地球温暖化、農作物70品目に深刻なダメージ 品質低下や収穫量減少 コメ、野菜、果物、豆類…食卓が脅かされる

 6月、日本列島の多くの地域が早過ぎる酷暑に見舞われた。地球温暖化が進めば、こんな猛暑が日常になる日が来るかもしれない。こうした気候変動に翻弄され、影響が国内で既に表れている分野の一つが農業だ。
 共同通信が5~7月、都道府県を対象にした調査では、高温などで「品質低下」や「収穫量減」といった影響が出ている農作物は70品目以上という深刻な状況が判明した。一方で、環境の変化に適応しようと、多くの産地で新たな作物栽培や品質改良への挑戦が始まっている。各地の風土に合わせて農家が生産を続けてきた現場は様変わりしつつある。(共同通信=江濱丈裕、村越茜)

 ▽東京以外の46道府県で「農作物に気候変動の影響」

 調査は都道府県の農業担当部署に実施。その結果、気候変動の影響を受けている農作物が管内に「ある」と回答したのは46道府県に上った。東京都だけは「分からない」だった。

 影響を受けている農作物をできるだけ挙げてもらったところ、品目別で最も多かったのはコメの43道府県だ。ブドウ(31道府県)、ナシ(28府県)、トマト・キク類(ともに20県)、ミカン(20府県)と続く。豆類や野菜、果物、草花まで幅広く、身近な品目ばかりだ。
 具体的な現象としては高温、集中豪雨、降水量の増加、干ばつなどが指摘され、気候変動が食卓を脅かしている現実の危機を突き付けた。

 ▽今世紀末にはコメの収穫量20%低下の恐れ

 主力作物の代表であるコメ。具体的な影響として、白く濁る「白未熟粒(しろみじゅくりゅう)」や、亀裂が入って割れやすくなる「胴割粒(どうわれりゅう)」の発生、高温で増えたカメムシの被害などを指摘する自治体が目立った。品質低下や収穫量減少などに直面している。

 「被害が東北地方にまで広がっている。全国規模の深刻な問題」。調査結果に目を通した農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)気候変動適応策研究領域作物影響評価・適応グループ長の西森基貴さん(気候学・農業気象学)は指摘した。「コメの品質低下は1等米の比率低下につながる。農家にとって大きな打撃だ」
 農研機構が昨年7月に公表した研究結果では、日本の気温が大きく上昇した場合、今世紀末に全国の米の収量が20世紀末と比べて約20%減る恐れがある。白未熟粒の比率は、今世紀末には約40%になるとの予測も出た。
 調査では、都道府県の取り組みも紹介してもらった。コメの高温対策として多くの地域で取り組まれているのが水管理の徹底だ。長野県は「夜間のかけ流し処理による水管理の指導」、静岡県は「夏場の水温を下げるため、夜間通水を推奨している」と説明。石川県も「刈り取り直前までの通水実施」などと回答した。

コメの現状について説明する、西森基貴・農研機構グループ長

 高温で増えたカメムシが、イネの養分を吸うといった「虫害」も増えている。秋田県は対策として「薬剤散布や、カメムシの生息域となる雑草地などで除草を徹底」しているという。
 田植えの時期をずらすといった、農作業の時期を考慮している地域も多い。真夏の高温を避けるためだ。「田植えの時期を繰り下げ、出穂の時期を遅らせる」(富山県)、「出穂時期を遅らせるなど移植時期の適正化」(兵庫県)、「移植時期の変更」(高知県)との説明があった。ただ、西森さんは「農業用水や労力確保の事情から、この工夫も限界があるのが実情」と話す。
 西森さんが切り札として期待するのは、暑さに強い新しい品種「高温耐性品種」の開発だろう。共同通信の調査でも、20以上の府県が育成や普及に言及した。多くの地域がオリジナル品種の育成に努めている。

 農林水産省によると、高温耐性を持つコメの作付面積は増加を続け、2020年産は全体の11・2%を占めるようになった。「うまく導入が進めば、気候変動の深刻な影響は軽減できる」と西森さん。「ただ、品種を改良するには時間がかかるし、開発を急ぐ必要がある。自治体の情報交換も重要だ。地域経済を支えるコメのほか農作物の生産を、気候変動の状況でも引き続き可能にしていく必要がある」と強調する。

 

▽ナシの不作は「寒くない冬」の影響も大きい

 果物の影響も見てみよう。共同通信の調査では、着色不良や開花不良、浮き皮を指摘する回答が多かった。西森さんは「果樹はいったん植えたら長期間にわたって栽培が続くため、温暖化の影響が出やすい」と指摘する。愛媛宇和島市のブラッドオレンジのように、本来はより温暖な地域の果樹を植えるといった適応策も広がっている。

 国内の気候変動で頭に浮かびやすいのは夏の記録的酷暑だが、暖冬で窮地に追い込まれる農作物も少なくない。日本人に長年愛されてきたニホンナシは、実を付けるのに冬の寒さがしっかりと必要な果物だ。それが冬の高温傾向で危機に直面している。
 鳥取大農学部の竹村圭弘准教授(園芸生産学)によると、ニホンナシは収穫後の秋以降、一定期間低温にさらされて休眠に入る。春までに低温での時間が蓄積されることで休眠が破られ、発芽・開花する。発芽などがうまくいかなければ不作となる。

