「戦争の脅威があったことすら知らなかった」地元にあった「殺人光線」の研究施設 高校生が声で伝える“わたしの町の戦争”【こどもとせんそう】

シリーズ「こどもとせんそう」。今回は、全国から科学者を集め、静岡県島田市で行われていた極秘の研究と高校生のお話です。

島田市の金谷タクシーでは、地元の戦争遺跡を巡るツアーを実施しています。

<金谷タクシー 塚本昭社長>

「こちらが牛尾山になります。いま工事でだいぶ切り崩されたんですけど、このあたりに第二海軍技術廠によって行われたZ研究 牛尾実験所がありました」

終戦間際、現在の島田市に建設された牛尾実験所。ここで行われていたのが「Z研究」です。

強力な電磁波を直径10mのパラボラアンテナで照射し、アメリカ軍の爆撃機を撃墜する。いわば巨大な電子レンジのような兵器を作る研究でした。圧倒的不利な戦局を打開するため、旧日本海軍は、のちにノーベル物理学賞を受賞する湯川秀樹や朝永振一郎などのトップレベルの科学者を招集。しかし、「殺人光線」は、完成することなく終戦を迎えました。

<金谷タクシー 塚本昭社長>

「終戦ギリギリのところに、まだ戦い続けるための研究が進められていたのが一番衝撃的でした」

2015年1月。大井川の河川工事のため、牛尾実験所の遺跡の大部分が取り壊されました。この取り壊しをきっかけに、金谷タクシーでは戦争遺跡を案内するツアーを始めました。

<金谷タクシー 塚本昭社長>

「戦争は一回始めてしまうと終わるに終われなくなってしまう、引き返せなくなるものだと、よくうかがいしれるものだと思う」

若い人たちにZ研究をどう伝えていくか。島田近代遺産学会の新間雅巳さんは、会の仲間と日々、模索しています。

<島田近代遺産学会 新間雅巳代表>

「当時実験所のメンバーだった人も大部分は亡くなった。正直私たち自身も高齢化しています。そういう中で戦争を語り継いでいくのはとても難しいこと」

8月3日、新間さんは島田樟誠高校を尋ねました。演劇部の3年生、大野由愛さん(18)と土屋綺良さん(17)さんです。

<ガイド音声>

「みなさん、海軍島田実験所には、もう行きましたか?そこで行われたZ研究の施設を移転したのがここ牛尾実験所です」

「島田近代遺産学会」では、島田市の戦争遺跡などを案内する音声ガイドを制作しました。今回、演劇部の2人に声の出演を依頼しました。

ガイドの声を収録する前に2人は牛尾山に行き、Z研究について学びました。

<島田市出身 大野由愛さん>

「もともと島田で戦争の脅威があったことすら知らなかったので、すごく驚きました」

Z研究は戦時中は秘密研究として、戦後は負の遺産としてその存在を伏せられ、地元でもあまり知られてきませんでした。

「Z」の文字通り、「最終」を意味した秘密研究の遺跡は時代と共にその姿を消しました。

<大野由愛さん>

「平和だし長閑だし、ここで研究していたと思うとちょっと怖い。こんな場所でも、そういうことをやっていたので、そう思うと戦争は嫌だなっていう気持ちはあります」

<土屋綺良さん>

「悲しいなと思いました。こういう歴史があることを多少でも知ってもらって、戦争の怖さを教えていけたらいいと思います」

<新間雅巳さん>

「今もウクライナ戦争で亡くなっていく方、傷ついていく方、多くありますけど、そうなったら終わり。それが77年前、自分たちの生きるこの世界、この地方でも起こっていたということを実感してほしい」

<音声ガイド>

「太平洋戦争中に、ここ島田で秘密兵器の研究がされていたことは、ほとんど知られていないよね。戦争の歴史遺産についても今に生きる私たちが将来に繋げていきたいよね」

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