ドラマでイルカのトレーナー役…実際に接して分かった能力と危険性【杉本彩のEva通信】

鷹巣漁港内を泳ぎ回るイルカ=4月25日、福井県福井市蓑町

今年の春ごろから、福井県の沿岸で野生のイルカが目撃されるようになり、6月には福井市の海水浴場の波打ち際まで近寄って来るようになった。その後、遊泳エリアでイルカにかまれたという報告が相次ぎ、両手を数箇所かまれ、流血するけがを負った人もいたと報道があった。専門家は「イルカを見たらすぐに水から離れ、近づかないことが大事。命に関わる恐れもある」と警告している。イルカは「力が強く万が一、くわえられて水に潜られれば溺れてしまう」という指摘もある。海外ではイルカによる死亡事故も報告されているそうだ。 目撃されているイルカの体重は200kg程度と推測され、全力なら時速40km位のスピードで泳ぐので、ぶつけられたら内蔵破裂するぐらいのダメージがあるという。

水族館のイルカショーでは、イルカはトレーナーに従順な可愛いイメージがあると思うが、それはトレーナーが行動形成法に基づいて条件づけた行動にすぎないらしい。専門家によると、イルカは決して安全な生き物ではないという。野生のイルカによるけがや死亡事故だけでなく、飼育下でも同様に、水族館の飼育員や入館者が噛まれたり叩かれたりする例はいくらでもあるのだそうだ。しかし一般の人々は、イルカのキャラクターグッズ、アニメや映画の映像作品の影響からか、イルカに対して実際とはかけ離れたイメージを抱いているようだ。イルカセラピーなども、イルカが人にやさしいというイメージを与えているのかもしれない。でも、もし私が海水浴場でイルカに出くわしてしまったら、「かわいい」と油断せず専門家の警告どおり速やかに逃げただろう。なぜなら、イルカの危険性を実感したことがあるからだ。

30年ほど前だろうか、私がまだ犬猫以外の動物を取り巻く問題について知らなかった頃、もちろん水族館や動物園の展示動物の福祉についても知識のない頃だ。テレビのドラマでイルカのトレーナー役をやったことがある。イルカショーのシーンを撮影するため、撮影の数日前から水族館のプールで、本格的にイルカショーの練習をしなければならなかった。その時に、イルカの知能の高さと優れた能力、そして危険性を実際に感じたことがある。

撮影の舞台となったこの水族館には、バンドウイルカとカマイルカの2種類がいた。イルカに合図を送ると、イルカは水面から高く飛び上がる。ジャンプが成功すると手から魚を直接与える。そうやってカマイルカと練習をしていた時だ。魚を与える瞬間、カマイルカの鋭い歯に指が触れてしまい流血した。イルカが指に噛みついたわけでもなく、私の要領が少し悪かったせいで、いとも簡単に傷を負ってしまったことに驚いた。他にも、水中で立ち泳ぎをしながら胸の前で両手を組み手のひらを外に向けると、その手のひらをイルカが鼻先で押す。そして、すごいスピードでプールサイドまで連れて行ってくれるのだが、私の背中がプールサイドの壁に激突しないぎりぎりのところでストップする。その優れた能力には驚いたが、一つ間違えれば大きな事故になるかもしれない。そんなことを想像すると、より緊張が増したものだ。

野生動物は、人間にとって未知な部分がたくさんある。たとえ人間より小さな野生動物であったとしても、愛玩動物とはまったく性質の異なるものだ。 環境破壊などにより、思わぬところで野生動物に遭遇することもあるだろうが、イルカにかぎらず、人間の暮らしの中に野生動物ができるだけ近づきにくい環境を作ることが求められている。また、どれだけ見た目が可愛くても、人間から興味本位で野生動物にむやみに近づかないことが大切だ。人と野生動物との適切な距離をとることが、お互いのためである。(Eva代表理事 杉本彩)

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。  

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