終戦の日に

 報道番組で議論が熱を帯びると、カーッとなって怒鳴る姿が記憶に残るが、家族思いで優しい父だったという。9年前に亡くなった映画監督の大島渚さんは、少年の頃の戦争体験を詩の形にして息子に残した▲「パパの戦争」と題するその詩は、半世紀ほど前に書かれている。13歳で終戦を迎えたが、戦時中は学校で土運びをやらされては上級生に殴られ、蹴られた。逆らうことは許さない、と▲妹は疎開し、別々に住んだ。終戦の翌日、空襲を避けて庭に埋めていた本を掘り出すと、水浸しだった。〈銃とるだけが戦争じゃない/上級生のビンタ/水びたしの本/妹と別れてくらすことも/みんなパパの戦争だった〉▲人の命。住む家。穏やかな生活。戦争は何もかも奪い去るが、子どもが「教練」という名の暴力におびえ、本も読めず、きょうだいと離れ離れになることもまた、紛れもない戦争の傷痕なのだと大島さんは伝えている▲終戦の日が巡ってきた。戦没者を悼み、不戦を誓う日だが、ウクライナは現実にいま、戦火の中にある。爆音に毎日おびえ、家族とは離れ離れ。子どもも大人も、日一日と“戦争の傷”を増やしている▲大島さんの詩はこう結ばれる。〈君よ/君に戦争はあるか/君よ/今を大切にせよ〉。今の世界、今の日本への呼びかけに思えてくる。(徹)

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