堂島孝平がGO GO KING RECORDERSとともに作り上げた『サンキューミュージック』は解放の歓びを感じる大傑作

『サンキューミュージック』('01)/堂島孝平

KinKi Kidsを始め、さまざまなアーティストへの楽曲提供も知られるシンガソングライターの堂島孝平が8月17日、ニューアルバム『FIT』を発表した。前作から約2年半振りとなる本作。眉村ちあきがヴォーカル参加した「てんてん」、坂本真綾作詞の「Latest Train」、土岐麻子作詞「Yellow Shadow」(この2曲は彼が初めて他者に作詞を依頼したものだという)など、コラボレーションも話題となっている。今回紹介する彼の過去作もまたコラボによって生まれた名盤である。

18歳でデビューした シンガソングライター

数ある堂島作品の中から筆者が『サンキューミュージック』を選ぶに至った理由をまず記そう。そうすることによって、堂島孝平の歩みと本質が見えるような気がするからである。最初に断っておくが、筆者は“堂島孝平弱者”ではある。KinKi Kidsを始め、多くのアーティストに楽曲を提供していることは何となく知っていたし、その中の何曲かはおそらく耳にしたことがあったと思う。アニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主題歌となった「葛飾ラプソディー」が彼の楽曲であることも知っていた。ライヴも観たことがある。たぶん20年近く前のことで、レミオロメンとスネオヘアーとの対バンだったと思うけれど、確かに生のパフォーマンスを観ている。なので、堂島孝平は“ポップマエストロ”なる異名を持っているようだが、それを聞いて“なるほど、確かに”と思うくらいには彼の音楽性は理解していたつもりだではある。ただ、そうは言ってもほんの表面をなぞったくらいのものではあるので、当コラムでどのアルバムを取り上げるが適切か、正直言ってよく分からなかった。そんな時は、当コラムでは好んでよく用いている“デビュー作にはそのアーティストの全てがある”理論に基づくのがよかろうと、最初は1st『僕は僕なりに夢を見る』(1995年)に白羽の矢を立てた。

で、聴いた。オープニング「旅立ちの時」はメジャーの強いファンクチューン。メロディーも汎用性が高い。《旅立ちの勇気を/地平線の光と分かち合うこの時/微笑みながら振り向かずに/夢を掴む者よ/君だけの花を咲かせよう》といった歌詞もデビュー作に相応しいし、グルービーなサウンドと相まって、溌剌とした前向きさが心地良い。続く「モラルの中で」はロック色が強いが、まぁ、勢いがあって新人らしいし、これはこれで悪くはない。問題(?)は、3曲目「俺はどこへ行く」。アコギのかき鳴らしを基調にしたバンドサウンド。ピアノも聴こえる。歌はやや早口のトーキングスタイル。イントロのコード進行はBOØWYのとある曲に似ているかなと思ったが、歌が始まると、想像するのはやはり尾崎 豊だ。《教科書の置き場も無いほど》とか《新しい扉を見つけておかなければ》とかの歌詞も否が応にも尾崎を想像させる。《人は誰もが幸せになるために歩き続けているけれど/いつになったら自分は地図をこの手でつかみ取れるんだろう》辺りのフレーズは、尾崎フォロワーを自称しているようでもある。“デビュー時の堂島孝平はこんな感じだったのか…”と少し戸惑う。

以降、『僕は僕なりに~』を聴き進めていくと、ブルージーな印象の楽曲が多いし、誤解を恐れずに言えば、吉田拓郎風、長渕 剛風といったものもあった。そこに以前、自分がライヴを観た時のイメージは微塵もない…とは言い過ぎで、「かぼちゃのメリーゴーランド」のような面白いレゲエもあって、彼のポテンシャルを感じさせる局面もあるにはあった。もちろんメロディーのセンスの良さも感じる。しかしながら、こんなに尾崎やフォークの要素が強いことはかなり意外ではあったし、だとすると、堂島孝平を紹介するにあたって『僕は僕なりに~』を紹介するのは適切なのだろうかという気にもなった。いや、そう思うのは筆者だけで、もしかすると彼の出自は尾崎なのかもしれない。それであれば、それこそ『僕は僕なりに~』は“デビュー作にはそのアーティストの全てがある”理論に当てはまる。そこで、“堂島孝平 尾崎 豊”でググってみた。すると、そこで彼の意外な発言を見つけて、思わず膝を打った。

名うての 音楽プロデューサー集団との邂逅

[当時、尾崎 豊さんを中心にしたメッセージ色強いシンガーソングライターが注目を浴びていたので、僕にも、同じようなものを期待されたんです]([]は広島FM webサイト『食卓ON楽』からの引用)。

