言葉を奪われることの残酷さ~敗戦後に詩人・森崎和江が感じたこと

森崎和江さんの著書

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77回目の終戦記念日を迎えた。詩人で作家の森崎和江さん(今年6月逝去)の著書「草の上の舞踏」の一節を引きながら、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した神戸金史(かんべ・かねぶみ)RKB解説委員が、歴史を語り継ぐ難しさを語った。

戦争を語り継ぐことは数年後もできるのか?

今日(8月16日)の朝刊は、77回目の終戦記念日の話が出ています。僕が新聞記者になって大きな連載をしたのは、戦後50年、1995年でした。「そんな昔のことを今さらできるのかな」と当時思っていたんです。それから27年経ち、77回目。戦争体験者の話を聞く機会もほぼなくなってきた。50年の時にもっともっとやっておけばよかったと考えたりします。

昨日の毎日新聞の一面には、戦争の語り部が続けられるのが、あと5~10年だと出ていました。広島平和記念資料館で話をしてくれている被爆者32人の平均年齢は85歳。「あと10年が一つの時期と考えられる」というコメントが載っていました。「神戸の空襲を記録する会」も、子供の頃に体験したり、親から聞いた話を伝えたりする世代でも80~90代になっているので、あと数年と考えているようです。

「戦争を語り継ぐ」というのは、僕らの仕事の大きな役割の一つだと思っていましたが、「本当にできるのか」ということに直面しているという感じがします。

でも、世代が違うとわからないですよね。例えば昭和のことだって、(スタジオにいる)MCの世代からしたら、生まれる前の話ばかりになっちゃう。僕らは、バブルの頃が学生時代でしたけども、「昭和」と言うと僕らにとってはかなり「光り輝いている時代」という印象があります。古い昭和、レトロな昭和と言われると、体験してないのでわからないんです。高度経済成長以前のことはわからないんですね。さらに戦争はその前なので、僕らにとってもずっと昔の話。ちゃんと想像していかないと、わからない。

終戦記念日を韓国では「光復節」として記念するわけですけども、朝鮮半島は1910年の併合から45年の敗戦まで、日本国の一部だったわけですね。名前も日本風に変え、言葉も日本語をしゃべれるように指導され。36年は、長いです。1905年に生まれた人たちは、40歳で敗戦を迎えて解放される。それまで、ずっと日本語をしゃべり続けてきた時代が続いた人たちです。

詩人・作家の森崎和江さんが伝えてくれたこと

詩人・作家 森崎和江さん

福岡の詩人で作家の森崎和江さんが6月に95歳で亡くなりました。森崎さんは、朝鮮半島でお父さんが教員をしていたので、そこで生まれています。17歳で今の福岡県立女子大に入りますが、それまで、日本の内地を知らないんです。

移植された草のように、私は元気よくわきめもふらずにその大地を吸い、自分自身の感情や感覚を養った。(中略)

おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に、という話は、私には白衣の朝鮮服を着た朝鮮のおじいさんおばあさんの行為としてしかえがけないのである。また、盆の供養は、私の心では芝生につつまれた土まんじゅうの墓から、白い服を着ている御先祖が私ら子孫のもとへ来てくださるものとなっていた。(中略)

植民地の二世には、内地はおはなしの世界であり、朝鮮は私の血肉を養ってくれる現実であった。私は私をとりまく現実へせいいっぱいの親愛をこめて生きた。そのように自分がよその民族の風習や歴史的な伝統を我田引水的にむさぼり吸った無分別さが、敗戦以来の私を苦しめた。

(2007年藤原書店『草の上の舞踏』26ページ)

草の上の舞踏

そこで育った人は、こういう感覚を持ちます。すごいことだなと思いました。一方、森崎さんと学校時代に同級生だった男性が語った言葉も記録されています。

「精神の形成期に使ってきたことばから、人間は完全に抜けられると思われますか?一生の間にふたつのことばを国語とし得るものなのでしょうか。恥をさらすようですが、わたしは日本語を機械的に使っていたのではないのです。あの頃わたしは自分の苦痛を短歌に表現してきました。解放されたからといって、それまで自己表現の手段だったものから、完全に解き放たれることはできない。(中略)このことは韓国人どうしでは話すことができません。誰だってそのことに触れるのは苦痛です」(41ページ)

これも、すごい言葉です。韓国人の方が戦後も、頭の中では日本語でものを考えています。それは、なかなか外に言いにくいでしょう。日本人、朝鮮人それぞれの中に、今の人間にはちょっと理解できない逆転が起きていたということです。こういったことを語り継ぐのはとても難しいと思います。

しかし、森崎さんはちゃんと文章に書いているから、今こうやって紹介することができるわけです。人の心の中まで踏み込んでしまって、言葉や名前や宗教を強制したことは大変なこと。森崎さんは敗戦後、そこを故郷として無邪気に暮らせた自分を責めていたわけですね。

時を越えてそれを僕らが理解できるか。想像が必要にはなりますが、どこまでできるのかはよく私もわからない。ただ「やっていかなきゃな」とも思っています。

田畑竜介 Grooooow Up

放送局:RKBラジオ

放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分

出演者:佐藤巧、武田伊央、神戸金史

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