中国が対米制裁で気候変動を持ち出した意図は何か 覇権の道具に過ぎない地球環境問題

杉山大志(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

「杉山大志の合理的な環境主義」

【まとめ】

・対米制裁で気候変動に関する話題を持ち出すことで、中国は米国を宥和的に出来ると見ている。

・中国の狙いは、気候変動を議題に持ち出すことで、米国内の分断を深め、民主主義を弱体化すること。

・中国は、世界に覇を唱えるための道具として気候変動を利用している。

中国がペロシ下院議長の台湾訪問に反発して8項目の制裁を発表した。最後の1つは気候変動に関するものだ(ブルームバーグ記事中国語原文):

・米軍幹部との対話取りやめ

・米国防総省との作業会合中止

・海の安全巡る米国との会合取りやめ

・犯罪対策の対米協力停止

・不法移民送還に関する米国との協力停止

・米国との司法協力停止

・麻薬との闘いでの対米協力停止

・気候に関する米国との協議停止

軍事や犯罪対策についての項目が並ぶ中にあって、気候変動が持ち出されているのは唐突な印象を受けるが、これには中国の狙いが2つある。

第1に、気候変動に関する話題を持ち出すことで、中国は米国を宥和的に出来ると見ている。これには前例がある。2014年から15年にかけて南シナ海の実効支配を進めている間、オバマ政権はこれを真剣に止めなかった。理由の1つは、2015年末にパリ協定を結ぶためだ。オバマ大統領は2期目の終盤にあって、「地球を救った大統領」としてのレガシーを残したかった。このためには中国がパリ協定に参加することが必要だった。それで中国の暴挙についても見て見ぬふりをしていた。

昨年末に英国で開催された気候会議(COP26)に至る過程においても、中国は「気候変動に関する協力は、米中関係が全般的に良好でなければありえない」、という趣旨のことを繰り返し表明してきた。これも宥和的になることを狙ったものだ。

米国の環境運動家は中国に対していまだにかなり同情的である。彼らは資本主義を敵としている点で中国とウマが合うのだ。そしてCOP26に至る過程の中では、米国政府に対して「気候変動に関する国際協力への悪影響が懸念されるので、対中関係を悪化させないようにすべきだ」とする嘆願書まで出していた。

第2の中国の狙いは、気候変動を議題に持ち出すことで、米国内の分断を深め、民主主義を弱体化することだ。気候変動は、米国で最も民主党・共和党間の分断が深刻な問題の1つである。民主党は「気候危機説」を信じており、バイデン政権の掲げるグリーンディール政策によって2050年にCO2をゼロにすることが必要だと考えている。対して共和党は、気候変動は仮に起きているとしても、自然災害の激甚化などは起きておらず、「気候危機」というほどのことはないと理解しており、経済・安全保障に悪影響を与えるグリーンディールには反対している。

国内の分断を煽ることは、中国の常套手段である(ロシアもそうだ)。例えば、日本に対しては靖国神社参拝の問題をことあるごとに持ち出す。米国では黒人の人権に関するBLM運動を煽る工作をしていた、と山口敬之氏が著書「中国に侵略されたアメリカ」で書いている。

中国は、世界をいまG7のような議会制民主主義システムと中国型のシステムの対決だと捉えている。民主主義が分断されシステムとしての能力が低くなり混乱状態を呈することで、中国型のシステムの優位性が明らかになる。

今回の中国の対米制裁を受けて、おそらく米国の環境運動家はバイデン政権に対して気候に関する交渉を再開するよう圧力をかけるだろう。彼らにとっては気候変動こそが最優先かつ唯一のアジェンダだからだ。

バイデン政権としては国内でのグリーンディールを推進するためにも、気候変動についての国際的な協力が順調であるという絵姿を作っておきたい。国際協力が得られないとなれば、国内でコストのかかるグリーンディールを実施することへの反発がますます強まるからだ。世界で最もCO2を排出する中国の協力を取り付けることは、成果が乏しく支持率が低迷するバイデン政権にとっては重要なことだ。今回の中国の制裁はその痛いツボを突いた訳である。

だが中国としても、じつは気候変動についての協力というのはオイシイ話なので、米国への揺さぶりが済んだら、今回のこの「協議停止」という措置はほどなく解除されるだろう。筆者がそう見る理由は2つある。

第1に、バイデン政権は、気候変動は米中で協力する分野だとしている。このため、中国の違法な技術獲得への見方が厳しくなる中にあっても、気候変動という名目を掲げれば、再生可能エネルギーや省エネルギーなど広範な技術についての協力がいまなお可能だからだ。

そして第2に、気候変動に関する話が進むほど、米国をはじめG7諸国は自滅的な脱炭素に励むことになって国力を失ってゆく。すると中国は相対的に強くなる。中国の環境問題を長く研究してきたパトリシア・アダムスは論文「中国のエネルギー超限戦」でこう語る。「中国共産党にとって、二酸化炭素の削減は、中国共産党が害を加えて取って代わろうとしている敵国にとってのみ、意味があることなのだ」。

なおアダムスは、「紅と緑 中国の使える愚か者」という論文に於いて、国際的な環境運動家は、その中国内での活動を容認することと引き換えに中国共産党政府に取り込まれてしまっており、中国の環境対策を称え国際的に宣伝する役割を担っている、と警鐘を鳴らしている。そして「多くの人にとって中国は世界の模範ではない。しかし、欧米の環境運動家にとっては、悲しいことに、中国は模範であることがあまりにも多い」とする。

今回、中国が制裁の1つとして気候変動を持ち出したことは、図らずも、中国が気候変動をどう捉えているかを明白にしてしまった。中国は、世界に覇を唱えるための道具として気候変動を利用しているのだ。

▲写真 左:中露の環境問題工作に騙されるな! 「脱炭素」で高笑いする独裁者たち (著)渡邉哲也、杉山大志(かや書房) 右:「脱炭素」は嘘だらけ (著)杉山大志(産経新聞出版)

トップ写真:スコットランドのグラスゴウにて行われたCOP26で発言する中国代表(2022年11月13日) 出典:Photo by Jeff J Mitchell/Getty Images

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