 適切な発芽・開花までに必要な時間数である「低温要求量」は、品種によって異なるという。「豊水」は8度以下の時間が800~1000時間、「幸水」は1000~1200時間が必要。鳥取県の代表品種「二十世紀」は1200~1400時間だ。

タイワンナシとニホンナシを掛け合わせたナシの実を示す竹村圭弘准教授=6月、鳥取市の鳥取大キャンパス

 竹村准教授は「2000年ごろから晩秋に高温の日が続き、発芽や開花がうまくいかない現象が九州中心に見られるようになった」と指摘する。鳥取県園芸試験場果樹研究室の井戸亮史室長も「鳥取県でも既に影響が出ている」と話す。県内で作られる品種で低温要求量の多い「王秋」では、開花数が例年より少ない年も出てきたという。
 竹村准教授は、約80年後の2100年には11~20年の平均気温より3・7度上昇すると仮定。王秋などの品種は、関東以西の沿岸部で作るのが困難になると予測する。「千葉などの産地を抱える関東が影響を受ければ、生産量が激減する」と危機感を示す。
 適応策として、竹村准教授らは暖冬でも対応できる新品種の開発に取り組んでいる。2005年ごろから、台湾に自生していて低温要求量が少ないタイワンナシとニホンナシを掛け合わせた品種の育成を始めた。タイワンナシの花粉をニホンナシに人工授粉させてできた実の種から“子どもの木”を育てる。その花粉を別の品種のニホンナシに人工授粉。その実の種を植えて成長した“孫の木”が、鳥取大キャンパスで実を付けるようになった。

 竹村准教授は「タイワンナシは硬くて甘みもなく、食用に向かないが、おいしい実を付けるようになった」という。もう一回、別のニホンナシを掛け合わせ、さらに改良を図る。「2100年はそれほど遠い未来ではない。今、手を打たないと手遅れになる」と強調した。

 ▽「東北が北限」だったサツマイモを育てる北海道の農家

 

 農家も手をこまねいている訳にはいかない。極端な天候の多さを感じ取り、作物を適応させようと模索している。
 「北海道でサツマイモなんて、一昔前では考えられなかったけどね」
 国内有数の食料生産基地とも言われ、広大な畑が広がる北海道十勝地方の芽室町。記者がジャガイモ農家の鈴鹿誠さん(57)を訪ねると、サツマイモの種イモを育てているビニールハウスを案内してくれた。

サツマイモの種イモを持つ鈴鹿誠さん=5月、北海道芽室町

 サツマイモは温暖な気候が適しているとされる。だが、今後の気温上昇を見込み、数年の試行を経て今年から本格的にサツマイモ栽培を始めた。
 主力はあくまでジャガイモだが、「温暖化でとれなくなってきた。作物を増やして収入が減った分を補い、適応していきたい」と鈴鹿さん。リスク分散として、落花生も栽培するようにした。
 温暖化による北海道の農業への影響に詳しい北海道立総合研究機構の小野寺政行さんによると、冷涼な気候に合うジャガイモは暑いと枯れや病気が生じやすい。小野寺さんは現在と比べてジャガイモの収穫量が2030年代に15%程度減少すると予測する。気温上昇による蒸発水分の増加で降水量が増え、日照が減ると見込んでいるためだ。
 農家の新規作物導入を支援する北海道立総合研究機構の高浜雅幹さんによると、収入目的のサツマイモ栽培はかつて、東北地方が北限と考えられてきた。しかし、北海道も気温が上昇し、約10年前から条件を満たすようになった。ただ、栽培期間は本州より20日間程度長くかかる。
 農業と天候の関係は深い。芽室町のジャガイモ農家、森浦政明さん(78)は、20代のころから続けている日記に日々の天気を書き残してきた。森浦さんの目には最近の天候が「異常以外に言いようがない」と映る。「昨年は7月の高温にやられ、ジャガイモの収穫量が20%も減った」

毎日天気を記録している日記を持つジャガイモ農家の森浦政明さん=5月、北海道芽室町

 気象庁によると、芽室町では1980~2009年、最高気温が30度以上の「真夏日」が7月は平均約2・8日だった。これに対し昨年7月の真夏日は11日。「あまりにも暑すぎる」と日記に記した。
 芽室町の農家で、ジャガイモや北海道の自然の魅力を動画投稿サイト「ユーチューブ」で積極的に発信している粟野秀明さん(58)も「最近の天候は極端だ」と感じている。

 5月に粟野さんを訪ねると、雨不足でさらさらと土が乾いた畑に困惑していた。ところがその後は雨天が多く、今度は「日照不足が心配」になった。
 土壌改良などを重ね、「自分のジャガイモが日本一おいしい」との自負がある。温暖化への不安は尽きないが、「どんなに気候が変わろうと、ジャガイモはやめない」。

