半年続くロシアのウクライナ侵攻、世界史の中でどんな位置づけに? 戦争はいつ終わるのか、新たな国際秩序は…JICAの田中明彦理事長に聞く

 ロシアによるウクライナ侵攻から半年。民間人を含め死傷者は増える一方だが、戦闘は収まらず、戦争の長期化が懸念される。資源価格の高騰や食糧不足など、戦争は世界経済にも大きな影響を及ぼしている。この状況を世界史の中でどう位置づけたらいいのか。著名な国際政治学者で、今年4月に2度目の国際協力機構(JICA)理事長に就任した田中明彦氏に、戦争終結の見通しや、新たな国際秩序のありようなどと併せて聞いた。(共同通信=沢井俊光、佐藤大介)

 ▽ロシアのウクライナ侵攻は「近代の逆襲」

―フランスの思想家ジャック・アタリ氏は、ロシアのウクライナ侵攻は「冷戦の最後の残滓」という言い方をしています。米国際政治学者のイアン・ブレマー氏は「キューバ危機2・0」と評し、米ソ両超大国が核戦争一歩手前までいった1962年を想起しています。現状をどのように認識していますか。

 「冷戦が終わっていなかったと言うよりは『冷戦の再来』、あるいは、やや誇張した言い方で言うと『近代の逆襲』とでもいえそうです。」

 「冷戦が終わって、近代的な国際政治を超えた新しいタイプの国際政治が進展していくという展望がありました。近代を超えたような国々の間では、かなり長期間平和が続き、経済相互依存がより深まる傾向がみてとれました。」

 「近代とは、ナショナリズムの下で国家が独自に行動して、時にはその目的実現のために戦争も辞さないという時代でした。冷戦が終わって、多くの民主主義国の中では、そういう行動パターンというのはもうほとんど見られなくなってきました。まさに、これは米政治学者フランシス・フクヤマ氏が言った『歴史の終わり』です」

 「しかし、すべての国がそうなったわけではありません。形は民主主義でも経済が停滞していたり、経済は成長していても民主主義が成立していないような国々では、依然として近代的なふるまいが見られました。典型的だったのが中国であり、ロシアです。近代的特徴を持っている国々は、イラクがそうだったように依然として国家目標の追求のために武力行使をためらいませんでした」

ウクライナ兵による砲撃=12日、ウクライナ東部ドネツク州(ロイター=共同)

 「ロシアのプーチン大統領は武力行使をしないと言ったことはないし、中国も台湾に関して武力行使しないとは言っていません。ですから、さきほど「近代の逆襲」と言いましたが、逆襲する可能性は常にありました。しかし、近代的な傾向を残している国も冷戦が終わった後の30年間は、経済相互依存、グローバリゼーションが進むことの恩恵を重視して国家運営してきた面が多いわけです」

 「最も典型的にその利益を受けたのは中国です。近代を超えた成熟した民主主義、成熟した経済発展した国々の人たちの多くは、米国を中心にして、中国にしてもロシアにしても経済発展して、経済相互依存が深まれば、どちらも自由主義的な方向に向かうのではないかと期待していました。その期待がこの10年くらいの間に、どうもそうならないということが分かってきたということだと思います」

 「実際、2008年のジョージア侵攻、2014年のクリミア併合を見れば、ロシアは依然として近代的な国際政治をやる国だということは明白でした。ただ、まさか本当に2022年の2月に、隣国のウクライナにこれだけ大規模な軍事攻撃を仕掛けるということを、多くの人は予想しておらず。大変大きな衝撃が生まれたわけです」

 「冷戦直後の近代を超えた世界へ向かう動きというのが変曲点を迎えているのではないかということは、10年前ぐらいには大体明らかになっていましたが、今回のウクライナ侵攻で決定的になったということだと思います。当面は世界全体として、近代を超えたような形で物事が進むという動きはしばらくは実現しにくい。そういう時代になって、その面で言うと冷戦の再来、つまり時代は1989年以前にまた戻ったということになろうかと思います」

 「結局、冷戦後の20年ちょっとの間は、経済的に言えば、世界中どことでも貿易ができる、どこにでも投資ができて、誰と取引をしても問題なく自由にできるという、歴史的に言うと、大変稀有な時代だったということになるんですが、しばらくはそういう時代は戻ってきにくいのではないかと思います」

