<レスリング>【2022年インターハイ・特集】混戦の女子53kg級は原田渚(兵庫・芦屋学園)が完勝の優勝

 

(文=ジャーナリスト・粟野仁雄)

 昨年2位の尾西桜(埼玉・埼玉栄)が階級変更し、本命不在とも言われた2022年インターハイ個人戦・女子53kg級。有望視された湊莉菜(北海道・帯広北高)が早々に敗退するなど混戦模様となった。

 そんな中、決勝は原田渚(兵庫・芦屋学園)澤田美侑(東京・日体大桜華)が激突し、原田が第2ピリオド、10-0のテクニカルフォールで完勝。同校初のインターハイ・チャンピオンとなった。 

兵庫・芦屋学園から初の全日本王者に輝いた原田渚=撮影・矢吹建夫

 静かな試合だったが、1ピリオドが終わる直前、原田がタックルからバックを取り、そのままローリングに持ち込んで転がして加点してゆく。澤田はなすすべがない。原田は一挙に8点を取り、第2ピリオドにも加点して、テクニカルフォールであっという間に試合が終わった。

 終了ブザーが鳴ると、突っ伏した相手の横で片膝をついたまま、こぶしを握ってニコリとうれしそうな顔をした。

 「最初からローリングを狙っていたんですよ」と、納得の試合に本人も満足そう。試合後に治療が必要なほど右足を痛め、マットを降りたあとは引きずっていたが、坂本涼子監督らと退場する時は、勝利のうれしさでその痛さは気にならない様子だった。

 芦屋学園は前日、キャプテンの池畑菜々が準々決勝で敗退してしまっていた。チームの悔しさを同僚の原田が見事に晴らしてくれた。

強豪ひしめく女子53kg級だが、あえて激戦階級に挑む

 川西市にある自宅から高校のある芦屋市まで、原田は能勢電鉄と阪急電鉄を乗り継ぎ、片道約1時間半をかけて通っている。

テクニカルフォールで勝って優勝、会心の笑顔を見せた=撮影・筆者

 こうした環境の中で、昨年12月の天皇杯全日本選手権にも出場した。「1回戦で敗退したんです。今年は、もっと勝ち上がりたい」と上を目指す気持ちは十分。

 女子53kg級はオリンピック実施階級で、2024年パリ・オリンピックに向けて、天皇杯・明治杯を連覇して公式戦100連勝を達成した世界チャンピオンの藤波朱理(日体大)や、東京オリンピック金メダルでこの階級へUターンが予想される志土地真優(旧姓向田)を筆頭に、元世界チャンピオンの奥野春菜(自衛隊)や55kg級世界2位だった入江ななみ(ミキハウス)ら強豪がひしめく。

 それでも、原田は「この階級で頑張っていきたいです」と前を向いた。高校卒業後は群馬県の育英大学に進学を希望している。

全国有数の高級住宅街から世界で通じる選手を育てる

 今大会、芦屋学園は重量級こそいなかったが、女子47kg級から62kg級までの5階級に合計10人がエントリーしていた。18人が参加した53kg級には3人が名を連ねた。

原田渚を指導する坂本涼子監督=撮影・筆者

 指導する坂本涼子監督は、まだ女子がオリンピック種目でなかった頃に活躍した選手。兵庫県出身で、大阪・吹田市民教室でレスリングをはじめ、中京女大(現至学館大)に進んだ。1987年の第1回全日本女子選手権で優勝し、92年まで5連覇。1992年の世界選手権で優勝した。

 引退後は同大学の専任講師になる一方、レスリングの指導もしてきた。 現在は故郷の兵庫県で後進を指導し、「六麓荘町」という芦屋市の山手に広がっていて全国有数の高級住宅街と言われる場所にある高校から、有望な選手を送り出している。

 この日も決勝戦で原田に「ナギイ(渚)、そこだよ、気をつけて」「低く、低く」などと懸命に声をかけていた。

 原田が見事に優勝し、2人で歓喜に浸っていると、かつての夫だった栄和人・至学館監督が「よおーっ、おめでとう」と駆け寄り、握手を求めた。

 栄監督はこの大会、坂本さんとの間の娘である至学館・希和コーチとともに、ライバルの至学館の選手を率いている。レスリングという存在が、今でも3人をつないでくれている。実にいい光景だった。

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