大島ミチル(作曲家) - 映画『サバカン SABAKAN』子供の背中を押してあげられるように

ワクワクするような音楽にしたい

――映画『サバカン SABAKAN(以下、サバカン)』はどういった形で楽曲のオファーがあったのでしょうか。

大島ミチル:

金沢知樹監督がNHK連続テレビ小説『あすか』で手掛けたメインテーマ『風笛』が大好きということで、そのイメージでお願いしたいとお話をいただきました。最初にお話をいただいたときはメインテーマだけでのオファーだったんです。

――そうだったんですね。

大島:

映像をみせていただくと作品舞台が私の故郷・長崎で、その風景の中に純粋な子供の姿が描かれていました。その姿が私の子供のころに島に泳ぎに行っていた思い出と重なったんです。なので、金沢監督にほかの部分の音楽を担当する方が決まっていないのであれば、全部の音楽を担当させてくださいとお願いしたんです。

――まさにこの子たちと同じ体験をされていたんですね。本作は草彅剛さん演じる久田(孝明)が子供のころを懐かしんで思い出すという物語です。昔を描くという点で、当時を生きていた人が主人公でその時にその時代の空気をリアルで感じている姿と、昔はこうだったなと当時の空気を思い出すでは同じ時代を描いたとしても表現が少し変わっていると思いますが、そういったニュアンスの違いは作曲の面でも意識されたりはするのでしょうか。

大島:

『サバカン』に関して言うと、昔を懐かしんでいるということを特に意識していません。作中の人物の気持ちや情景・物語に合うものを作曲しました。本作は友達同士が夏の冒険に行く物語なので、観た人がワクワクするような音楽にしたいなということは考えました。メインテーマがパンフルートなので、温かさのあるワクワク感を出せればとは思っています。

――本当に明るい曲で子供たちが感じていた空気感が楽曲に表現されていました。冒険に出ることへの不安やライバルのおじちゃんと対峙しプレッシャーを感じるシーンもありますが、明るい曲調なのでこの先は大丈夫だなと安心感を持って観れました。私も友達と遠出をしたことがありますが、あの頃に冒険だと感じていたことも今振り返るとそれほど遠くではなかったんですよね。

大島:

私も子供のころは見える景色や建物が大人になってからの目線とは違って、遠くに感じていました。今ではそんなでもない距離が子供の私にとっては見えているけど知らないところで、それを好奇心と不思議さとちょっとした怖さが入り混じって見ていたので、この子たちも島まで行くというのはもの凄い大冒険だったと思います。

――未知の世界に行くということは怖さもありますが、新しい世界が広がっていくという楽しさがありますから子供時代でしか感じることの出来ない特別な感情ですよね。

大島:

そんな作品の持つ雰囲気が草彅さんの持つ透明感にもあっていますよね。子供時代に持っている素朴な感じ・知らない世界に踏み出すことへの迷いとか不安を大人になっても持っていてそこが凄くいいですよね。

自分が何を伝えたいかを大事にするとともに監督の想いを外さないよう

――最初はメインテーマだけの予定だったのを逆オファーする形で全ての曲を担当されることになったとのことですが、全曲担当される際に金沢監督と作品や楽曲について改めてお話しされたことはあったのでしょうか。

大島:

金沢監督は1つ1つのシーンにイメージがはっきりとある方なので、音楽のイメージも具体的なものをいただけました。話していて映画が好きな方というのが分かったので、わかりやすかったのと同時に緊張もありました。映像音楽は自分らしさを出すことも大事ですけど、要望のポイントを外さないようにというのも気を付けなければいけないんです。

――ポイントを外さないというのは。

大島:

具体的な話を伺っていても本当に伝えたいポイントを外してしまうと危険なんです。例えば「今回はロックでやりましょう」といただいたとしても、ロックというものの幅が広いじゃないですか。

――確かに、バンドや時代によって変わりますね。

大島:

人それぞれイメージするものが違うので、何を伝えたいかを間違わないようにいつも気を付けています。それと同時に自分らしさというものにも気を付けました。自分が何を伝えたいかを大事にするとともに監督の想いを外さないようにしています。具体的に作曲に関して気を付けたということでは、テンポです。映像に乗ったときのテンポ、特にアップテンポの曲はあっているかどうかは何度か書き直しました。

――主旋律とともにテンポが子供たちのその時の心情に乗っかっているので、画として観ていなくてもシーンの情景が解る楽曲でした。それは情熱を注いで作曲していただけたからこそなんですね。

