がん宣告が‟忙しい日々の強制終了に 今はメキシコで和菓子作りに挑戦中

3月にオープンした、メキシコの首都・メキシコシティ初の和菓子店‟OCHA CAFE”。この店の店主を務める桂まゆみさんは、鹿児島県出身。会社を辞め「レールのない道を歩きたい」とメキシコへやってきた彼女は、乳がんを乗り越え、「今を生きたい」と和菓子を作っている。そんな桂さんの生き方を取材した。

和菓子で日本の季節を届けたい

メキシコではいま、‟モチ”がひそかなブームだ。以前は「日本のグミのようなお菓子」という程度の認知度だったが、アニメブームも手伝い、ここ数年若者への人気が高まってきている。

そんななか熱い視線を送られているのが、OCHA CAFEだ。ガラスケースにはみたらし団子や大福が並び、横には昔懐かしいかき氷機、壁にはずらりとお茶の急須が飾られている。

人気の大福はメキシコ人にも馴染みやすいようチョコレートやクリームチーズを使ったものも

桂さんの仕事は、店で出す商品作り、イベントへの参加、和菓子教室の運営など幅広い。なかでも一番長く続けているのが、週に一度、メキシコ在住の日本人向けに行っている注文販売だ。

「海外で暮らしていると、日本の季節の移ろいをとても遠く感じます。でも、ひな祭りや子どもの日にわが子の成長を祝いたい気持ちは、どこで暮らしていてもみなさん一緒。だから和菓子に季節を閉じ込めてお届けするんです。こちらが感動してしまうほど喜んでくださるんですよ」

メキシコシティの日本人学校では、毎年卒業式で桂さんが作る桜の上生菓子を卒業生に贈っている

そんな彼女は忙しく仕事に打ち込む一方、ある‟マイルール”を持っている。それは、「ストレスに感じることはやらない」というもの。ルールを決めた背景には、病気からの学びがあった。

突然のがん宣告

桂さんが初めてメキシコを訪れたのは2001年。勤め先を休職し、青年海外協力隊員として2年間、現地の中学校でパソコンの技術指導をした。

「会社勤めをしていると、否が応でも数年後の自分が見通せてしまう。そのレールの上を走り続けるよりも、何が待ってるかわからない世界に行きたくなったんです」

そうして飛び込んだ異国の地で、趣味の剣道を通じて夫のカルロスさんと出会った。任期を終え帰国した桂さんは、カルロスさんと結婚、出産を経て、2008年に再びメキシコへと戻る。人生を大きく揺るがす出来事が起きたのはその6年後、45歳の春だった。

夫のカルロスさん、娘の愛子さんと

「忘れもしません。剣道7段の審査を受けるため日本に一時帰国していたんです。審査の数日前、稽古後に胸に違和感を感じて。姉に相談したらすぐに病院で検査するよう言われ、近くの総合病院に行きました。そこで乳がんを宣告されたんです」

ステージ2。リンパ節へも転移していた。それまで大きな病気を患ったことがなかった桂さんは、青天の霹靂ともいえるがん宣告に、頭が真っ白になった。病院の帰り道、車のハンドルを握りながら、当時小学2年生だった娘さんを思い不安でたまらなくなったという。

病気が生き方を見直すチャンスに

しかし、落ち込み続けはしなかった。がん宣告を受けた翌日、「生き方を変えなくては」と思ったという。

メキシコに移住してから、自らを忙しく追い込んでいた。道場を借りて剣道教室と茶屋を開き、子育ての傍ら夜遅くまで働いた。「長年勤めた会社を辞め焦りがあったのかもしれない」と当時を振り返る。

がん宣告は、そんな日々に限界を感じはじめた頃のことだった。

「ああ、病気が強制終了をかけてくれたんだ、と思いました。壊れてしまう前に”このままじゃまずい”と教えてくれた。宣告直後はただショックでしたが、翌日には受け止め方が変わりました」

桂さんはメキシコで抗がん剤治療を受けたのち、その年の冬に東京で乳房の全摘出手術を受けた。

彼女の精神的強さを証明するようなエピソードがある。がん宣告後、3日後に控えた剣道の審査について医者に相談すると、「やりたければやっていい」と言われた。桂さんは審査に挑み、見事7段の審査に合格。世界女性最高段、アメリカ大陸で女性初の快挙だった。

それだけではない。その2か月後には日本と中米の国交80周年を記念した国際イベントで中米をまわり、剣道の実演を行った。まだ抗がん剤治療で抜け落ちた髪が生え切らないままだったという。

2019年にメキシコシティで開かれた大会では師匠と杖道の演舞を披露した

先はわからないから、今を生きたい

乳がんを経験し、桂さんの人生観は大きく変化した。

「失っていたかもしれない命だから、この先は‟余生”。やりたくないことをやって自分を擦り減らすのはやめ、思い切ってやりたいことだけをやろう、と思うようになりました」

そんな彼女は、しばらくして和菓子を作り始める。「本当にやりたい仕事」を考えたとき、会社員時代に習った和菓子作りが脳裏に浮かんだという。

みずみずしく涼しげな抹茶葛ぷりん

幸いメキシコには和菓子の餡に不可欠な豆が豊富にある。日本や韓国からの移民の歴史も長く、白玉粉や上新粉なども手に入った。

販売は当初日本人向けにのみしていたが、イベントへの出店や和菓子教室などを経て、桂さんの和菓子は徐々にメキシコ人の間にも広まっていった。

教室を開くとメキシコ人の生徒達が皆真剣に和菓子作りを学びに来る

家族はどんなふうに見守っているのだろう。尋ねると、桂さんは嬉しそうに話してくれた。

「もうすぐ高校生になる娘は店のインスタグラムを立ち上げ、スペイン語と日本語で和菓子にまつわる情報を発信してくれています。メキシコの人に日本の魅力をもっと知ってもらいたい、という彼女なりの思いがあるみたいで」

夫・カルロスさんも、妻の新しい働き方を全面的に応援してくれている。

メキシコシティで開催された国際的観光イベントを報じる現地新聞。桂さんは日本ブースで和菓子の販売を行った

「言い方は少し変ですが、今は一日一日を楽しく過ごすことに集中できている気がします。余計な心配をする暇がないくらい」

穏やかな笑顔でそう語る桂さんは、羨ましくなるほどに輝いて見えた。

Kae

© 株式会社瀬戸内海放送