能ボランチ。ワールドカップには計3回(2002年、06年、10年)出場し、小野伸二らが名を連ねる“黄金世代”の1人として、長年日本サッカー界を牽引してきた。(FOOTBALL ZONE編集部・小田智史 / Tomofumi Oda)