 ―大きな歴史の中で見ると、冷戦が終わった後の30年の方が例外的な時代と捉えることができるということでしょうか。

 「冷戦の再来とか近代の逆襲と言った時に、これから永遠にまた冷戦が続くとか、永遠に近代的な、常に戦争ばかりやっているような世界に戻るということを申し上げているつもりはありません。ただ、今までの歴史のパターンからすると、この20~30年がどちらかというと、自由化の方向に向かう時代だったとすると、ひょっとすると同じぐらい、しばらくは冷戦的というか、対決的というか、イデオロギー競争的というか、そういう時代になることを覚悟しなければいけないと思います」

8日、ウクライナ南部ミコライウ州で、配置に向かうウクライナ軍の偵察部隊(AP=共同)

 「もちろん、ウクライナの事態の推移によってだいぶ違います。プーチン大統領が負け、退陣とかいうことになると、だいぶ雰囲気が変わると思います。そうなるかどうかはわかりませんが」

 ▽朝鮮戦争型で決着すればウクライナは韓国になるかもしれない

 ―その可能性はどれぐらいあると見ていますか。

 「可能性は常にあると思います。ただ確率はつけられない。冷戦時代にソ連が崩壊する可能性は常にありましたが、(ベルリンの壁が崩壊した)1989年になってもそれを信じたソ連専門家はほとんどいませんでした。実際には1991年に崩壊したわけです。政治的な変化というのは、ある日突然起きますから。予測するとか、確率をつけるのは難しいですが、可能性はあると思います」

 「この戦争がどういうふうに終わるかということ、この戦争の終わらせ方が、次の新しい国際秩序をどうやって作っていくかということに関わってきます」

 ―ポスト・ウクライナ戦争の国際秩序のあるべき姿について、どのような秩序を作っていくべきだと考えていますか。

 「まず国際社会にとって幸いだったことは、プーチン大統領が最初に思い描いていたことは実現しなかったということです。最初の1週間ぐらいの間にキーウを攻略して、ウクライナのゼレンスキー政権を転覆させ、傀儡国家を樹立することはできなかった。一方的な現状変更の試みが常に成功するわけではないことを示したということで、国際秩序としてみると、なんとか第2次世界大戦後の戦争違法化、侵略戦争は国際法違反という秩序を首の皮1枚で守ったということは言えます。国連総会であれだけの数の国がロシア非難決議に賛成したのは、非常に重要なことです」

 「全ての国が賛成しないのは、特に大きな問題ではありません。かつての冷戦時代においても、自由主義陣営と社会主義陣営で対立していた時に、どちらにもくみしない非同盟諸国は相当多くありました。今回ロシア非難決議に反対したのは5カ国しかなかった。その意味で、国際秩序の最低限のところは維持されたと考えていいと思います」

 「今後どういう展望が考えられるかということですが、ロシアの試みが全面的に失敗して、ロシアがウクライナ侵攻の非を認め、復興費用その他をかなり負担する形で平和条約が結ばれるのが一番望ましい。そうなれば、少なくとも国連憲章が想定した戦争違法化の動きが再び確認されることになります。しかし、現実にそうなるかというのは大変不確かです」

 「もう一つの可能性は戦線が膠着して、どちらが勝ったのか負けたのかよく分からない状態のまま戦争が続く可能性か、あるいは犠牲があまりにも多いので、停戦というか、休戦協定を結ぶ。ただ、休戦協定なのでどちらが正しいとか、どちらが謝罪するとかいうことはなく、戦闘だけ終わるという可能性があります」

 「これはどういうケースかというと、朝鮮戦争型の決着です。朝鮮戦争は1950年に始まって、53年に休戦協定を締結し、平和条約を結んでいません。事実として戦争が止まっているというだけです。事実として戦争が止まっている状態の中で起こり得る秩序は、先ほど言った秩序から比べると望ましくないですが、短い言葉で言えば『冷戦型秩序』ということになります」

