片桐仁も驚きの連続…激動の昭和を駆け抜けた洋画家・宮本三郎が辿り着いた境地とは?

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。5月13日(金)の放送では、「宮本三郎記念美術館」に伺いました。

◆日本人が西洋画を描くジレンマと戦い続けた宮本三郎

今回の舞台は、東京都・世田谷区にある世田谷美術館の分館、宮本三郎記念美術館。3つの分館を持つ世田谷美術館ですが、ここは2004年に開館。洋画家・宮本三郎が長きに渡って制作拠点としていた奥沢で、世田谷美術館が収蔵する約4,000点の作品群を年2回の企画展で紹介しており、今年は4月1日~9月11日にかけて企画展「宮本三郎 西洋の誘惑」を開催しています。

宮本三郎は、1905年生まれ、石川県出身。17歳で画家を目指し上京。激動の時代のなか、日本人が西洋画を描くジレンマと戦いながら、多くの作品を生み出しました。今回は、学芸員の加藤絢さんの案内のもと、宮本の半生を辿り、西洋画を描く日本人がいかにして自らのオリジナリティに辿り着いたかを、紐解きます。

◆10代にして才能を発揮、20代で売れっ子画家となるも…

まずは宮本17歳頃の作品「不詳(妹・志乃像)」(1922年)。一目見て「印象派っぽい感じ」と語る片桐ですが、年齢を聞いて「17歳でこの画力は半端ないですね」とビックリ。

当時、宮本は印象派をはじめ西洋美術のさまざまなスタイルを取り入れつつ、ただ描くだけではなく人物を捉えながらも表現上の工夫や実験も凝らされており、片桐は「油絵の技巧、プロとしての意識があるというか……」と早くも感服。

若くして才能を発揮していた宮本は、20代になると雑誌の表紙や挿絵など、多くの仕事を抱える売れっ子画家に。しかし、無理が祟り、一度仕事に区切りをつけ、33歳で以前から憧れていたヨーロッパへと渡ります。

その頃の作品が「シャルトル風景」(1939年)。当時の宮本は本人も「古典美術に取り憑かれたマニアのようだった」と回想しているように、パリを拠点に各地を回り、さまざまな美術を体験。そうすることで、画家としての自らの立ち位置を見直していたのではないかと言われています。

また、宮本が生涯で最も多く描いたのは人物画ですが、渡欧中は風景画を数多く制作。しかも、それらは人物画以上にリラックスした自由な雰囲気が感じられ、この作品に関しても「西洋画の影響を受け、技術や実験、(構図は)かなり計算もされているけど、こうした景色を素直に見て"いいな”と思ったんだろうなって感じますね」と片桐。

次に、モネやセザンヌなど多くの画家が描いてきた有名な崖がモチーフの「エトルタの海」(1939年)を見た片桐は、「(「シャルトル風景」と比べると)時間がないですよね。その場に行って1日で描くような、すごく臨場感がありますね」とまた異なる作風に興味を示します。

◆マティスやピカソの影響も…帰国後は自らのスタイルを模索

その後、宮本は帰国することになりますが、そのきっかけは第二次世界大戦。そして、この戦争での体験が彼に大きな苦悩を与えます。というのも戦時中、宮本は日本軍の依頼を受け、従軍画家として活躍。戦争の状況を描いていましたが、戦後、彼を含む多くの従軍画家は批判の対象に。それが彼を悩ませます。

40代となった宮本は日本で自らのスタイルを模索し、試行錯誤。そして、日本と西洋の間で苦悩しながら生み出された作品は、1人の画家が描いたとは思えないほど、さまざまなタッチの作品がありました。

例えば、「椅子に腰掛ける裸婦」(1947~48年)からうかがえるのは、アンリ・マティスの画風。片桐は「この色の感じ!」と声を上げ、そして「何風でもモノにしちゃうんですね」と思わず唸ります。

そして、49歳ときに描いた「裸婦」(1954年)は、片桐が「これはどなたの作品ですか?」と目を疑うほど作風がガラッと変わっています。

「椅子に腰掛ける裸婦」から「裸婦」に至るまでの間には大きな出来事が。それは2度目の渡欧。1950年代半ばは抽象表現が大流行し、そこで見たパブロ・ピカソらの作品に影響を受けます。

かつては裸婦を豊満かつ美しく描いていた宮本ですが、「裸婦」ではいかにもキュビスム風の作品に仕上げています。元来の画力を努力して排し、人体をいかに幾何学に還元していくか研鑽している様子がうかがえますが「気持ち悪いでしょうね、あれだけ描けたら。本当はこうなんだけどって、一度頭の中で変換しないといけないから。見たものを描くことにこだわっているわけだから、より見たものと離れないといけない。これだけの技術があるのに」と片桐は慮りつつ「でも、順番に見ていくと面白いですね」とも。

宮本は写実の画家として抽象表現と向き合い、苦しみながら作品を生み出していきます。

片桐が「今日、3人目の画家が登場しましたけど」と揶揄していたのは、モディリアーニを彷彿とさせる「婦人像 藤椅子」(制作年不詳1960年代)。

抽象表現を自らの作品に落とし込み、昇華させようともがく姿に、片桐は「人物ひとつとってもどんどん変わっていくんですね……この辺になると西洋画のアカデミックの感じではもはや全くないですよね」と目を丸くします。

◆激動の画家人生の果てに、宮本が辿り着いた境地とは?

