なぜハリウッド映画の日本ロケが少ないのか? 名作『ブラック・レイン』が提起した問題点と最新“誘致強化”事情

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コロナ禍で映画業界全体が沈滞ムードの中にあった2021年10月、ハリウッドのメガヒット・アクション映画『G.I.ジョー』シリーズの第三弾『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』(2021年)が公開された。ハリウッドで活躍するドイツ出身のロベルト・シュヴェンケ監督がメガホンをとり、『るろうに剣心』シリーズ(2012~2020年)の谷垣健治アクション監督も関わったという同作品は、大々的な日本ロケが行われたことで注目されていた。

背景には、内閣府の委託を受けた映像産業振興機構の「大型映像作品ロケーション誘致の効果検証調査事業」対象作品として支援金が支給されたという事情があったのだが、お隣の韓国に大きく水をあけられているハリウッド映画のロケ誘致には、うまくいかない日本なりの理由がありそうだ。

なぜハリウッド映画のプロデューサーは日本ロケを回避するようになったのか?

韓国では、ソウル・ロケの『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年)、釜山ロケの『ブラックパンサー』(2018年)など、昨今のメインストリーム的ポジションにあるハリウッド映画のロケーション場所に選ばれ、結果的に韓国国内でそれらの作品の興行成績も日本国内の売り上げの三倍にも達するなど、大きな成功を収めている。

その成功の背景には、韓国政府による映画業界への手厚い保護政策と、特殊法人<韓国映画振興委員会>を通じての海外のプロダクションに対する補助金の提供があると言われている。ちなみに同委員会はマーベル・スタジオ/ディズニーに対して230万ドルもの補助金を支出したという。

それと比べて、日本は明らかに後塵を拝しているのだが、その原因を作ってしまったのが、親日家であったリドリー・スコット監督による日本ロケによる大作『ブラック・レイン』(1989年)でのトラブルだった。

当初は、自身の『ブレードランナー』(1982年)での未来の猥雑な街並みを彷彿とさせる新宿歌舞伎町での撮影を望んでいたものの、まだフィルム・コミッションなどなく許可を得られなかったため、比較的協力的だった大阪での撮影が選択されたと伝えられている。

だが、それでもやはり道路での撮影許可などを取るのに役所の窓口をたらいまわしにされたりとトラブルが相次ぎ、結局予定していた10週間の撮影を半分の5週間で切り上げ、アメリカ国内各地でロケしたりセットを組んだりしなければならなくなった。この時の「日本は映画の撮影に対してまったく非協力的な国だ」という評価が、ハリウッドのプロデューサーたちの間で共有されることになってしまったという。

ちなみに、筆者は『ブラック・レイン』の大阪ロケの時、現地でエキストラの手配などに関わっていた友人から「こっちへ1週間来られるなら、松田優作の子分の一人として出させてあげるよ」と言われていたのだが、当時は日本ヘラルド映画の社員で東京本社勤務だったから、さすがに1週間は休めずに断念したのだった。

ポスト占領期に日本ロケによるハリウッド映画が多かった特殊事情とは?

ところで、実は日本でもハリウッド映画のロケ撮影が盛んに行なわれていた時期というのがある。それは、サンフランシスコ講和条約の発効によって7年ぶりに占領統治から独立国家へと戻ったポスト占領期のこと。当時の日本では為替管理で外貨の海外への持ち出しが制限されていたため、占領下の日本で圧倒的な人気だったアメリカ映画各社の売上も日本国内に凍結されていて、本国への送金が出来ずにいた。そこで、ロケ隊を日本に送り込んで、現地にプールされているお金を現地償却する形で映画を製作する対応が採られたのだった。

そうした凍結ドル資産を用いて日本ロケで作られたハリウッド映画としては、ジョゼフ・フォン・スタンバーグ監督の『アナタハン』(1953年)、サミュエル・フラー監督の『東京暗黒街 竹の家』(1955年)、マーロン・ブランド主演の『サヨナラ』(1957年)と『八月十五夜の茶屋』(1956年 ※こちらは本土復帰前の沖縄ロケ)、ジョン・ウェイン主演の『黒船』(1958年)といった有名な作品群のほか、『東京ファイル212』(1951年)、『やさしい狼犬部隊』(1955年)、『東京特ダネ部隊』(1957年)といったB級作品までもが次々と日本ロケで製作されている。

ちなみに、同じことは日本同様の敗戦国であるイタリアやドイツでも起こっていて、たとえばウィリアム・ワイラー監督がグレゴリー・ペッグ、オードリー・ヘプバーン主演により全編ローマ・ロケで撮った『ローマの休日』(1953年)なども、赤狩りが進行中のハリウッドから逃れたかったという理由以上に、イタリア国内で凍結されていたドル資産を用いての現地償却での映画製作という意味合いが強かった。……もちろん、こうした全編海外ロケ作品というのは、普段見慣れない風景の中で繰り広げられるドラマがアメリカの観客に対して疑似的な観光体験を提供して好評だったという側面もあるのだが。

