毎年この時期だけ優遇される「朝鮮戦争の英雄」

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は先月17日、次のような記事を配信している。

江原道の女性同盟組織が老兵の健康と生活に格別な関心を払う

【平壌7月17日発朝鮮中央通信】江原道の女性同盟(朝鮮社会主義女性同盟)組織が、参戦老兵の健康と生活に格別な関心を払っている。
道女性同盟委員会の活動家らは、女性同盟員の中で戦勝世代の精神世界を体得させるための思想教育活動をさまざまな形式と方法で行う一方、数十種の補薬と食品、生活必需品を誠意をこめて用意して参戦老兵に送っている。

元山市トクゴル洞、龍下洞の女性同盟員は、健康食品などを持って老兵の家庭を訪ね、口に合う料理もしてやり、歌も歌ってやりながら情を交わしている。

文川市、高山郡、金剛郡の女性同盟委員会では、参戦老兵の生活を見守るための活動計画を具体的に立て、さまざまなよいことを探して行っている。

安辺郡女性同盟委員会の活動家らは、老兵に多くの補薬とともに家庭用品も送り、誕生日の祝い膳も整えてやった。

通川郡、平康郡、昌道郡、伊川郡の女性同盟員も、老兵の家族の一員になって彼らの生活を見守っている。---

戦争老兵(参戦老兵、朝鮮戦争参戦者)が社会全体から尊敬され、ケアを受けながら幸せな余生を送っているというのは、北朝鮮国営メディアの定番ネタのひとつだ。特に、7月27日の戦勝節(祖国解放戦争勝利記念日)を控えた時期に増加する。

朝鮮労働党咸鏡北道(ハムギョンブクト)委員会は中央の意を受け、戦勝節前日の先月26日、「戦争老兵の生活と健康問題を党が直接責任を持って解決せよ」という内容の指示文を出している。幸せな余生を送っているのなら、なぜ改めてこのような指示が必要なのか。それは、老兵たちの生活実態が、プロパガンダとはかけ離れているためだ。

デイリーNKの内部情報筋によれば、指示文の詳細は次のようなものだ。まず、「戦争老兵を尊敬し、引き立てる気風を国風として徹底的に確立しなければならない」とした上で、「英雄朝鮮の強大性と勝利の歴史を体現した証人である戦争老兵の健康と生活を党組織が直接責任を持って面倒を見なければならない」と強調した。

指示文は、党組織が戦争老兵の暮らしに不便がないようにする対策として、1ヶ月に20日分の食糧と生活必需品を無条件で提供せよとしている。

本来は社会的に手厚いケアを受けることになっている戦争老兵だが、他の老人と同様に、事実上放置され、家族が面倒を見ることになっていた。

そうした実態の改善に乗り出すことで、国のために命がけで献身した人々を朝鮮労働党はきちんとケアしていることを見せつけ、党と首領(金正恩総書記)に対する忠誠心を高め、経済制裁とコロナによる経済難の克服に活用しようという意図があるものと思われる。

指示は、各市、郡の党委員会にも伝えられ、戦争老兵の生活と健康をケアするための具体的な事業計画書を提出し、責任書記(組織のトップ)ら主要幹部が月に2回以上、戦争老兵の家庭訪問を行い、食糧や燃料の問題を解決せよとの指示が下された。

ただ、情報筋は「以前にも戦争老兵の面倒を見よとの指示があったが、まともに執行されたことがなかった」と今回の指示の実効性に疑問を呈し、「党幹部ですら生活が苦しいのに、戦争老兵を直接世話しろというのは、政府が世論を気にするだけで、責任は現場の幹部に丸投げしたも同然」だと評した。

戦争老兵の暮らし向きが悪化したのは、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」のころからだが、それから20年以上経っても何ら改善が見られない。

デイリーNKは2012年7月、脱北者の証言として、戦勝節に受け取った小麦粉を売り払って燃料を買っている、畑で落ち穂拾いをしている、山で切り出した薪を売っているなどと、戦争老兵の苦しい生活を伝えている。

毎年のようにこの手の指示が出され、金正日時代に比べれば多少は待遇がよくなったものの、支援は一過性のものに過ぎず、しばらくするとまた元の極貧生活に突き落とされるのが、戦争老兵の現実だ。

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