【中原中也 詩の栞】 No.41 「桑名の駅」(生前未発表詩)

桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ鳴いてゐた
夜更の駅には駅長が
綺麗(きれい)な砂利を敷き詰めた
プラットホームに只(ただ)独り
ランプを持つて立つてゐた

桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ泣いてゐた
焼蛤貝(やきはまぐり)の桑名とは
此処(ここ)のことかと思つたから
駅長さんに訊(たず)ねたら
さうだと云(い)つて笑つてた

桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ鳴いてゐた
大雨(おほあめ)の、霽(あが)つたばかりのその夜(よる)は
風もなければ暗かつた

            (一九三五・八・一二)

【ひとことコラム】昭和十年八月十一日、妻と息子を連れ鉄道で上京の途にあった中也は、水害により東海道線の京都大阪間が不通となったため、関西線経由で名古屋に向かいました。その際に三重県の桑名駅に停車した様子を描いた詩です。平成六年には桑名駅のホームに詩碑が建てられました。

中原中也記念館館長 中原 豊

© 株式会社サンデー山口