苦悩の時代を経て、60代になると宮本はまた新たな画風に。66歳で描いた「ヴィーナスの粧い」(1971年)を前に、片桐は「またルノワール風というか、シャガールというか……」と息を呑みます。

40~50代の抽象化した表現ではなく、写実的かつ鮮やかな色使いで描かれた本作に、「色数がすごいですよね。影が真っ青な色、緑とか逆の色もあるけどピンクとかもあって、瑞々しい女性の感じがありますよね」と片桐は感嘆していましたが、これはモチーフが"ヴィーナス”というのもまたポイント。

宮本はそれまで主に"花”と"裸婦”を描いてきましたが、60代になり、新たなテーマ"神話”を盛り込むことに。すると、あどけない表情の女性の裸婦像に艶やかさが加味。本人も「それまで描いてきた裸婦とは違う境地に到達した」との言葉を残しているそうで、より高みへと向かい、それまで以上に制作へのエネルギーを感じさせ、片桐も「すごいですよね。歳を経て、自由になっている感じが増していますよね」と驚嘆。ちなみに、本人も晩年「ようやく絵を描く上で自分が解放されたような気持ちがした」と語っていたそうです。

神話の要素を加え、新たな表現へと行き着いた宮本ですが、晩年の彼はさらなる境地へ。それがまざまざとうかがえるのが「生」(1974年)。

宮本69歳、亡くなる年に描かれた今作に、片桐は「こちらも裸婦像ではあるんですが、また感じが違いますね。これもすごいエネルギーですね。亡くなる前に描いたテーマが生きる!」と興奮気味に語ります。

画中には女性だけでなく、よくよく見ると男性が埋没するような感じで描かれ、それも生命力たっぷり。片桐も「生命のエネルギーみたいな、蠢いているものがある。静かなポーズなんですけど、全体にエネルギーが渦巻いているというか、内から外からという感じがしますね」とその力強さに感服。写実的な部分と抽象的な部分が混在する宮本の行きついた境地は、生のエネルギーに満ち溢れた逸品となっています。

宮本の波乱万丈の半生を辿った片桐は、「若いときからずっと絵を描き続け、ずっと変わり続け、最後までエネルギーが絶えないというか、激動の生涯のなかで、その生き様を感じさせてもらいました。これはぜひみなさんにも体感してもらいたいですね」と感想を述べ、「日本人が西洋画を描くことに真正面から向き合い、最後までオリジナリティを追求し続けた宮本三郎、素晴らしい!」と絶賛。

苦悩の末にたどり着いた境地、表現の旅路を突き進んだ画家人生に盛大な拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、「ピアノ」

宮本三郎記念美術館の展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったものの中から学芸員の加藤さんがぜひ見てほしい作品を紹介する「今日のアンコール」。今回選ばれたのは「ピアノ」(1945~48年)です。

第二次世界大戦中、従軍画家として戦争画を描いた後、宮本は故郷の石川県・小松に疎開。その時期は、日常の穏やかな一コマを描いたような静謐な作品を数多く残しており、これはそのひとつ。

ピアノを弾く女性が手元から目を離した一瞬と柔らかな日差しが実に温かく、戦争という重く苦しい時期を経て描かれたと思うと、また感慨深いものがあります。片桐も「素敵な絵ですね~」としみじみ語り、さらには「この画風でも一生いけましたね(笑)」とも。「派手さがないので通りすぎてしまうんだけど、よくよく見たら味わい深い、素晴らしい作品ですね」と見入っていました。

最後はミュージアムショップへ。まず片桐の目に留まったのは、「月光荘画材店」の名前。これは1917年に創業した画材店で、宮本はここの画材や絵具を愛用していたとか。

そして、コンパクトで持ち運びが簡単な「筆洗」や赤・青・黄の「絵具3色セット」などを物色するなか、片桐が手にしたのは筆先から水が出続ける筆ペン。

これは絵を描くのに便利で、すでに片桐も持っているものの、「使ったことはない」と笑いを誘う場面も。「美術館に行くと(絵を)描きたいと思うんだけど、家に帰ると描きたくなくなっちゃうんですよね……。生活に負けちゃうんです(笑)」と戯ける片桐でした。

※開館状況は、宮本三郎記念美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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