大島:

ありがとうございます。金沢監督にも聴いていただいて、さらにブラッシュアップしていっています。特にクライマックスのシーンでは、曲のクライマックスをどこに持ってくるのかということが私の思っている点と金沢監督が思っている点と違った部分があったので、あそこは意外と苦労しました。私は同じ曲調で最後まで行こうと考えていたんですが、金沢監督からセパレートしたいといただいたんです。そうなると曲全体のポイントが変わってくるので、本当に最後まで悩みました。

――監督としての想いがどこにあるのかを意識することが映像音楽としては必要な要素なんですね。

大島:

映画は監督のものですから。

――今作はミュージカル作品ではないですから曲があるシーン・ないシーンがありますが、そのバランスはどのように取られたのですか。

大島:

音楽が入った瞬間に違和感がないよう自然に入ってくるように意識しています。そして本作では子供の背中を押してあげられるようにしてあげないといけないなと思って作曲しました。できた曲が実際の映像と合うかチェックしますが、曲は入る前から映像を流しながら曲の入り方が自然か、作品全体のテンポ感があっているか気をかけています。今回は曲のキーにも気を付けました。

――キーに気を付けるというのは。

大島:

今作の主人公は子供なので、子供の声に合うキーにしています。大人であれば声が低いのでキーを多少高くしても合いますが、子供は声が高いので音域が高い曲では声とぶつかってしまうことがあるんです。場合によってはヒステリックに聴こえてしまうので、声に合わせた調整が必要でした。映像音楽の場合は、テンポとともにキーも大事になってきます。

――確かに、映像音楽はほかに音があること前提ですから。

大島:

私は最初の曲と最後の曲がすごく重要だと思っているので、その二つは特に気を付けて作曲しますね。

イメージを共有できるかが大事

――作品の方向性を決める曲ですね。大島さんは「作曲家は職人」ということをおっしゃられていますが、その言葉の意味を改めて感じています。映像音楽は映像と一緒にあることが当たり前なので、曲だけの時・映像だけの時よりも相乗効果を生むものなので、喧嘩をしないようお互いの良さを壊さないように意識されているんだなということが改めて分かりました。

大島:

音楽を抑えて台詞を聞かせないといけないシーンもありますが、ここは音楽で聞かせようという部分も必要です。そうしないと、映像の緩急がなくなるとともに音楽の印象もなくなってしまうんです。それではただのBGMになるので、音楽が観終えて記憶に残ることも大事なんです。なので、この音楽だけは映像を無視しても書くぞという曲もあります。

――実際にメインテーマのパンフルートの音は耳に残っています。

大島:

実はメインテーマのパンフルートは狙ったわけではなく、監督に聴いてもらうためのスケッチ・デモに近いものだったんです。メインテーマのイメージを伝えるには楽器がいいだろうと考えたときにパンフルートだと伝わるだろうと思って最初は選んだんです。

――最初からパンフルートの曲ではなかったんですね。

大島:

やっているうちに一番合うんじゃないかと思い、パンフルートの曲になりました。海外の方にお願いすることも考えましたが、日本の80年代の情景を理解していただける方ということで岩田英憲さんにお願いしました。

――奏者としても当時の空気感を知っている方というニュアンスが必要になってくるんですね。

大島:

いろんな国の方と仕事をしますが、作品に合う一番近い演奏をしてくださる方はそれぞれに違うんです。そこは技術というよりイメージを共有できるかが大事になります。特にソロとなるとコミュニケーションが大事になってくるので、そうなるとこの作品では日本のミュージシャンの方が良かったということです。

――そこは実体験があるかどうかで変わってくる部分ですね。

大島:

そうですね。

――本作では久田と竹本(健次)は二人とも大人になって夢を叶えています。子供のころからの夢を持ち続けるというのも本作の素敵なメッセージの一つだと思っています。大島さんも好きなことを続けられて夢を叶えられていますが、夢を追い続けることの面白さについても伺えますか。

大島:

私は3歳から音楽が好きで今も好きでありがたいことに好きなことを仕事にできていますが、実は子供のころは作曲が嫌いだったんです(笑)。

――そうだったんですか。

大島:

ですが、3歳のころから音楽は変わらず好きでいます。好きなことを続けられるというのは幸せだなと思っています。好きなことがあれば辛いことがあっても前に進む力をもらえるので、皆さんも好きなことを持ち続けて生きていければいいなと思っています。

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