 「対立する陣営同士ではお互い非は認めず、自陣営の中で望ましい秩序をそれぞれ作っていく。陣営間の対立は戦争で決着させないという暗黙の合意がある。つまり冷戦を維持することによって構築される秩序です」

 ―「熱戦」にはしない抑止は働いてるということですか。

 「双方が抑止を働かせて、核戦争は起こしませんという形で事態を安定させる。現実的に考えていくと、残念ながらそういう秩序を作っていかざるを得ない。ただ、この冷戦型秩序というのは、実際には私たちも経験したことのある秩序です。国連で両陣営が対立する問題を決着させることができないとよく指摘されますが、これは昨日今日始まった話ではありません。1945年から91年まではずっとそうでした。冷戦が終わって湾岸戦争で初めて国連決議が通ったのです」

 「分断された世界ではあるけれど、最悪の世界かというと、そこまではいかせないことはできる。つまり、冷戦の時代でも、西側世界の中では、お互いの貿易障壁を下げて、経済相互依存を深めて、自由主義に賛同する国に対しては積極的な経済支援をしていって、経済発展するということが起きました。世界は分断されはするけれど、少なくとも自由主義的な民主主義の有志国、その有志国に賛同する友好国の間では、より望ましい秩序を作っていくことが可能だと思います」

 「仮にウクライナ戦争が朝鮮戦争型で膠着、休戦するということであれば、ウクライナは韓国のように発展する可能性はあります。1950年代の韓国は世界で最も貧しい国の一つでした。それが冷戦の間に経済発展を遂げて民主化し、世界で最も豊かな国の仲間入りを果たしました。そういう発展の可能性というのは、再来した冷戦体制の下でも起こり得るわけです」

ウクライナ略史

 ▽中国次第でグローバリゼーションは後戻りする

 ―かつての冷戦と再来しつつある冷戦との大きな違いは、対立する陣営間の経済的な結び付きの強さです。以前の冷戦時には東側と西側の貿易はほとんどありませんでした。しかし今は、日本も米国も、中国との経済的な結び付きは切っても切れなくなっています。分断された世界の中での中国の立ち位置、そして、中国と今後どのように付き合っていくかということについて、どのように考えますか。

 「おっしゃったように、最大の違いは経済的相互依存です。この経済的相互依存を、直ちに1950年の初めぐらいのところに戻すというのは、全く非現実的な話です。ただ、冷戦型の秩序、冷戦型の構造が長く続けば続くほど、やはり経済的な面での相互依存関係は低下せざるを得ないと思います」

 「まずロシアについては、今の経済制裁の動きがあり、ウクライナ戦争が急転直下解決して、最も望ましいシナリオが起きない限りは、欧州のロシアへのガス依存というのは減らさざるを得ない。ウクライナのことは許してあげるからガスを売ってほしいと欧州がロシアに言うかと言ったら、そういうことはないでしょう。ですから、ロシアとの経済相互依存は相当低下すると思います」

 「中国の場合はそこまでは行かないと思います。やはり非常に重要なクリティカルテクノロジーに関係する部分においては、サプライチェーンを含めて再編されざるを得ないでしょう。これは米国側がやるというだけではなくて、中国側もやるわけです。中国が複合機の生産を設計段階から中国国内でやれと言っているのは、まさにそういうことです」

 「中国側でそういう規制をどんどん強めるということになると、中国国内と、それ以外を分けるということにならざるを得ない。だから、非常に重要なテクノロジーの面においては、サプライチェーンは相当変わっていくと思います。それがどこまで行くのかは中国の行動次第です。習近平氏が国家主席でいる間に台湾を解放しなきゃいけないというようなことを本気で考えているとすると、高度技術のみならず、その他の部分でも、中国と世界との経済分断は起きてくるでしょう」

 ―お互いの依存度が低下していき、グローバリゼーションも後戻りすることになるのでしょうか。

 「ならざるを得ないと思いますね。ただ他方、これもまた中国の行動によりますが、冷戦時代も常にキューバ危機のように緊張ばかりしていたわけではありません。中国の行動がそれなりにモデレート(穏やか)であり、中国が戦争をしないという形で、国際ルールにのっとった活動を経済面でも行っていけば、極端な分断にはならずに済むと思います」

