「老後2000万円問題」、現在は不足なし? 物価高が続けば「老後資金問題」はどうなるのか

2022年6月、24年ぶりの円安水準となりましたが、その後も1ドル=130円台を推移しています。また、世界的なエネルギー不足、食料不足による物価高(インフレ)もあいまって、家計に大きな影響を与えています。

このまま生活費が上がっていったら老後の暮らしがどうなってしまうのか、不安に思う方も多いのではないでしょうか。2019年に大きな話題になった、老後2000万円問題は、もっと大きな金額になってしまう可能性もあるのか、考えていきたいと思います。


老後2000万円問題は、現在、何万円問題なのか

老後2000万円問題は、2019年6月、金融庁の金融審議会市場ワーキンググループの報告書に端を発したものです。ワーキンググループでは2017年の家計調査報告(総務省調べ)のデータをもとに審議をしました。

2017年のデータによれば、高齢夫婦のひと月の実収入額は20万9198円、実支出額は26万3717円です。つまり、ひと月5万4519円の赤字。
これが老後30年間続くとすると、次のようになります。

5万4519円×12カ月×30年間=1962万6840円

その結果をもって、老後は約2000万円の資金不足になる、と報告をしたわけです。
ではその後、2000万円の金額に変化はあったのでしょうか。

結果は下の表のとおり、約2000万円の赤字は徐々に少なくなり、2020年には約40万円の黒字になっています。

高齢夫婦無職世帯の家計収支

生活費収支は、収入から支出を差し引いて計算しますから、収入が増えたり支出が減ったりすれば改善します。実際、この数年を振り返っても、収入が増えて支出が減っています。

特に2020年に関しては、新型コロナウイルスの影響による外出控えでの支出削減や、特別定額給付金による収入増の影響が大きくあります。

現在の水準のままでいけば老後資金の心配はいらないと考えてしまいそうですが、現在の円安とインフレの影響で、支出が増える可能性が大きくなっています。

支出が増えれば、収支が赤字におちいるかもしれません。実際、2022年6月の消費者物価は前年比2.4%上昇しており、景気が悪化する懸念が出てきています。

年金はインフレに対応して増える仕組みだが

支出が増えても、その分収入が増えれば問題はないでしょう。

公的年金の給付金額はインフレに対応する仕組みをとっており、物価が上がれば年金額も上がるようになっています。

ただし、年金額はインフレだけではなく賃金上昇率にも影響されるため、物価上昇分をカバーできるだけの金額にならないこともあります。

年金額は年度ごとに改定されますが、金額はすでに年金を受け取っている「既裁定者」か、その年から新規で年金を受け取る「新規裁定者」かによって、変わります。

既裁定者は、すでに年金で生活をしていますので、これまでの暮らしを続けられることを重視し、年平均の全国消費者物価指数を参考にします。これを、物価スライドといいます。
2022年の物価スライドは-0.2%です。

新規裁定者は、現役世代の賃金変動率を用いる賃金スライドによって決まります。世代間の不公平感をなくし、持続可能な社会保障とするためにも必要とい言えるでしょう。

2022年の賃金スライドは-0.4%と算出されています。

ただし、賃金の上昇が物価の上昇よりも小さい場合には、既裁定者にも賃金スライドが適用されます。また、賃金が物価よりも下落した場合も同様です。

年金額の改定(スライド)のルール

最後に、平均余命の伸びや現役世代の減少に合わせて調整します。これがマクロ経済スライドです。

2022年の改定では、物価も賃金も下落、賃金の下落幅が大きいので、既裁定者・新規裁定者とも賃金スライドが適用されて-0.4%となりました。

つまり、物価が上がっても賃金が下がれば年金は減ります。

また、物価も賃金も、両方上がったとしても、賃金が物価上昇ほどには上がらなかった場合には、賃金スライドに合わせるので、物価高をカバーできるほどには年金が増えないということです。

インフレ率から計算する、生活コストの変化

では、物価が今後も上昇を続けたら、生活費はどのように変わっていくのでしょうか。

高齢夫婦無職世帯の、2020年の生活費は25万5550円ですが、インフレ率1%で20年間推移した場合、20年後には31万1820円にもなります。

現在45歳の人が65歳で年金を受け取るまでの20年、物価が1%ずつ上昇していった場合にはこれだけの生活費がかかるわけですが、年金の水準はどうなっているのでしょうか。

物価が上がっても、賃金が下がれば年金額は上がりません。

収入が2020年の水準のままであれば、25万6660円ですから、ひと月あたり、5万1650円の赤字です。

25万6660円-31万1820円=マイナス5万5160円

老後30年とすると、約2000万円の赤字になります。

5万5160円×12カ月×30年間=1985万7600円

インフレ率が2%で推移すれば事態はさらに悪化します。

老後2000万円問題は解決したと思ったのもつかの間、物価上昇のインフレ率によっては決して安心できる状態ではないことがわかります。

高齢の単身無職世帯の場合も見てみましょう。

2020年の生活費は、14万4687円です。
さきほどと同様に、インフレ率1%で20年間推移した場合、20年後には17万6546円です。

しかも、単身世帯の場合には、老後資金不足の問題は2020年時点でも解決していません。赤字の幅は、2018年以降小さくなってはいるものの、約300万円の赤字です。

高齢単身無職世帯の家計収支

収入が2020年の水準のままであれば、13万6964円ですから、支出が17万6546円になれば、ひと月あたり、3万9582円の赤字です。

13万6964円-17万6546円=マイナス3万9582円

老後30年とすると、約1400万円の赤字になります。

3万9582円×12カ月×30年間=1424万9520円

老後に受け取る年金が厚生年金の場合、金額は現役の時の給与金額が多ければ年金額の金額も上がり、一律ではありません。年金定期便などで、将来受け取れる金額を確認しておくといいでしょう。

給与には男女差がまだまだあり、女性の給与は男性よりも少ない傾向があります。女性は特に、老後の備えをしっかりしておく必要があるといえます。

老後資金はiDeCo、つみたてNISAなどおトクな制度を利用して

老後資金づくりには、iDeCo(イデコ、個人型確定拠出年金)や、つみたてNISAがオススメです。どちらも税金の優遇などおトクな制度です。

どちらも資産運用の力を活用する制度であり、物価高(インフレ)対策として是非とも利用したいところです。

iDeCoは、ひと月5,000円から始められ、掛金は全額所得控除になります。控除を受ければ所得税と住民税の節税になります。また、投資信託などで運用して利益が出た場合、通常であれば20.315%の所得税がかかるところ、iDeCoなら非課税です。

さらに、受け取る時にも税制優遇が受けられるメリットもあります。

ただし、60歳までは基本的に資金の引き出しはできません。60歳までのキャッシュフローに問題が生じないよう、無理のない範囲で活用したい制度です。

つみたてNISAは、100円からでも始められるので、とても気軽に始めることができます。税制優遇は運用益が非課税になることが挙げられます。かけ続けるのが厳しくなったら、ストップしたり資金を引き出したりするのも柔軟にできます。

始めやすい制度ではありますが、ずっと100円のままではなかなか資金は増えません。要領がわかってきたら、少しずつ積立額を増やしていきましょう。

また、引き出してばかりだと老後資金づくりは難しくなってしまいます。計画的に利用していきましょう。

しっかりと備えを

2019年に注目された「老後2000万円問題」。いったん解決したようにも見えましたが、物価上昇によるインフレが今後続けば、老後資金の不足は避けられないといえます。

おトクな制度を利用して、しっかりとした備えをしておきましょう。

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