戦争の記憶を伝える「昭和橋」、銃弾痕を保存へ

今秋に解体される昭和橋。「小さい時は橋の近くで泳いだ」と振り返る三尾さん

 岩手県住田町世田米を流れる気仙川に架かる「昭和橋」の架け替え工事が、今年秋に始まる。名前の通り昭和の初めに造られ、地域の発展を支えてきた。戦争の記憶もとどめているが、老朽化や洪水を引き起こす恐れもあり姿を消すことになった。惜しむ声を受け、整備主体の県は橋の一部を保存する考えだ。
 長さ73メートル、幅3.2メートルのコンクリート製の橋は1933年に完成。かつて宿場町として栄えた駅地区と川を挟んだ川向地区を結ぶ。
 「昔は人一人がやっと渡れる木製の橋だけだった。簡単に行き来できず、大水のたびに流された」。駅地区の生まれで、街歩き団体代表を務める三尾公男さん(74)が解説する。
 馬や車が渡れる頑丈な橋ができると、対岸は開発が急速に進んだ。役場のすぐ近くの川向地区にある「開田記念碑」には、周辺の農地整備は42年3月に完了したと刻まれている。三尾さんは「記念碑は以前、昭和橋の近くにあった。橋が水田や畑の開発に大きく貢献したのだろう」と指摘する。
 終戦直前の45年8月9日には、釜石市を爆撃した米軍機が飛来。銃弾の破片が当たってできた直径約10センチの穴が欄干にあり、戦災遺構として語り継がれている。

■岩手・住田 今秋から架け替え工事

 橋は橋脚が7カ所もあり間隔が狭い。大雨の際、流木がせき止められ、洪水が起きる恐れがあることから、県は架け替えを決めた。地元住民を交えた会合では、長く親しまれた橋の一部保存を望む意見が上がり、親柱と銃弾痕の部分を残すことにした。
 県大船渡土木センター住田整備事務所の担当者は「住民の意向を最大限、尊重したい。新しい橋の完成後、周辺に整備する広場に設置する」と話す。
 現在の橋の解体は11月に始まり、新しい橋は2026年3月の完成を目指す。総事業費は約11億円。橋の両側に歩道を設けるため、幅は現行の2倍以上の約7.8メートルに広がるが、車道は1車線のままとする。

上流側の欄干にある穴。太平洋戦争の際の銃弾痕と語り継がれている

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