【発売50周年】フランク・ザッパ『Lumpy Gravy』:名盤を作り出した鬼才の手腕

このアルバムについて語る前に、まずは『Lumpy Gravy』(ダマになった肉汁)と言うタイトルの意味に触れておなければならないだろう。いくらサイケデリアが全盛だった1960年代といっても、アルバムを買ってくれるかもしれない顧客にアピールする気があるのか、はなはだ疑わしいタイトルだ。しかし、それでもこのアルバムに手を伸ばし、購入したリスナーには、たいへんなご褒美が待っていた。

フランク・ザッパの夫人だったゲイル・ザッパの言葉は、このアルバムについてのフランク・ザッパの手法を的確に言い表している。

「彼にとっては、どのアルバムも同じ作品の一部分でしかありませんでした。すべてがひとつの巨大な音楽作品だったんです。けれどもその中でも『Lumpy Gravy』『We’re Only In It For The Money』(ザッパがソロ・デビュー・アルバム『Lumpy Gravy』を再編集する中で制作されたマザーズ・オブ・インヴェンションのサード・アルバム)、そして『Civilization Phase III』の3作は特別で、彼自身が最高傑作だと考えていました」

ザッパとオーケストラ

いかがわしいタイトルがつけられた『Lumpy Gravy』のレコーディングは、簡単な道のりではなかった。すべてをたったひとりで作曲したザッパは、クラシックの素養を持つミュージシャンを大勢集め、”アブニュシールズ・エムーカ・エレクトリック・シンフォニー・オーケストラ”と名付けた。だが、彼自身は演奏せず、壇上から指揮を執るだけだった。

オーケストラには、西海岸最高のセッション・ミュージシャンと評された一流の名手たちが集結。英国出身でヴィヴラフォンの達人であるヴィクター・フェルドマンや、木管楽器奏者のバンク・ガードナー、ドラマーのジョン・ゲリン、フレンチ・ホルンを操るヴィンセント・デ・ローザ、リチャード・パリシ、アーサー・メーベの3人、数々のサウンドトラックを手がけたピート・ジョリー、そしてギタリストのデニス・バディマー、トニー・テデスコなどはその一部だ。

そうしたミュージシャンたちは、狂気じみたモジャモジャの髪の毛の雇い主が抱く構想をすぐには理解できなかった。だが、当のザッパは、フィル・スペクターやブライアン・ウィルソンでも考え付かないほど野心的な作品を生み出そうとしていた。「本を表紙だけで判断するな」という格言は、奇抜な外見のザッパによく当てはまる。

アルバムの内容

ザッパはこの『Lumpy Gravy』に、さまざまな実験的音楽の影響を取り入れた。例えば、ザッパにとってのヒーローであるエドガー・ヴァレーズによるミュジーク・コンクレートの世界や、ジョン・ケージが使用したテープのカット・アップの技法、そして1966年や1967年頃のロック界で一定の勢力を誇ったアヴァンギャルド・シーンといったものだ。

その実験性を示すように、同作はもともとレコードではなく4トラック・カートリッジという媒体で1967年にリリース。それから同じ年に再編集され、1968年にLPレコードとして発表されていた。

ザッパは本来ロック・ミュージシャンなのか、という命題については一日中でも議論できる。グルーヴィーな「King Kong」の初期インストゥルメンタル・ヴァージョンを聴くとそれは違うと思えるし、スパイ映画のテーマの軽快なパロディ「Duodenum」も当時としては非常に斬新だった。

ルー・リードも彼をロック・ミュージシャンとは考えなかったようだが、デヴィッド・ボウイは違った。ボウイは60年代後半に自身のバンドでもザッパの楽曲を演奏している。

『Lumpy Gravy』は一聴して“ヒット曲”の詰まったアルバムではないが、ふたつのパートの所々に際立った瞬間がある。そうした断片のいくつかは、次々に発表された以降のザッパの作品の中で再登場している。

アメリカ西海岸に拠点を置いたザッパは、いつでも奇抜で執着心が強く、それでいてあらゆる物事を大真面目に捉えながらユーモアを忘れなかった。『Lumpy Gravy』はそうしたザッパの性格によって、二面性を備えたアルバムになったといえる。

彼の足跡を辿ったアーティストは少ないが、キャプテン・ビーフハートの「Trout Mask Replica」やティム・バックリィの実験的な作品群からは、ザッパと共通した精神性が感じられる。偶然にも、ふたりは共演やレーベルとの契約などでザッパとの縁がある人物だ。

どうか、「ザッパはすごいらしいけど、ちょっと難解みたいだよ」などと言う連中に惑わされないでほしい。ザッパの作品には皮肉、混沌、挑戦といったものが詰まっている。そんな作品に耳を傾けてみるのもきっと悪くない。

Written By Max Bell

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