 ▽シチリア島の気温に近づく愛媛・宇和島市

 気温上昇に見合った、新しい農作物に挑戦する事例は各地にある。愛媛県宇和島市の、海に面した山の斜面。深緑の葉が西日に輝いていた。「気温が高く、おいしいブラッドオレンジができる一等地です」。まだ小さい実を見つめながら、「山内ファーム」代表の山内直子さん(57)がほほ笑んだ。

ブラッドオレンジ「タロッコ」を手にする山内直子さんと高木信雄さん=6月、愛媛県宇和島市

 ミカン農家の3代目。約5ヘクタールの畑で温州ミカンなど20種以上のかんきつ類をつくる。赤い果肉が特徴のブラッドオレンジは、首都圏の高級レストランに卸すなど好評だ。「日本にミカンの産地はたくさんあるけど、ブラッドオレンジはここだけという特別感がある」と思い入れを語る。
 気温上昇を背景に、宇和島市の生産者がブラッドオレンジに取り組み始めたのは2000年代の初めごろだった。
 気象庁によると、宇和島市の年平均気温はおおむね15~16度台で推移していたが、1990年代以降は17度台が増えるようになった。近年はブラッドオレンジの主産地、イタリア・シチリア島の18度程度に近づいている。

 イタリアなどを視察し、ブラッドオレンジの栽培を提唱した愛媛県みかん研究所元所長の高木信雄さん(73)は「新しいことに挑戦する遊び心が発端だったが、100年前に比べて気温が1度以上も上がっている。できるという確信があった」と振り返る。

 宇和島市などを管轄するJAえひめ南によると、出荷が本格化した2009年以降、生産者と出荷量はともに増加している。現在は300人以上が生産に取り組み、21年は約350トンを出荷した。
 新たな名産が生まれた一方、宇和島市では主軸の温州ミカンが温暖化の影響を受けている。収穫前の秋の高温で、皮と果肉の間に空洞ができる「浮き皮」が多く見られるようになった。初夏の高温で実が木から落ちる「生理落果」の増加や外皮の日焼けなど、気候変動と関連が疑われる現象が発生している。
 農林水産省によると、温州ミカンの栽培に適するのは年平均気温が15~18度の地域。愛媛県みかん研究所育種栽培室の菊地毅洋室長は「温州ミカンが作りにくくなっている」と説明する。
 JAえひめ南みかん指導課の大加田聖司課長は「ブラッドオレンジの生産に力を入れたい」とする一方「栽培技術を駆使し、気候変動に温州ミカンが適応するすべを探り続ける」と強調した。

 ▽ワサビ栽培の命「湧き水」が減少、原因は多すぎる雨量?

 

 青々とした葉が清流にそよぐ静岡県伊豆市のワサビ田。JAふじ伊豆で15年以上ワサビを担当する日吉新さんに近年、複数のワサビ農家から「湧き水が減った」と報告が入るようになった。
 原因ははっきりしないが、日吉さんらは、湧き水をもたらす近くの天城山付近の雨の降り方を疑っている。「湧き水が一定の量保たれるには適度な雨量が望ましいが、最近は極端に降る雨が多い。山の保水力は限度がある。恒常的に流れる湧き水が減ったのでは」と推測している。
 ワサビ農家の荻原基一さん(54)のワサビ田を訪問すると、土がむき出しになった一角があった。「湧き水が減り、一部を放棄せざるを得なかった」。湧き水は約5年前から減って水深が浅くなり、水温も上昇。水から露出した根が腐る「根腐れ」が目立つという。
 沢などで栽培する水ワサビは暑さに弱く、水温は8~18度が適温とされる。気象庁によると、伊豆市に近い同県三島市の年平均気温は100年あたり換算で2017年までに2・4度上昇した。「生育環境は年々悪化している」と日吉さん。

放棄したワサビ田に立つ荻原基一さん=5月、静岡県伊豆市

 相次ぐ極端な雨で、日吉さんは「豪雨による土砂崩れでワサビ田が壊れ、使い物にならなくなったという相談が増えている」と説明する。荻原さんは「毎年のようにかかる数十万円の復旧費用が重い負担だ。被害は今後広がるのでは」と不安を口にする。
 東京都市大の馬場健司教授(環境政策学・合意形成論)は「農業は気候変動の影響が現れやすい分野で、農業従事者の危機感は強い。農法変更や品種改良などの対応だけでなく、長期的な適応策として作物の転換を始めた地域があり、さらに増えるだろう」とみる。
 馬場教授は「これまでは時期に応じて産地を替えて農作物を安定供給する『産地リレー』により、特定の地域が不作でも消費者に影響は見えにくかった」と指摘する。今回の調査により「全国的な被害が明らかになり、自分事として捉える人が増えるよう期待する」。
 調査では、都道府県から国に対する要望として、高温に強い品種開発や、自治体への支援、影響予測情報の提供、ほかの地域の対策共有などを求める声が出た。馬場教授は「農業は高齢化や担い手不足といった脆弱性を抱える一方、適応すれば新たな名産品が生まれる利点もある。適応するには長期的な見通しと戦略が不可欠だ」と力を込めた。

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