当時、彼が所属していたレコード会社と事務所は彼に尾崎的なものを望み、社会派メッセージの入った歌詞をリクエストしてきたという。そうした彼自身の言質が載ったサイトは上記のものだけではなかった。おそらくリアルな話なのだろう。堂島孝平がメジャーデビューしたのは18歳の時。10代のシンガーソングライターだ。その姿を尾崎 豊と重ねたことは短絡的と言わざるを得ないが、理解出来ないわけでもない。『僕は僕なりに~』のリリースは1995年で、尾崎が亡くなったのは1992年4月。そこから3年も経っていたが、「OH MY LITTLE GIRL」がドラマの主題歌に起用され、尾崎豊唯一のシングルチャート1位&ミリオンセールスとなったのが1994年である。巷間で最も尾崎の音楽がヒットしていたのは堂島孝平のデビュー直前なのである。そう考えると、大人たちが“柳の下の泥鰌”を狙ったことも軽々に責められないだろうし、その時の堂島はまだ17歳。彼が大人たちに従うしかなかったとしても、これもまた責められるはずもなかろう。筆者が『僕は僕なりに~』に尾崎の要素を感じたというのは(僭越ながら、想像するに)17、18歳の彼が大人たちからのリクエストをクリアした証しでもあろうし、むしろその若さでミッションを遂行したことを称えるべきではあろう。ただ、『僕は僕なりに~』を以て堂島孝平というアーティストの全てがある…というのはちょっと無理がありそうではある。

それでは堂島孝平を紹介する時にどのアルバムを取り上げたらいいのか。そのヒント(いや、答え?)もまた上記サイトにアーカイブされた記事の中に見つけることができた。

[GO GO KING RECORDERSのメンバーと出会って、彼らの音楽に触れてみると、僕がそれまでカッコ良いと思っていた曲も、全然カッコ良くないんですね。GO GO KINGのメンバーは、もっとカッコ良い、踊れるポップスを作っていたんです。僕は、彼らと一緒に曲を作ることが、自分自身にとって大きな刺激になると確信しました。(中略)彼らと一緒に作った躍動感あふれるようなメロディーは、曲を聴いた人がドキドキするような感じで、まさに、僕が求めていたものでした。僕自身、自分の中で何か新しいエンジンが動き始めたような気がしたんです]([]は広島FM webサイト『食卓ON楽』からの引用)。

GO GO KING RECORDERSとは、東京スカパラダイスオーケストラ、レピッシュ、エルマロのメンバーらが参加した音楽プロデューサー集団(兼バンド)。件のサイトによれば、2000年、彼は同集団のメンバーでもあった、スカパラの大森はじめから“一緒にやらないか”と誘われたという。そして、結成されたのが堂島孝平×GO-GO KING RECORDERS=DJKH×GGKRであり、そのDJKH×GGKR名義で発表されたのがシングル「ルーザー」と、アルバム『サンキューミュージック』である。当の本人が“僕が求めていたもの”というほどなのだがから、これが最良の堂島孝平作品のひとつであることは間違いなかろう。ようやく核心に辿り着いた。早速『サンキューミュージック』を聴く。そして、確信した。本作が堂島作品のベスト・オブ・ザ・ベストであるかどうか、彼の全てのアルバムを聴いたわけではないので分からないけれど、これは名盤である。間違いない。

解き放たれた精神を感じる名盤

端的に言うと、堂島流のポップかつメロディアスな旋律をタフなバンドサウンドが支えている。それでいて、バラエティ豊か。堂島孝平の世界をGO-GO KING RECORDERSがカラフルかつ奥行きのあるものに仕上げている。そんな印象のアルバムである。アルバム冒頭、M1「高速の男」、M2「ルーザー」、M3「今日が酸性雨なら」からしてそれが顕著であるように思う。いずれもサビメロは実にスウィートで、それだけでも十分にイケる代物であろうが、そこだけに留まらない。甘さに力強さや疾走感を注入している。バンドの音はやや走り気味だが、そこがまたいい。何だが、いい意味で急かされている…という言い方は変だが、グイグイとドライブしていく様子は聴いていて自然とアガる。M1はこの3曲の中では比較的落ち着いたアンサンブルのように感じるが、それでも間奏の走りっぷりはとてもバンド然としていてかなり良い。

続く、M4「恋はふたりで」では若干テンポが落ち着き、サビはM1~3以上にスウィートで、ポップさも増しているようにも思うが、そう簡単には終わらない。アウトロでバンドサウンドが暴れている。残り30秒。それまでのポップな雰囲気とは打って変わって、アッパーなサウンドが披露される。恋はスウィートなままで終わらないという暗示だろうか。いい意味で聴き手の予想を裏切ることもポップミュージックの手法のひとつだろう。その意図はともかくとして、こういうことをやって来る辺りにDJKH×GGKRが本作の楽曲作りを楽しんでやっていたことが伺える。その辺りは、スロー~ミドルのM5「だんまり」も同様で、メロディーも全体的にゆったりまったりとしたナンバーでありつつ、後半では鍵盤を中心としたバンドアンサンブルが続く。凡そ2分40秒。全体のタイムが約6分なので実に1/3以上がそれに当たる。ボーカルパートが少ないから「だんまり」というタイトルになったわけでもなかろうが、この辺りにも本作がバンドを基調にして作られたアルバムであることがありありと伝わってくる。