 「これはどちらかというと、権威主義体制と自由主義体制の体制間競争ということになるので、現実的に起こるのは、双方が自らの陣営と友好的になる国々を求めて競争するということでしょう」

 ―恐らくその一番のターゲットはインドということになると思いますが、インドの今後はどのように見通していますか。

 「今インドがロシアを正面から非難しないとしても、インドが中国と仲良くなることはあり得ないと思います。やはりインドはどちらかというと自由民主主義体制の国々からすれば大変重要な友好国であり続け、それを維持するためにもインドへの支援や協力は重要です」

 ▽三つのクライシスの中でJICAが果たすべき役割は

 ―こういう時代の中で、今後JICAが果たすべき役割をどう考えていますか。

 

インタビューに応じる国際協力機構(JICA)の田中明彦理事長

「JICAは日本の開発協力の機関なので、日本が大事にする価値観というもの、その実現を目指して世界の中でできる限りの協力をやっていく使命があると思います。自由主義的、民主主義的な価値観が世界の中で広がっていって、法の支配が確立するような世界を作るために、できる限りの開発協力をするということだと思います」

 「日本が国際協力を始めたのは1954年で、まさに冷戦時代です。その中で日本との関係の深い国々との間で日本が協力することによって経済発展が実現し、それによって、それぞれの国の状況が改善するということをやってきました。実際東アジアにおいては、相当多くの国が経済発展を遂げました」

 「今は大変複合的な危機が生じており、ウクライナの戦争の問題があり、新型コロナ感染症のパンデミックがあり、気候変動もあります。これは図式的に言うと、ジオポリティカル(地政学)な秩序と、エコシステムの秩序と、地球システムの秩序、その三つのシステム全てにおいてクライシスが起きているということになります。パンデミックがこれだけひどくなったのは、かなりの程度は世界がグローバル化した結果です。最近「人新世」という地質年代が始まっていると言われることがありますが、産業革命以前は、地球のシステムに人間が影響を与えることなど考えられなかった。それが、気候変動というかたちで地球システムの動きまで人間の行動が影響をあたえている。この三つのシステム上の課題を解決していこうというのがSDGs(持続可能な開発目標)につながるわけです。日本を代表して、JICAは、世界各地のSDGs達成のための国際協力を行っていく使命があります。」

 ―前回に比べて非常に難しい時代環境の中で理事長に再び就任しましたが、実感はいかがですか。

 「前回就任したのは2012年です。そのころからグローバル化の変調は起こっていましたが、当時はまだ中国へのODA(政府開発援助)は小規模でも続いていました。世界中ある程度どことでも(協力を)やりますよということでやっていました。今回のようなことがあると、私どもの価値観に照らし合わせてやっていかなければいけない領域を意識していく必要が多くなってきています」

 「ただ、そうは言っても、さらに昔にさかのぼると、冷戦の時代、非常に激しいイデオロギー対立の中でも国際協力をやっていました。その当時の発想からすれば、われわれと価値観を共有する国を支援するのは当然ですけれど、できる限り友好国を増やし、望ましくは将来的に自由主義的、民主主義的になってくれる国を増やすという観点から、現状は自由主義的でなくとも、民主主義的でなくとも、そことの開発協力をやめてしまったわけではありません。権威主義を外から力をもって自由化させるのは大変難しい。権威主義の中で自由主義や民主主義を求める人が増えていくのを待つしかありません。そのためにも、開発協力を通じて、自由主義諸国がさまざまな課題を解決できることを示していく必要があるのです。」

 「日本にとって安全保障上の脅威になるような国に経済協力するのは愚かですからやりませんが、安全保障上の脅威にならず、長期的に見れば経済発展もし、民主化もする可能性もあるという国というのは、私どもは重視して協力していくことが必要だし、それによって、仮に短期的に民主化の方向とかに向かわなくとも、友好国が増えるということであれば、それは日本や自由主義的な民主制の国々にとって、大きな利益になると思います」

国際協力機構(JICA)の田中明彦理事長

 田中 明彦(たなか・あきひこ)氏:東大卒。2012年4月から2015年9月までJICA理事長。東大教授を経て2017年4月から政策研究大学院大学長。2022年4月、JICA理事長再任。68歳。埼玉県出身。

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