10式戦車は生き残れない(上)

清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・防衛省、自衛隊は国産兵器を開発するときに、「我が国固有に環境と運用」に適した装備が必要というがそれを意識すれば10式は必要ない。

・10式戦車開発にあたって、何輌の10式戦車がどのような目的で必要であり、それは戦力化まで何年かかり、開発含めた総予算がいくらかかるかという計画が国会に示されていない。

・「我が国独自の環境と運用」を鑑みれば、敵の歩兵やドローンから戦車を守るRWSの装備は他国よりも、より必要。

防衛業界筋によれば防衛省、陸上自衛隊幕僚監部(陸幕)は現在調達中の10式戦車の調達停止を検討しているようだ。10式戦車はこれで117輌調達されているが、まだ使える90式が300輌以上残っている。これを廃棄するのは問題だという意見があるからだ。

米、仏、英、独、伊、更にはスイス、スウェーデン、デンマーク、カナダなど先進国でも多くの国は90式と同じ第3世代の戦車を近代化して3.5世代戦車として使用している。わざわざ3.5世代の戦車を全く新規に開発する贅沢はしていない。

本音のところでは、今後次期装輪装甲車や共通戦術装甲車、小型装甲車など3種類の新型装甲車の採用と生産が予定されており、10式戦車も作っている三菱重工の生産力のキャパシティが確保できないからだろう。そうであれば手段である装備調達が目的化していることになる。

そもそも問題は自衛隊装備調達の通弊だが、10式戦車開発にあたって、何輌の10式戦車がどのような目的で必要であり、それは戦力化まで何年かかり、開発含めた総予算がいくらかかるかという計画が国会に示されていないことだ。

国会はどんな目的で、何輌がいつまでに戦力化されて、それに予算がいくら掛かるか知らないで、開発及び生産予算を承認し続けている。出てきた予算をただ承認しているだけであり、これは文民統制とはいえない。

10式戦車は何故必要なのか。そもそも防衛大綱を読めば10式の必要性は大概疑わしい。防衛大綱では大規模な敵の機甲部隊、すなわち連隊、師団規模の揚陸作戦は想定しづらいとしている。中国にしてもそのような大規模揚陸作戦を行う能力はない。あるのは米国だけだ。

つまり戦車同士が大規模な機甲戦を行うことは想定しないということだ。想定される有事は島嶼防衛であり、ゲリラ・コマンドウ対処である。島嶼防衛では戦車は有用ではない、ゲリラ・コマンドウ対処では普通科などの火力支援であり、最新型の戦車はこれまた必要ない。それらの目的であれば90式、もっと古い74式戦車の近代化でことは足りる。

更に近年ではサイバー戦や中国の弾道弾に対する脅威が認識されており、これらでも戦車は必要ない。

ウクライナのような平原が多く、なおかつ陸上に国境がある国であれば、隣国ロシアの大規模な機甲部隊に備えるために機甲部隊の整備は必要不可欠だが、我が国は環境が違う。

防衛省、自衛隊は国産兵器を開発するときに、「我が国固有に環境と運用」に適した装備が必要というがそれを意識すれば10式は必要ない。

無論未来永劫機甲戦がないとは断言できない。であればその運用ノウハウ維持のために種火程度の機甲戦力を維持すれば良い。戦車は現在定数が300輌だがこれを100輌程度までに減らしていいだろう。

筆者は長年不要な戦車は減らして、その予算や人員を既存装甲輌の近代化やネットワーク、ドローンなどの新たな装備に投資すべきだ、それをやることによって機甲部隊の「現代化」も達成できると主張してきたが、ウクライナへのロシアの侵攻ではそれが証明されている。ロシアの多くの戦車がドローンによって探知、攻撃されて主砲を撃つ前に次々と撃破されている。