シングル「ルーザー」のカップリング曲であったM6「ハートビート シンフォニー」はポップロックといった印象。Cメロではリバースも聴こえてきて、サイケな色合いを見せているのも興味深い。M7「CHOCO ME BABY」は4つ打ちのリズムでダンサブルなナンバー。イントロや間奏ではノイジーで凶暴なエレキギターが鳴っている一方、それ以外ではボサノヴァタッチのクリアトーンのギターが聴こえてくるというコントラストが面白い。この他、幻想的なエレピ。ウイスパーなヴォーカル。フェードアウト前のベースの暴れっぷり。等々、聴きどころは多い。

さわやかで、歌詞を加味するとファンタジックにすら感じるM8「空は水色」。派手さはないけれど、これもなかなか素敵なバンドアンサンブルである。間奏ではフルート(シンセかも)が聴こえてきたと思ったら、パーカッションを加えて楽曲の推進力を上げているところも聴きどころではあろう。ここもまたアレンジの妙味が伺える。M9「TONE RIVER」はデジタル寄り。リズムは打ち込みだろう。歌メロも比較的淡々した感じではあって、それらによってM7とはまた違った幻想感を醸し出しているような印象だ。アウトロではページをめくる音や鐘の音など、いろんな音が聴こえてくるところも不思議な感覚を与えてくる。

一転、M10「夜間飛行」はアコースティックな音も取り込んだラテン調のファンクチューン。疾走するバンドサウンドがM9のあとだとさらにカッコ良く聴こえるようではある。後半のかなりワイルドにドライヴしていくギターとベースは特に聴きどころではなかろうか。M11「サンキューミュージック」は他に比較してアンサンブルは落ち着いた感じではあるが、それだけに歌詞のテーマが際立っているようにも思う。楽曲の背後で終始印象的に鳴り続けている電子音のリフレインがクール。ここまである意味でイケイケだったサウンドとは赴きを異にしているところに、DJKH×GGKRの懐の深さを感じる。派手さはないけれど、流石にタイトルチューン。いいナンバーである。

アルバムのラスト、M12「マーブル サンデー」はドラムのカウントから始まるので、もしかすると所謂一発録りかもしれない。ソウルでファンキー。そして、ポップ。このバンドでの愉楽を感じさせる。歌詞はロストラブソングで、どっぷり暗くはないが、ほんのちょっぴり暗いというところも絶妙で、豊かなバンドサウンドに乗せることで余韻が増しているような気がする。その意味ではアルバムの締め括りに相応しいナンバーと言えると思う。

と、ザッとアルバムのサウンドを振り返ってみたが、楽曲がバラエティーに富んでいるところと、バンドアンサンブルの豊かさが少しでも伝われば幸いである。が、それ以前に、本作『サンキューミュージック』の充実さは収録曲の歌詞からも十二分にうかがうことができる。

《高速道路を降りる頃には 少しずつ今日ははじまっているんだ/フロントガラスに映る朝焼け ステキな夢をみせて》(M1「高速の男」)。

《ずっと心が先走ってるんだ すりきれそうで 迷いばかりで/きっと心で想像してた未来に 辿り着けなくても 走るしかないのさ》(M2「ルーザー」)。

《永遠に続くはずさ この道はいつも/まばゆい風でいっぱい/時間に果てが来ても 影を落としても/夢見たんです 翼が生えればいいって/空を自由に飛んで そして気流に乗って…/あの曇りの日 今も胸に残る》(M6「ハートビート シンフォニー」)。

《遠く そうずっと遠く続く 空は水色/泳ぐ 空を泳ぐ 白い雲はジェラート》《このまま とじこめたい瞬間/美しい魔法をかける 鐘の音が響いている》(M8「空は水色」)。

《夜空に 僕達にだけ 輝くミルキーウェイ/胸を躍らせて 月の環をくぐろう》(M10「夜間飛行」)。

解放(あるいは開放)のキーワードが此処其処にある。これ以て堂島孝平の精神がまさに解き放たれたものだとするのは決して邪推ではあるまい。冒頭の引用にある“自分の中で何か新しいエンジンが動き始めたような気がしたんです”という台詞とも符合する。「高速の男」「夜間飛行」とタイトルが乗り物を想起させるものになっているのも偶然ではなかろう。作者自身に確かな手応えがあり、しかもリスナーを飽きさせない音楽的な仕掛けが全編に施されている。こういうアルバムを紛うことなき名盤と言うのだろう。ちなみに、その翌年、彼はレコード会社を移籍し、再び堂島孝平 × GO-GO KING RECORDERS名義で再びオリジナルアルバムを発表している。そのタイトルは『ファースト ビギニング -FIRST BEGINNING-』(2004年)。ここでもまた完全に突き抜けた精神を示していたことも忘れてはならない。

TEXT:帆苅智之

アルバム『サンキューミュージック』

2001年発表作品

<収録曲>
1.高速の男
2.ルーザー (NEW MIX)
3.今日が酸性雨なら
4.恋はふたりで
5.だんまり
6.ハートビート シンフォニー (NEW MIX)
7.CHOCO ME BABY
8.空は水色
9.TONE RIVER
10.夜間飛行 (NEW MIX)
11.サンキューミュージック
12.マーブル サンデー

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