ダウン症の高校生がマクドナルドでバイトを始めたら「職場の空気が変わった」 ベテラン店員も「教わることが多い」本物の〝スマイル0円〟

トレーを拭くアルバイトの渡辺佑樹さん=5月

 東京都立荻窪高2年の渡辺佑樹さん(18)=東京都世田谷区=はダウン症。4月からマクドナルドの店舗でアルバイトをしている。シフトは週3回。時給も他の高校生と同じだ。知的障害や自閉症があり、流ちょうな会話や計算は苦手だが、ベテラン店員も「教えてもらうことが多い」と舌を巻くほどの仕事ぶりで、職場の雰囲気を変え始めた。実際に店舗を訪れると、周囲の温かいまなざしに見守られた佑樹さんの、とびきりのスマイルを見ることができた。(共同通信=小田智博)

 ▽「接客の原点」ができていた
 ダウン症の正式名称は「ダウン症候群」。人間には通常、遺伝子を含む染色体が23対、計46本あるが、ダウン症の場合は21番目の染色体が3本あり、運動機能や知的な発達に遅れが見られることが多い。
 私は、障害がある子とそれ以外の子どもが、共に地域の学校で学ぶことをテーマに取材を進めている。ある時、こんな情報を耳にした。「マクドナルドでアルバイトを始めたダウン症の高校生がいる」
 5月31日、佑樹さんが働くマクドナルド経堂駅前店(世田谷区)に入った。260席ほどもある大型店。車いすでも通れるゆったりした通路があり、エレベーターも完備したバリアフリーな店舗だ。
 1階の奥にあるカウンターを見ると、ユニホーム姿の佑樹さんが、使用済みのトレーを丁寧に拭き上げていた。十数枚全てを終えると、表情を緩め「できましたー」と大きな声。指導役の店員佐藤ますみさん(47)が「どこに持っていこうか」と聞くと、すぐにトレーを抱え、調理場の定位置に積み上げた。

トレーを拭き終わり、拍手して喜ぶ渡辺佑樹さん=5月

 定時制の高校に通っており、勤務は平日の授業前後の2、3時間。この日は床の掃き掃除や、階段の手すり拭きなどにも取り組んだ。性格は「人と会うのが好き」。取材でカメラを向けると、ピースサインをしておどけてくれた。2時間の勤務を終え、ゆっくりした口調で「トレーを拭くのが楽しかった」と笑った。
 佐藤さんは、店がオープンした2011年から勤務するベテランのクルー(店員)。佑樹さんの働きぶりについて尋ねると「教えてもらうことが多いです」と語った。
 どういうことだろうと思っていると、佐藤さんはこう続けた。「誰にでも元気にあいさつをして、いつも明るく一生懸命なんです。それって接客の原点じゃないですか。私の方が学ばせてもらっています」
 佐藤さんによると、ほかのクルーも佑樹さんと一緒に働く中で「仕事に対する意識が自然と高まっている」ように感じられるという。
 店長の白鳥隆之介さん(40)も「若いクルーがどんな風に受け止めるだろうかと思っていたが、心配はいらなかった」と話す。佑樹さんは人の名前を覚えるのが得意。クルーの中には、自分の名前を呼んでもらい「覚えてくれてうれしい」と話す人もいるそうだ。

階段をほうきで掃く渡辺佑樹さん=5月

 白鳥さんは「将来的には毎日の清掃を任せたい。サラダ作りにも取り組んでもらえたらと思っている」と期待を込める。佑樹さんも、立ち仕事にしっかり対応できるようにジムで腹筋や背筋を鍛えるなどして、期待に応えようとしている。
 日本マクドナルドによると、全国の店舗数は4月末時点で、フランチャイズ店も含め2947店舗。各地の店舗でも、身体障害や精神障害を含め、さまざまな障害がある人が働いている。ただ、障害の詳しい内容や程度は本部では把握していない。ダウン症の高校生のクルーがほかにもいるのかは分からないが、相当珍しいことは間違いないようだ。

 ▽店長がつないだ「4年前の約束」
 佑樹さんがアルバイトになったきっかけは「4年前の職場体験でした」と話すのは、母でバレエピアニストの範子さん。佑樹さんが世田谷区立中学校の2年生だった2018年秋、授業の一環で職場体験をすることになった。働くことへの意識を高めるといった目的で全国的に行われている取り組みだ。
 範子さんによると、この中学校の場合、体験する職場は学校が事前に企業と話を付けて、生徒を割り振ることも多かった。一方、佑樹さんについては学校側から「お母さんの方で受け入れ企業を探してくれないか」と言われた。
 障害がある息子を受け入れる企業があるだろうか。範子さんは不安を抱えながらいくつもの企業に当たった。自身の勤務先にほど近いマクドナルド経堂駅前店に相談したところ、当時の店長の安部進さん(48)は障害のことも聞いた上で快諾してくれた。