10式戦車は将来の戦場では生き残れない。また製造を続けても国防に寄与しない。戦後の日本の戦車は61式戦車以来、殆ど近代化が行われていない。これは90式も同じだ。

当然10式もそうなるだろう。事実10式は採用されて10年以上経つが、近代化の計画はない。仮に近代化を企画しても無理だろう。既存の10式を近代化する予算を陸幕は捻出できない。そして例によって10式戦車は冗長性を考えずに作られている。本体40トンを実現するために車体が無理なまでの小型化されて、内部ボリュームにも余裕がない。

10式のコンセプトは本来40トン、最大でも44トン、増加装甲と燃料弾薬を下ろせば、40トントレーラーで移動できる、だから通れる橋梁も多く、北海道以外で90式より多くの地域に進出できる、というものだ。これが売りだったし、他国がやっているように第3世代の90式を近代化せずに新型戦車を開発する大義名分になっていた。

だがご案内のように防衛大綱で敵の機甲部隊が大部隊で上陸してくる可能性は低いとしている。であれば、機甲戦を主体とした10式の開発、配備は必要なかったはずだ。

つまり、10式は重量が増加する近代化はできない、それができるのであれば、何でまだ使える90式の近代化で乗り切らなかったのか、と批判されることになる。

そもそも10式は現代の機甲戦闘で生存できない。装甲が厚いのは主に、砲塔と車体正面でだけであり、安普請で他国の3.5世代戦車よりも生存性が低い。これは冷戦期、あるいは昭和の戦車である90式と同じだ。

10式は開発時に財務省を説得するために90式より同等か、安くしないと認められないという事情があった。であれば高価な複合装甲を多用したり、生存性を上げるための装備を搭載することができなかった。それが外見からでもわかる端的な例が側面スカートです。ただの数ミリの鋼製で、90式と同じだ。現在のミサイルには無力だ。ウクライナで問題になった車体上方からのトップアタック攻撃に極めて脆弱だ。

他国の戦車は多く、機銃などの火器と光学・電子センサー、安定化装置、レーザー測距儀などを組み合わせたRWS(リモート・ウェポン・ステーション)を採用しているが10式は採用していない。人口の7割が都市部に住み、ゲリラ・コマンドウ対処では都市部での戦闘が想定される「我が国独自の環境と運用」を鑑みれば、敵の歩兵やドローンから戦車を守るRWSの装備は他国よりも、より必要なはずだが、導入されていない。それは重量と、調達単価が上がってしまうからだろう。

写真)10式は重量と単価で制約があった

出典)筆者提供

我が国の戦車は90式まで他国の戦車の3倍程度の単価だったがが、それが10式で旧に90式とほぼ同じ、他国の戦車より圧倒的に安くなるということ自体、いかがわしい話だと疑って然るべきだろう。

陸幕は慢性的に金欠で、調達後の戦車の生存にも無関心だ。90式の期限が切れた消化器の更新すらしないほどカネがない。それは実戦を想定していないからだ。新しい玩具を欲しがる子供と同じで、軍事のプロとしての思考ができない。

今回のロシアのウクライナ侵攻でも、戦車はドローンによって遥か遠くから探知され、自爆ドローンや誘導砲弾トップアタック、砲兵や迫撃砲の精密誘導砲弾などによって、主砲を撃つ前に多くが撃破されている。

そうであれば、増加装甲などによる、装甲強化、赤外線シグニチャーの低減、ドローンや敵の歩兵に対するRWS、敵に先んじて情報を取るためのドローンの装備、APS(積極防衛システム)の導入、歩兵とより緊密に連絡できる通信システムなどが必要だが。10式にはどれも不十分だし、陸幕は近代化をする気も、予算もない。

更に申せば、夏に気温40度にもなる「我が国固有の環境」にもかからず10式、既存の90式にはクーラーがない。クーラーは乗員の疲労を低減するだけでない。NBC(核・生物・化学兵器)環境化における活動を可能とするためにも必要不可欠だ。クーラーの導入、更に前記のようなシステムを動かすためにはエンジンの出力強化、あるいは補助動力装置の強化が必要だ。だがそれらを搭載する重量的な余裕も予算の余裕もない。

写真:第3世代の90式戦車

出典:筆者提供

(続く)

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