フィルム・コミッションの相次ぐ設立と、海外プロダクションへの対応の増加

2000年代に入り、日本全国に相次いでフィルム・コミッションが設立されて以降、確かに1980年代末から1990年代当時と比べれば日本でも外国映画のロケ撮影が行われる機会は増えてきたように思う。2001年に東京ロケーションボックスが設立された際には、都知事だった故・石原慎太郎が「銀座でカーチェイス・シーンが撮れるようにする」と豪語して大いに期待を持たせた。

具体的には、スカーレット・ヨハンソンの知名度をぐんと上げた、ソフィア・コッポラ監督の『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)が、新宿や渋谷などの雑踏で言葉が通じずにさまよう様子を写し取っていたし、『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』(2006年)では、カー・アクション・シークエンスはアメリカで撮影されていたものの、渋谷などで撮影が行われている。また『ジャンパー』(2008年)では渋谷やレインボーブリッジで、さらに、クリストファー・ノーラン監督の話題作『インセプション』(2010年)では、静岡県の富士川周辺の茶畑や六本木アークヒルズのヘリポートなどで撮影が行われた。

その後、都内各地や広島でロケを行なったヒュー・ジャックマン主演のお馴染みのシリーズ『ウルヴァリン:SAMURAI』(2013年)、そして冒頭に触れた『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』(2021)へと続いていく訳だが、ほかにハリウッド映画ではなく香港日本合作映画で、ジャッキー・チェンが得意のカンフーの技を封印してシリアス演技に挑戦した『新宿インシデント』(2009年)が、2007年に新宿歌舞伎町や神戸の南京町でロケ撮影されている。

「日本での撮影は規制が多すぎて難しい」という相変わらずの現実

だが実態としては、東京ロケーションボックスの専従スタッフは2018年まではたったの3名しかいなかった(その後6名に拡充)し、少なくともハリウッド映画レベルの映画製作の実務面についての知識を持ち、プロデューサー側の立場で何が必要とされているのかを阿吽の呼吸で理解し、それに対する解決策を英語できっちりと説明できるくらいのスタッフが確保できていなければ、ロケをしたい側もさせたい側も、ストレスばかり溜まるはずだ。

実際、日本ロケ、特に東京でのロケを大々的にしたかったにもかかわらず、『ブラック・レイン』の時と同様の経緯でほとんど撮影が出来ず、仕方なく日本以外の場所にセットを組んで撮影せざるを得なかった、というようなケースも多々伝えられている。

さらに、たとえば『ラスト サムライ』(2003年)では姫路市の書寫山圓教寺でロケ撮影されたものの、街中の場面はハリウッドのスタジオに建てられたセットだし、戦闘場面などはニュージーランドでの撮影だった。また、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙 -サイレンス-』(2016年)のケースでも、舞台が長崎であるにもかかわらず、日本での撮影は規制が多すぎて難しいという理由で台湾でのロケとなった。

政府主導による日本ロケ誘致に対する助成金制度は機能するか?

こうした中、カナダや韓国がハリウッド映画の撮影誘致のためにいち早く取り組んできたのが、税制面での優遇措置や助成金支給によって「うちで撮影してもらえれば、こんなに製作費を節約できますよ」という、ハリウッドのプロデューサーたちにとって魅力を感じてもらえるような枠組み作りだった。日本政府も遅ればせながら、2017年になって「知的財産推進計画2017」で海外作品のロケ誘致強化を掲げ、『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』に対して、映像産業振興機構を通じて「大型映像作品ロケーション誘致の効果検証調査事業」対象作品として9600万円の支援金を支給、費用対効果を測定してみるに至った。

同作品の経済効果は、もちろん撮影クルーの落としていくホテル代や飲食費など副次的な部分も無視できないものとして大事なのだが、日本で撮影が行われたことによって「見てみたい」と思う人が増えることによって作品の興行収入増が見込める、という肝心の部分については、残念ながら興収が奮わなかったこともあり効果のほどは不明だ。

個々の作品に対してどの程度支援するかを恣意的に決めることは難しいだろうが、申請のあった作品の興行価値を見極められる“目利き”や、海外のプロデューサーの「何を欲しているのか」というメンタリティに通じていて、英語でのコミュニケーションを互いにストレスなく行える人材の育成といった辺りが先ずは必要なのだろう。

文:谷川建司

『ブラック・レイン』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「黄金のベスト・ムービー」で2022年8~9月放送、Blu-ray&DVD発売中、U-NEXTほか配信中

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