 体験は3日間。範子さんは佑樹さんの着替えを手伝い、常にそばで見守った。2日目が終わった時、安部さんから「最終日は佑樹さん一人でやらせたい」と打診された。親の手助けなしにどこまでできるのか見たいという意図だった。3日目、佑樹さんは時間はかかったものの一人で着替え、机を拭くなどの仕事をやり遂げた。終了後、佑樹さんは安部さんから「高校生になったら一緒に働こう」と声をかけられた。

前店長の安部進さん(右)、現店長の白鳥隆之介さん(左)に挟まれ笑顔の渡辺佑樹さん=5月

 佑樹さんは中学卒業後、東京都内の特別支援学校高等部で1年を過ごした後、定員割れだった荻窪高を受け直し、昨春入学した。アルバイトは、特別支援学校では禁止と言われていたが、荻窪高では認められている。範子さんは卒業後を見据え、社会経験を積ませたいと考えて店を再び訪問した。安部さんは別店舗に移っていたものの、その日たまたま勤務していたベテランクルーの佐藤さんが、佑樹さんのことを覚えていた。話は現店長の白鳥さんに伝わり、採用が決まった。
 範子さんは、職場体験の際に撮影していた写真や映像を佑樹さんに見せ、アルバイトに行くかどうか聞いた。佑樹さんは「やる」と答えた。
 5月31日、私の取材日に合わせ、前店長の安部さんも久しぶりに経堂駅前店に来てくれた。職場体験を含め、多くの若者と一緒に働いてきたが、佑樹さんのことはよく覚えているという。4年前の「約束」が実現したことを喜び、佑樹さんの仕事ぶりを見て「大きな声であいさつする名物クルーになってくれたらいい」と目を細めた。佑樹さんは、久々の再会に「安部さん、好きー」とはしゃいだ。

前店長の安部進さんとの再会を喜ぶ渡辺佑樹さん=5月

 経堂駅前店は、日本マクドナルドとフランチャイズ契約を結ぶクォリティフーズ社(東京)が運営している。クォリティ社が運営するのは群馬、東京、新潟、長野の約150店舗。人事部長の須藤啓一さんは「会社としては、障害者の雇用についてあまり進んでいなかった。店に応募があっても、店長の独断で断るケースが多かったようだ」と話す。
 昨年から、応募があった場合は必ず本社に連絡を入れるように周知し、採用を後押しすることにした。須藤さんは、職場体験から採用につながった佑樹さんのケースを先駆的な取り組みだとし、「店長がいいアクションをしてくれた」と高く評価している。

 ▽「特別な才能」は見いだせなくても
 母の範子さんによると、佑樹さんが自分で進学先や学びごとを一から探すのは、障害の程度からいって難しい。だから親としてどんな選択肢を示すのが息子にとっていいのか、悩みながらここまでやってきた。

マック経堂駅前店の前に立つ渡辺佑樹さん(右)と母範子さん=5月

 区立小学校では3年まで特別支援学級で学んだ。4年からは、小学校の間だけでも地域の子どもといつも一緒に過ごさせてあげたいという思いから、普通学級へ。高齢者施設でリコーダーを披露する姿などに成長を感じ、区立中でも普通学級を選んだ。学校側との交渉の末、ラグビー部に入り、週1回だけ一緒に活動することになった。
 中学卒業後も、いったんは特別支援学校を選んだ。その方が将来の仕事につながると考えたからだ。ただ、学校での指導は範子さんが思い描いていたようなものではなかった。遠回りをした形になったが、荻窪高に入り直したことで、今回のアルバイトにつながった。「しっかり働いている姿が見られてよかった」と喜びをかみしめている。
 佑樹さんが小さかったころ、範子さんはダウン症のダンサーのステージを見て心を動かされた。「希望だ」と感じ、佑樹さんをダンススクールに何年も通わせたが、あのダンサーのような腕前にはなれなかった。
 範子さんは「ダウン症だからこそ、何か特別に秀でたものがあったらいいなと思い、幼少期はいろいろな習い事をさせた。だけど、飛び抜けて『できる』ものは見つからなかった」と振り返る。でも、そんな息子が今、周囲の高校生と分け隔てなくアルバイトをしている。障害者の就労を考える上で意味があると感じている。
 範子さんの心配の種は尽きない。たとえば、佑樹さんは朝が苦手でバイトに行き渋ることもある。親切にしてくれる店員の人たちがいなくなってしまったら、トラブルが起きるかもしれない。それでも、今は「できるだけ長く、みんなと楽しく働き、健常者との間の壁を壊してほしい」と願っている。

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